ラストベルトで育った青年が、故郷と自分の未来との狭間で揺れ動く『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』
分断されたアメリカの現状を知るために最もふさわしい一冊とも言われる『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』。ラストベルトと呼ばれる地域に属するオハイオ州で、白人労働者階級の家庭で育ち、イェール大学のロースクールを卒業したJ・D・ヴァンスの回顧録がNetflixで映画化されました。監督は『ラッシュ プライドと友情』など数々の血の通った大作を生み出してきた名匠、ロン・ハワード。アカデミー賞ノミネートの常連であるエイミー・アダムスとグレン・クローズが、強烈な母娘役として共演しています。
バイトを掛け持ちしながら名門大学のロースクールに通うJ.D.(ガブリエル・バッソ)は、法律事務所の職に就くための足がかりとなる、重要な面接を控えています。けれどもその直前に妹から届いたのは、問題を抱え続けている母親ベブ(エイミー・アダムス)がヘロイン中毒で倒れたという知らせ。面接までの時間がないなか故郷に戻りますが、そこには変わらず身勝手な振る舞いをする母親が待っていました。
エリートたちが集まる食事会でのマナーがわからず、恋人からワインの選び方やカトラリーの使い方を教えてもらうJ.D.。ロン・ハワード監督はソサエティの違いに戸惑う現状をさりげなく示しながら、過去のエピソードと現在を交錯させ、典型的な白人貧困層の暮らしとメンタリティを描き出していきます。回想シーンの中には、看護師として働きながらもドラッグで何度も同じ失敗を繰り返す母や、負の連鎖を断ち切ろうと立ち上がる、口は悪いけれど孫の教育に熱心な祖母(グレン・クローズ)の姿があります。
こんな家族なら縁を切ってしまえばいいのに、と非情にも思ってしまったのは、J.D.がせっかく施設を見つけて何枚もクレジットカードを使ってやっと入所を決めたというのに、母親がジャンキーの男の元に駆け込むと出て行ったシーン。けれども彼はこの過酷な現実から目を背けず、やるべきことをやったうえで覚悟を決めていくのです。家族は選べないけれど、未来は選ぶことはできる。壮絶なルーツをしっかりと描き出しているからこそ、そんなメッセージが胸に落ちてきます。
『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』
監督/ロン・ハワード
出演/エイミー・アダムス、グレン・クローズ
2020年 アメリカ映画 1時間55分
ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中。Netflix映画で独占配信中。