ラッパー・般若インタビュー|抗って疑問をぶつけて、「生きる」とラップする。【創造の挑戦者たち#47】

  • 文:新谷洋子
Share:

抗って疑問をぶつけて、「生きる」とラップする。

文:新谷洋子
46

般若

ラッパー

●1978年、東京都生まれ。高校時代にラッパー活動を始め、2004年にアルバム『おはよう日本』でソロ・デビュー。以後12枚のアルバムを発表。最新作は20年の『12發』。俳優としても映画『タイトル、拒絶』(2019年)などに出演し、2018年に自伝『何者でもない』を出版。

ミュージシャンに関するドキュメンタリーは、成功物語であることが少なくない。しかし、このたび公開される、ラッパーの般若を撮った『その男、東京につき』は違う。複雑な家族事情やいじめ体験に始まる波乱の人生をたどり2019年1月に念願の日本武道館公演を実現させるまでの経緯を本作は記録しているのだが、全編を貫くのは、彼の作風に通ずるストイックなトーン。カタルシスを伴う成功者の肖像にはならっておらず、「正直な話、成功したと思ったことは一度たりともない」と、本人もきっぱり言い切る。

「俺にとって本当の意味での成功とは、言いたいことが無くなった時に得るものだと思うんです。その日にはラップをやめるんじゃないかな。だからこの映画も、くすぶっている人にこそ見てほしいんですよ。俺も、そう感じることがいまも多々あるので」

ソロ活動を始めてから16年。ほぼ毎年アルバムを発表し、現在もこれまで以上に精力的に曲づくりに励んでいるというからには、「その日」は当分訪れないと思ってよさそうだ。近年はテレビ番組『フリースタイルダンジョン』への出演や俳優活動も手伝って、日本語ラップの代表格のひとりとして認知度を高めている。代表曲の『最ッ低のMC』では「どーせアメリカからすりゃ猿が真似事」と綴ったが、「それを自分がちゃんと伝わる言葉で実践し、聴き手の心が動いた時には真似じゃないものに変わっていたと思う」と自負をのぞかせた。それでいて彼はもともとラッパーを志望していたわけではない。音楽的な原点として挙げるのは、幼い頃から愛する長渕剛だ。

「昔から漫画が好きで、読書も好きで、言葉への興味は強くあったと思うんです。でも俺の場合、アメリカへの憧れから始まったのではなく、まず長渕さんがいて、THE BLUE HEARTSさんなんかがいて、そういうところから来ているのは間違いない。その道すがら、たまたまヒップホップと出合った。長渕さんの詩人たるところは、右に出る者がいないですから。影響を受けたというより、足元に及ばないなって思わされることばかりですね」

いまでは個人的にも親しいその長渕は、今回の映画にも出演。独自の般若論を展開し、「生きることは人がそれぞれの心から欠落した部分を探す旅」と位置付けて、般若の詞を、彼の心の隙間を埋める破片になぞらえている。

「俺も埋まってくれたらと願って書いています。みんな本当は目の前にあるもので足りるはずなのに、足りなくなるのが現実ですよね。身近なことにもっと謝意を抱くべきなんです。特に若者はそこまで考えられなくて、誹謗中傷で自ら命を絶ったりする人が多いんだと思う。見ていて辛いし、日本は貧しい国じゃないのに、心の貧しさはナンバーワンかもしれない。でも俺は、顔もわからないヤツになにを言われても平気。『死ね』と言われたら『生きる』と言い返せばいいんですよ」

実際、常になにかに抗い、疑問をぶつけながらも、般若はまさに「生きる」という意思を、ラップで示し続けてきた。武道館公演から約2年を経たいま、新たな目標を掲げているという。

「武道館の後は『次はどうする?』と考えた時期がありました。でもありがたいことに役者の仕事が増えたから、次は音楽と役者をどこかでリンクさせたい。自分で言うのもおかしいけど、俺、他になかなかいないヘンなヤツだし、いまさらアイドルになれるわけでもない(笑)。このまま突き進んで、自分にしかできないことをやり続けるべきだと思っています」


Pen 2021年1月1日号 No.510(12月15日発売)より転載


『その男、東京につき』

2006年の曲からタイトルを取った、般若のドキュメンタリー映画。本人と彼の盟友らが各々の視点で語る。
photo: © 2020 A+E Networks Japan G.K. All Rights Reserved

監督/岡島龍介
出演者/般若、Zeebra 、AI、t-Ace、R-指定(Creepy Nuts)、T-Pablow(BAD HOP)、BAKU、長渕剛(特別友情出演)
2020年 日本映画 1時間54分
2020年12月25日より全国で公開予定。