アタッシェケースを再現したミニバッグを肩に下げる、ダンヒル流の現代ジェントルマン
戦国武将の装いに興味津々でも、甲冑を着て街中を歩く人はいない。これは極端な例だが、時代に合わない服飾品を身に着けて暮らすのは難しいものだ。メンズウエアの定型を生んだこの100年間での定番品も例外でなく、過去の遺物になりつつある。いまアメリカの1930年代のスーツをそのまま着たら、シカゴのギャングのコスプレに思われるかもしれない。男性が憧れてきたイギリスの紳士服もしかり。3ピーススーツもトレンチコートも中折ハットも、いまの時代に馴染ませるには新しい着方の工夫が必要だ。スポーティな服装が世の主流になるにつれ、「好きなモノを身に着けにくくなった」と感じている人は多いだろう。
こうした気運を受け、老舗ブランドが “モダナイズ” に取り組んでいる。元のアイテムの魅力や良さを残しつつ、現代的にアレンジするデザイン手法だ。ここに紹介するダンヒルのショルダーバッグも、2020年秋に登場したモダナイズの一例。鍵でロックする屈強なアタッシェケースのエッセンスが詰め込まれた、その名も「ロックバッグ」だ。机の上にドサッとアタッシェケースを置き、鍵をガチャッと開く儀式のごとく趣のある所作を日常生活の中で愉しめる。
スマホとカードの普及により持ち歩く荷物が減り、手ぶら気分で過ごせるミニバッグの愛用者が増えている。アクセサリーとして空のまま身につける人もいるほどの人気だ。その中でメンズウエアの歴史から着想されたロックバッグは、流行を越えたネオ・ビンテージになり得るポテンシャルを秘めている。タイドアップしたスーツ姿に斜めがけしても、落ち着きと高級感は損なわれず、軽快な洒落たムードが現れる。黒パンツ+白Tシャツ+スニーカーといった旬のスポーツスタイルにもしっくりと馴染む。最先端なのに保守、保守なのに最先端という絶妙なバランス感覚。使い込んで傷だらけになっても味わいが増しそうな、新定番と呼べる男のギアなのだ。
現代を生きる大人を見つめるダンヒル
鍵穴の横にある丸い突起を横にスライドさせるとロックが解け、バネつきのヒンジのパーツが上に跳ね上がる。このギミックと金属音の響きが心地よく、何度でも開閉したくなってしまう。子どもがおもちゃを持ち歩くように、いつもギアを身に着けたいオトコ心をくすぐるバッグだ。ただし容量が少ない点には十分にご留意を。主な用途はスマホ入れであり、大きめサイズのスマホ、薄い手帳、カード入れ、万年筆くらいで一杯になる。上質さに呼応して価格もそれなりに高価だ。正確な時間を知ることよりギミックと風格を味わう機械式時計と同様に、趣味のグッズとしてワードローブに加えたい。
ダンヒルが目指すモダンな紳士像。
ダンヒルと聞いて古風な男性像を思い浮かべる人は、現在のモダンさに驚くかもしれない。ただしラグジュアリーブランドの多くが若い層を狙ったデザインを行っているのに対し、ダンヒルのそれは一味違う。シャープにシャツを着るドレスアップ、チェスターコートで仕上げるフォーマルといった伝統的なイギリスの紳士スタイルが踏襲されているのだ。
例えば今季の服は、肩幅が広く身体を大きく包むビッグサイズで仕立てられている。前衛的だがアイテム単体をよく見るとトラッドがベースなのがわかる。生地はハリと光沢があり、世界中で通用する都会的なもの。それを重ね着してストリートの要素も取り入れつつ、大人こそが似合う装いを完成させている。バーバリーでの活躍を経て、17年にクリエイティブ・ディレクターに就任したマーク・ウェストンの思慮深さが感じられるコレクションだ。
服のラインアップも今回紹介したロックバッグも、新時代のエレガンスと呼ぶにふさわしい出来栄え。日本におけるダンヒルの店舗の品揃えはベーシックアイテムが中心だが、新しい試みも意識してチェックしてみよう。きっと思わぬ発見が待っている。