暗黒街の権力者を象徴する、ヴィトー・コルレオーネのタキシードスタイル
文:小暮昌弘(LOST & FOUND) 写真:宇田川 淳 スタイリング:井藤成一フランシス・フォード・コッポラが監督した不朽の名作「ゴッドファーザー」3部作。昨年末、公開から30周年を迎えた『ゴッドファーザー PARTⅢ』を監督自身が再編集した『ゴッドファーザー(最終章):マイケル・コルレオーネの最後』が発表され、話題を集めた。今回は、そんな名画「ゴッドファーザー」シリーズに登場した名品を探してみた。
マリオ・プーヅォの原作を映画化した『ゴッドファーザー』が公開されたのは1972年。家族の強い絆と厳しい血の掟に生きるイタリア系マフィア「コルレオーネ・ファミリー」を描いた作品で、1作目の舞台となったのは第二次世界大戦後の1945年のニューヨークだ。
冒頭で描かれるのはコルレオーネ家の盛大な結婚式。華やかなセレモニーが開かれる一方で、ファミリーのドン、ヴィトー・コルレオーネは薄暗い書斎で男たちの嘆願を聞き、その解決策を次々と指示していく。ヴィトーを演じたのは名優マーロン・ブランド。『波止場』(54年)でアカデミー賞主演男優賞を受賞してから20年近い年月を経て、円熟した演技で観るものを圧倒するが、ブランドは当時まだ47歳。役柄に合わせて、歯科用の詰め物で頬がたるんだように見せ、歯も黄色に染めたという。
衣装を担当したアンナ・ヒル・ジョンストンは「底知れぬ力を持ちながら、服装にまったく気を遣わない人物としてヴィトーの衣装をデザインした」というが、冒頭の結婚式ではファミリーのドンにふさわしい完璧なまでのタキシードスタイルを披露する。
シングルブレストのディナージャケットの中にはクラシックなベスト。シャツはスティップブザム(イカ胸)タイプで、襟はもちろんウィングカラー。ボウタイは黒だが、上着のラペルに付いた「ブートニエール」という花飾りが真っ赤で、完璧なアクセントになっている。控えめにして華がある、まさに暗黒街の権力者を象徴するような堂々とした着こなしだ。
今回紹介するタキシードはイギリスのサヴィルロウ1番地に居を構える老舗ギーブス&ホークスの製品。英国らしいダブルブレストモデルだが、このタイプは『ゴッドファーザー』ではヴィトーの長男、ソニー(ジェームズ・カーン)が着用している。
余談だが、「タキシード」は米国で用いられる言葉で、イギリスでは「ディナージャケット」と呼ぶ。「タキシード」は、アメリカのタバコ王として名高いロリラード家が開発したニューヨーク北部のタキシードパークに因んでいるという説が有力で、本来は夜の略礼装で着用するものだ。実は夜の正装に黒い服を着ることを考えたのは19世紀の作家、エドワード・ブルワー・リットンと言われる。そのリットンは「気品に満ちた人物ではなくては、とても黒い服を着こなすことはできない」とも書いているが、映画の幕開けを飾るタキシードスタイルは、富と伝統、威厳、そして気品を兼ね備えたヴィトーを象徴している。
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