250もの新カットを加えて帰ってきた感動作、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が絶賛公開中。
『君の名は。』が大ヒットし社会現象になった2016年、同じく大きな話題を呼んだ『この世界の片隅に』。幅広い世代の人の心を打ってじわじわと上映館数を増やした本作は、こうの史代のコミックに惚れ込んだ片渕須直監督が製作を心に決め、クラウドファンディングによって完成にこぎつけた作品です。現在まで連続上映が続いているという記録からも、この作品がいかにいまの時代に求められ、愛されているのかがわかるのではないでしょうか。前作から3年の歳月を経て、現行版に250を超えるカットを加えた『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が届きました。
ヒロインのすずは、絵を描くのが大好きでおっとりとした性格の女の子。突然の縁談によって、18歳で広島から呉へと嫁ぐことになります。新しい家族は、寡黙だけれど心根は優しい夫の周作、穏やかな義父母、出戻ってきた気の強い義姉と幼い娘。すずは戦火が迫って生活物資が困窮するなかで、草をつんで料理をしたり着物をもんぺに縫い直したり、ささやかな工夫をこらして日々を送っていきます。ボーッとしたところのあるドジなすずの周りに流れているのは、思わずずっこけてしまうような、どこかユーモラスでのんきな空気。けれども時は昭和19年、原爆が投下される昭和20年の夏へとカウントダウンするように、すずの物語も悲しみを帯びていくのです。
戦時下を舞台にしながらも戦いを描くのではなく、市井の人たちの日常生活を圧倒的な細部へのこだわりとともに描き、その暮らしを奪う戦争の理不尽さを伝えたところに、この映画のオリジナリティがあります。国や時代に翻弄されながら、懸命に慎ましく生きた彼女たちの姿は、現代と地続きの物語として受け入れられました。そしてこの新作では原作にもある、遊郭で働く女性、リンとすず、夫の周作との秘密や関係により深いところまで踏み込んでいます。
そのことによって浮き彫りになったのは、すずが心の奥底に抱いていた葛藤や願い。無垢な子どものように見えていたすずが、居場所を求めて揺れ動くひとりの女性として、時には匂い立つように艶っぽく、時にはしなやかにたくましく、陰影豊かに描かれているのです。すずがあまりにも大きな“喪失”を経験する現実の先に、ひとつの希望を見つけ出すエンディング。すずの切実な内面に触れたことで、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』では、その光がより明るく、強く感じられます。
『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』
監督/片渕須直
出演/のん、細谷佳正ほか
2019年 映画 2時間48分
テアトル新宿ほかにて公開中。
https://ikutsumono-katasumini.jp