建築家、谷尻誠とつくった、「からだ」のようなギョウザとは?
アートディレクターの古谷萌、コピーライターの鳥巣智行、菓子作家の土谷みお、建築家の能作淳平が、料理人とは異なる視点から新しい餃子づくりに取り組む「トゥギョウザー」。4人が毎回、さまざまなゲストと会話しながら、これまでにない餃子をつくる。そんな活動です。
9回目のゲストは、建築家の谷尻誠。今回は、谷尻が代表を務めるサポーズデザインオフィスの東京の拠点であり、普段は飲食店として営業している社食堂にメンバーがおじゃましました。社食堂のシェフ、山本翔太も参加し、トゥギョウザーメンバーとのこんな会話からスタートしました。
鳥巣 オフィスと食堂が混ざり合っている様子がいいですね。
土谷 あのあたりがオフィスですか?
谷尻 そうですね。昼時になるとお客さんがやってきて、ご飯を食べると帰っていくので、そのあとはオフィスの会議室のような使い方をしています。畳の間にちゃぶ台を広げたら食堂で、布団を敷いたら寝室で、おじいさんが死んだら葬儀場になっていた昔の民家に近いというか、多様に使える空間です。
古谷 オフィスでありながらレストランでもあるという社食堂を開いたのは、スタッフの身体のためという理由に加えて、難しい状況をあえてスタッフみんなで考えるみたいな意図もあったと聞きました。
谷尻 そうなんです。アイデア段階の社食堂の構想を誰かに話すと、だいたい、「いろんな人がやってきたら仕事にならない」とか、「騒々しい」「守秘義務はどうする」、他にも料理の匂いのこととか、できない理由を言い出すんですよね。でも、できないと感じるのはそれだけ課題が多いということで、だからこそ新しいと思って、絶対に実現させようと思いました。
能作 広島のオフィスでは、スタッフがいろんな人に会ってインスパイアされるようにと、トークプロジェクト「THINK」を毎月開催しています。社食堂もTHINKも設計事務所と社会との接点をつくる試みです。谷尻さんはいわゆる建築家という枠を超えて、いろんなことをやられています。最近は、起業家という肩書きもついていますが、意識的にされているんですか?
谷尻 以前、ORIGAMIという会社の社長の廉井義貴さんが社食堂に遊びに来たときに話していたら、「サポーズはベンチャーだからね」と言われたんですね。それをきっかけに、ベンチャーであることをもっと意識していこうと、起業家も肩書きに加えました。設計事務所って、昔のままのやり方のところが多くて、簡単にいうと給料が安いんです。でも、好きなことをやっているから儲からなくてもいいではなく、好きなことをやりながら稼いでいる姿を見せないと、未来がないと思いました。今、設計料以外の新しいマネタイズとして、新会社を作って、新しいアプリケーションを開発しています。
鳥巣 どんなアプリケーションですか?
谷尻 アプリを立ち上げて室内を写した写真にスマホをかざすと、家具とか壁紙とか、水回りとかのメーカー名や品番といった情報が表示される。例えば、雑誌を読んでてこの家のシャワーがいいなと思ったら、スマホをかざすだけで、メーカーにカタログ請求までできるというものです。
鳥巣 めちゃくちゃおもしろいですね。
古谷 グラフィックデザイナーとしては、雑誌やポスターに使われている書体が、すぐにわかるようなサービスがあったら流行りそうだなと思いました。
谷尻 このアプリをつくろうと思ったのは、スタッフが部材探しに時間を取られていると気づいたからです。検索する時間を省略できれば、もっと考えたり、図面を描いたりに時間にあてられるし、早く帰ることにもつながります。
能作 食が身体をつくるというさっきの話と、建築設計において寸法や心地よさという「身体性」という観点から、今回のテーマは「からだとギョウザ」にしました。
「からだ」をテーマにした、新しいギョウザのアイデアを発表。
ここで、4人があらかじめ考えてきたアイデアを発表。ゲストが最も気に入った1つを、みんなで作って食べてみます。まずは、鳥巣のアイデアから。
鳥巣 建築と身体と餃子の共通点を考えてみました。建築には、建物という入れ物と暮らしという中身がある。身体という入れ物のなかにも精神という中身があります。餃子も皮と餡があって、入れ物と中身という関係が共通点。そんな入れ物と中身の関係性に着目して考えたのが、「人類みなギョウザ」です。皮の色は違っても、中身は同じ。3つの心臓が並んだ写真の上に「WHITE」「BLACK」「YELLOW」というコピーが書かれたベネトンの広告が好きで、それを餃子でやってみたいと思いました。
谷尻 メッセージ性がありますね。
鳥巣 はい。メッセージを食べるギョウザですね。皮は手づくりで、色で味が変わると趣旨と違ってくるので、3色の皮の味を同じにしたいと思っています。
続いて土谷のアイデアを。
土谷 鳥巣くんとかぶるけど、日本人の「肌の色のギョウザ」です。
鳥巣 ほんとだ。かぶってる。
土谷 餃子は皮に餡が包まれていて、人の身体の構造に似ていると思ったので、餃子を身体に見立ててつくります。食材を混ぜる前の状態で皮に包んだものを、口の中で咀嚼して合わせる。皮は手作りで、日本人の肌の色に近づけられたら。
谷尻 すごい。
能作 食感が面白そうですね。
古谷 皮の色をうまく作れるかな?
土谷 ある時期から色鉛筆でも肌色という名前は使われなくなったそうで、どんな色になっても肌色と呼べる気がする。
鳥巣 いろんな色のギョウザができても素敵ですね。
古谷のアイデアは?
古谷 身体の一部のような見た目の餃子を食べて、自分の身体に耳を傾けようという、「耳たぶギョウザ」です。味はそれぞれ違って、例えば野菜しか入っていないものや、ささみだけとか、その時に自分が必要としている栄養価を摂るのがコンセプト。自分の身体が何を欲しているかを確認しながら食べるというものです。
鳥巣 この形はどうします?
古谷 生地をつくって、包む時に成形して、うまく耳たぶの形にするしかないですね。
谷尻 皮はいつも手づくりですか?
古谷 市販の皮を使うこともありますが、手づくりすると、たいていモチモチした食感でおいしいです。
最後に能作のアイデアです。
能作 包んだ人の身体がそのまま形になるといいなと思い、ただ単に握るだけのギョウザを考えてみました。以前、息子と餃子をつくっている時に、ヒダをつけるのが意外と難しいとわかって。簡単に調理できる、「握るだけギョウザ」です。小さな子や少し手が不自由な方でも簡単に調理できる、「握るだけギョウザ」です。出来上がりが手の形になって、包んだ人の個性が出るといいなと。
谷尻 寿司みたいに握るのもありですね。
能作 手が小さい人が作ると小さくなって、その人らしいギョウザができる気もします。
土谷 かわいい。ちょっとクッキーみたいで、このアイデア好きです
身体をテーマにしたギョウザのアイデアが出そろったので、話し合いながら、今回つくるギョウザを、決めていきます。
谷尻 全体的にコンセプト重視ですよね。単純においしいものをつくりたいという欲ってあまり出ないですか?
土谷 おいしくつくれたら最高ですけど、最初にそこに囚われすぎると冒険できなくなってしまうので、まずはつくってみたいものを完成させることを目標として、それをどこまでおいしくつくれるかという挑戦を毎回しています。
能作 そうですね。確かに毎回、好奇心が勝りますね。どんなものができるかという。
谷尻 身体の構造を再現した土谷さんのアイデアは、中から出てくる肉汁を赤くしてもいいですね。紅生姜やトマトソースを使って。
土谷 中にごま油や出汁などの水分系を入れて、体液を再現するというのも考えました。
いろいろ話した結果、今回は土谷のアイデアが選ばれました。
混ぜてこねて、谷尻が生まれて初めてつくった皮の出来は?
餡を人の身体に見立てた今回のギョウザは、食材を混ぜないのがポイント。食べる際に、口の中で混ぜるというアイデアです。皮は、日本人の肌の色をイメージして、ターメリックパウダーとパプリカパウダー、麦こがしを混ぜて手づくりしていきます。買い出しから戻った発案者の土谷が、餡について解説します。
土谷 餡の食材は、人の臓器の見立てに近いものを選んできました。くるみが脳で、チャンジャが心臓、キャベツが肺で、にんにくは胃。納豆が腎臓で、豚のひき肉が大腸です。
完成したら、さっそく食べてみました。さて、その味は?
谷尻 悪くないですね。ビールに合いそう。
土谷 意外なおいしさです。ちょっとポーランドの餃子「ピエロギ」に近いものができたなと思いました。咀嚼していくうちに異なる味が順番にやってくる感じも面白いですね。
鳥巣 タレがいいですね。スパイシーで。
能作 くるみの食感がちょっと新鮮で、味のバランスがいいですね。
古谷 具材をまぜないことで、それぞれの味を楽しめる気がします。
最後に、今回のトゥギョウザーをそれぞれ振り返ってもらいました。
能作 ビジュアル的に身体を表しているものが選ばれて、実験的というか、つくっている最中の議論が活発になって面白かったです。
谷尻 途中までは思ったより色が濃くなって不安でしたが、皮で包んだ瞬間に、餃子っぽく見えたのが発見でしたね。
土谷 あの形が餃子というのが、共通認識としてありそうですね。
谷尻 どこまでを餃子として認識できるかという実験もできそうです。コンセプトが揺らぎながら、それでも進んでいく感じがよかったです。建築だと、コンセプトにより戻すためにいつも必死になっていますが、今日は迷いながら、こっちでもいいし、あっちでもいい。しなやかで自由で、だから楽しかったです。普段、いかにコンセプトに縛られているかとわかりました。
古谷 餡はしっかり混ぜたほうがおいしくなると思い込んでましたが、今回のように、リッツパーティーみたいなのもありですね。餃子の可能性がまた広がったように思います。
鳥巣 包んでない状態で出てきて、自分で包んで茹でて食べるというスタイルもいけそうですね。包む楽しさがあるというか。
山本 普段、社食堂のシェフとしてメニューを考える時には、いつも同じ味になるようにと考えてつくっていますが、このギョウザはいい意味で適当。あえて混ぜないことで生まれる、味の違いがおもしろかったです。
土谷 私は、餃子やハンバーグをつくるのがあまり好きではなくて、なぜなら、肉の油で手が汚れるから。お肉に触りたくないんですよね。今回のギョウザで餡を混ぜなくてもおいしいギョウザがつくれることがわかったので、今後の餃子作りに取り入れてみてもいいかもと思いました。
谷尻 餃子の皮をこねたのは、多分今日が初めて。つくる過程も実験的で、大人になってから初めてのことを体験できるって、素晴らしいですね。