『人喰い ロックフェラー失踪事件』
カール・ホフマン 著
迷宮入り事件の調査から見えた、真の異文化理解に必要なこと。
大石高典文化人類学者1961年、当時のオランダ領ニューギニアの海岸で、アメリカの大富豪、ネルソン・ロックフェラーの息子、マイケルが失踪し、2度と戻らなかった。本書は、迷宮入りしたこの事件の真相を、ジャーナリストである著者が追ったノンフィクションである。
ネルソンは、世界各地の先住民がつくる作品をアートとして展示する博物館を開館していた。マイケルは展示品の収集のため、ニューギニア島の少数民族、アスマットの所へ向かう。彼らは首狩りを行うことでも知られていた。ところが、買い付けの途中で船が転覆し、マイケルは行方不明となる。
著者は文献渉猟を進めるうち、マイケルはアスマット族に食べられて死んだのではという疑念を強くする。でもなぜ? 著者は謎に引き付けられ現地へと足を運ぶ。取材に対する彼らの口は固かったが、ある老人のもとで1カ月居候させてもらうことに成功する。
カミキリムシの幼虫を食べ、たばこを吸う。どっぷりと彼らの生活世界に身を浸し、信頼関係が生まれるに従い、著者は居心地のよさを見出すようになる。関係性が変わる中、思考や感じ方も変わる様子が生き生きと描写される。そして彼は気付く。人が人に対して向き合うとは、どういうことかを。
本書では、マイケルとアスマット族の双方に理解を示すが、首狩りの習俗をただ文化相対主義的に肯定する訳ではない。オランダによる植民地統治が終焉を迎えつつあった時代状況の分析を照らし合わせながら、事件の核にある人々の情動を、文化変化の波が押し寄せる中で起こった異文化間の接触のダイナミズムの中に冷静に位置づけている。典拠をきちんと挙げ、充実した原注が付けられている点も好感がもてる。カニバリズムという極端な事例を扱っているが、真の異文化理解のためになにが必要かをシンプルに問いかけてくる良書だ。
『人喰い ロックフェラー失踪事件』
カール・ホフマン 著 奥野克巳 監修・解説 古屋美登里 訳
亜紀書房
¥2,700(税込)