ライフ・アフター・ライフ
ケイト・アトキンソン 著 青木純子 訳
何度も生まれ変わって人生をやり直す、不思議な女性を描く物語。
今泉愛子ライターもしもあの時、雨が降っていなかったら、事故は起きていなかっただろう。もしもあの人との出会いがなければ、いまの仕事を選んでいなかったはずだ。人生はそんな分かれ道の連続だが、現実にはひとつの道を歩き続けるわけで、「もしも」は存在しない。
ところが著者は、主人公の女性、アーシュラ・ベレスフォード・トッドがもしも別の道を歩いていればどうなったかを描く。そもそもアーシュラは生まれた時、へその緒が首に巻きついて息がなかった。その日は大雪で医師が到着せず、適切な処置を施すことができなかったのだ。
そこでアーシュラはもう一度生まれ直す。医師は誕生の瞬間に間に合い、へその緒を取り除いてくれた。彼女は、その後何度も生まれては死に、そのたびに自分の人生を生き直す。
10代で望まぬ妊娠をして堕胎。その後、結婚した男性は、節約家で口うるさく、妻に平気で手を上げる男性だった。この時もアーシュラは、人生をやり直す。まずは10代で、年上の男性にも自分の意見をしっかり伝えるやり方を覚えた。それからのアーシュラは、もう男性たちの言動に振り回されたりしない。恋をしても冷静だ。
物語の冒頭には、アーシュラがドイツのミュンヘンでヒトラーとおぼしき男の暗殺を企てるシーンが描かれている。著者がこの小説を思いついたのは、歴史上の「もしも」を想像したことがきっかけだという。著者はそんな想像を見事に小説として結実させた。
面白いのは、アーシュラが前世の記憶をもったままその経験を活かして失敗を回避するのではなく、胸騒ぎや直感に導かれるように違う道を選ぶところ。どちらの道がいいか頭でじっくり考えるより、直感を信じる方がうまくいく。人生を何度も経験して備わる術が、流れに身を任せることとはハッとさせられる。
『ライフ・アフター・ライフ』 ケイト・アトキンソン 著 青木純子訳 東京創元社 ¥3,960(税込)