ロールス・ロイスが“次元の違い”を見せつける⁉ 新型ゴーストの卓越性は、共鳴周波数への執念にある。

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    東京車日記いっそこのままクルマれたい!

    第123回 ROLLS-ROYCE GHOST / ロールス・ロイス ゴースト

    ロールス・ロイスが“次元の違い”を見せつける⁉ 新型ゴーストの卓越性は、共鳴周波数への執念にある。

    構成・文:青木雄介

    編集者。長距離で大型トレーラーを運転していたハードコア・ドライバー。フットボールとヒップホップとラリーが好きで、愛車は峠仕様の1992年製シボレー カマロ改。手に入れて11年、買い替え願望が片時も頭を離れたことはない。

    ロールス・ロイス史上最も成功したゴースト。その11年ぶりとなる新型。

    ロールス・ロイスが「そのエッセンスを追求した」と主張する、新型ゴースト。乗った結論からいうと、それ以上の高みに達したと言えるはず。ランタンの炎が馬車の輪郭を明らかにするように、新生ゴーストは再びその姿を現し、我々の度肝を抜いたという感じ。ファントムと並んで、現世で体験しうるおそらく最高のサルーンだし、ロールス・ロイスは自身に課せられた高いタスクを、完全に越えてきたんだ。

    まず乗り出し価格が3500万円を越えるにしろ、それが高すぎるとは決して感じさせないつくりに、ロールス・ロイスはなぜロールス・ロイスなのかと考え込まざるを得なかった。ステアリングを握ったのが1カ月前で、トータル2時間に満たない試乗時間にもかかわらず、クルマへの認識を改めなければいけない「アイデンティティの危機」みたいな、あの体験が忘れられないんだな(笑)。

    無重力を表現したかったという、エフォートレスドアの開き心地からして次元が違っていた。そして運転席に身体をすべりこませ、クルマを走り出させた瞬間に「ヤバい」と直感させられるのね(笑)。アクセルを踏んだ一瞬のうちにして、にじみ出るようなトルクは、分厚いのに粒立ちがはっきりしていて洗練されている。やや細身のステアリングは路面との一体感を生み出しているんだけど、手に伝わる感覚はまるで筋肉のような有機物に触れている感じがするんだ。深奥に骨格があって、地面につながっているイメージが手のひらだけで理解できる。むろんステアリングは正確で、よく調律された楽器のように扱いやすい。

    そのドライビングを音楽でたとえると、ベントレーのミュルザンヌでいえば、クラシックであり弦楽器の荘厳な多重奏なんだけど、ゴーストはもっと原初的で言葉が生み出される以前の音や、リズムで意志を伝えてくる感覚に近いのね。あえて自分の音楽体験の中から近い感覚を挙げるとすれば、ジャズピアニストであるキース・ジャレットの実験的な名曲「デス&ザ・フラワー」を聴いた時のような衝撃(笑)。原初の音世界に没入していく、静寂にも輝きや色彩を与えるような、現代的な音の解釈がなされたエレガンス。そこにデガダンスもなければ、オカルトもないのね(笑)。

    後輪操舵と新技術の導入で、かつてない包容力を実現。


    アクセルを踏み込めば、次元を狂わされるようなG(重力加速度)の高まりとともに静謐さも一段と増す。後部座席の乗り心地は、幾重にも重ねられた毛布に包まれているような安心感と、揺りかごのような優しいロールを実現していて、深い眠りに誘われるように快適極まりない。新型ゴーストは、シャシーにロールス・ロイス専用のアルミスペースフレームを採用し、初の四輪駆動に後輪操舵を加えるなど、そのフォーマットを大きく変えてきた。さらには、前方の路面形状をカメラで読み取り、足まわりを可変させるフラッグベアラーシステムと、新技術であるプラナーサスペンションシステムを導入した。

    そもそもサスペンションの役割は、路面入力をキャビンに伝えないことにある。たとえばゴーストでいえばドンとした突き上げは低周波の路面入力で、エアサスがその衝撃を緩和する。今回搭載された世界初のプラナーサスペンションシステムは、タイヤと路面の接地抵抗のような、小さくて微細な高周波の路面入力や振動を抑えるのね。非常にシンプルなシステムで、その構造はダンパーとホイールと車体をつなぐウイッシュボーンのアッパーアームにさらに共振を抑えるダンパーを取りつけて、車体に伝わる高周波振動を遮断する。

    ここに秘密があるんだけど、このシンプルなダンパーはそれ自体の質量(重量ではない)で振動を抑える。そしておそらくはその質量で、車内に漏れ伝わる振動の周波数をも変えることができるわけ。今回、ロールス・ロイスは「完全な静寂は乗客を不安にする」として、ドライブシャフトやラゲッジルームのノイズを無効化しながらも、室内のシートフレームを制振し、走行中のキャビン内が共通の共鳴周波数になるようにチューニングしている。

    言わばこれは、室内の厳密な調律作業であり、音と振動と座り心地と縦横方向のGというマルチディメンショナルな企みにおいて、4Dのような新しい次元定義を目指して、膨大な時間を費やしたという表れに他ならない。そしてその鍵となる技術は、非常にシンプルな構造であり、その成果は確実に我々の、言葉を知る以前の原初的な感覚を揺さぶってくるというわけ。

    これってめちゃくちゃカッコよくないですか(笑)。そのまま「デス&ザ・フラワー」的な感覚と言えるし、映画の『テネット』や『インターステラー』といったクリストファー・ノーラン監督の多次元構造の作品にも通じていると感じられたんだ。まぁ、原初の記憶なんて「覚えてない」って人がほとんどだと思うけど(笑)、居ながらにして知覚を開いて記憶を遡るような感覚って言えばいいのかな。

    既に次期モデルの電動化を発表しているロールス・ロイス。新型ゴーストは6.75リッターというロールス・ロイスやベントレーにとって象徴的な排気量で、ひとつの時代を終えようとしている。新型ゴーストは、これまでの歴史と未来をつなぐ最高の架け橋であり、揺るぎない到達点になったと言えるんだ。

    そうそう。余談だけど、究極のシンプルを体験する主旨で、座禅も試してみたのね。「無になるための試み」をしてみたんだけど(笑)、慣れない身にはなかなかの苦行だったわけ。一刻も早くゴーストのキャビンの中に戻して欲しくなった(笑)。座禅で心を整えることに慣れている人が、新型ゴーストの室内空間をどう感じるのかは、すごく興味が湧いたんだ。無になるという点において、新型ゴーストに乗ることは、ある種の臨死体験に似ている気がする。決して「坊さんにこそ買って欲しい」というわけではなくてね(笑)。

    • エンジンは象徴的な6.75リッターに増加。

    • シンプルで素材と設えそのものよさを実感できるドライバーズポジション。

    • グレースホワイトの室内にオープンポアの木目地が、新世代ロールスを意識させる。

    • 0-100km/hは4.8秒。4輪駆動システムや新機能を満載したわりに、新シャシーの採用により車重は前モデルとほぼ変わらない。

    • 沈みと反発が絶妙な包容力を生む後部座席。

    • 造形のギミックは少ないながらも、コーチラインをはじめ、プレスラインが印象的なエクステリア。

    ロールス・ロイス ゴースト
    ●サイズ(全長×全幅×全高):5545×2000×1570mm
    ●エンジン形式:V型12気筒DOHCツインターボ
    ●排気量:6748cc
    ●最高出力:571PS
    ●駆動方式:4WD(フロントエンジン4輪駆動)
    ●車両価格:¥35,900,000(税込)~

    ●問い合わせ先/ロールス・ロイス・モーター・カーズ 東京
    TEL:03-6809-5450
    www.rolls-roycemotorcars.com