日本のプロレスが海外で人気爆発! 新日本プロレス・メイ社長に逆輸出の秘訣を聞いた。

  • 文:井上 拓
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日本のプロレスが海外で人気爆発! 新日本プロレス・メイ社長に逆輸出の秘訣を聞いた。

©新日本プロレス

<プロレス・ブームが再燃。復活を先導する新日本プロレスはグローバル戦略にも着手している。「プロレスは日本のコンテンツ」と言うメイ社長が明かした、世界で戦うために必要なこととは>

いま日本のプロレス界が再び盛り上がりをみせているのをご存じだろうか。

メジャー・マイナー数多ある団体の中でも、このブームを大きく索引するのは1972年の設立以来、日本のプロレス界発展に寄与し影響を与えてきた新日本プロレスだ。2000年代から2011年頃にかけては人気が低迷し、経営の危機的状況に陥ったこともあった。

その「新日本」がこの数年で苦境から脱し、観客動員数を伸ばし、低迷時の4倍以上もの売り上げを挙げる見事なV字回復を遂げた。「プ女子」と呼ばれる新しいファン層を開拓するなど、日本のプロレス・ムーブメントを創り出しているのだ。

さらに「新日本」が挑戦しているのがグローバル戦略だ。そもそもプロレスは日本由来の格闘技(スポーツ)ではないが、日本ならではのコンテンツ産業として進化を遂げ、逆輸出とも言うべき海外市場への進出を推し進める。

人気復活の背景には何があるのか? 日本発信のコンテンツ力とは? いかにして世界のファンを虜にしていくのか?

そのヒントを探るべく、改革の担い手として2018年に社長に就任したハロルド・ジョージ・メイ氏をインタビューした。

ハロルド・ジョージ・メイ社長/オランダ生まれ、米ニューヨーク大学大学院修了。1987年、旧ハイネケン・ジャパン入社。サンスター執行役員や日本コカ・コーラ副社長を経て、2014年タカラトミー入社。翌年、代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)に。2018年より新日本プロレスリングの代表取締役社長兼最高経営責任者に就任 ©新日本プロレス

――新日本プロレスが爆発的な人気により復活を遂げました。なぜ再び支持されるようになったのでしょうか。

人気復活の理由は、たくさんあります。1つだけ上げるとするなら、2012年にブシロードが親会社となって、きちんとしたマーケティング戦略に着手したことが大きいと思います。

マーケティングの領域もいろいろありますが、例えば、SNSが分かりやすいのではないでしょうか。選手がツイッターやブログ、インスタグラムなどで、ファンの方々と直接コミュニケーションできる手立てを始めました。

なぜ選手を好きになって、ファンになるのかと考えれば、もちろんその理由の半分は試合の内容でしょう。でも、もう半分はというと、人間というか、その選手を人として好きになる、という理由があるのだと思います。

試合以外にも、一個人としての私生活をSNSで発信するようになった。そうすると、人としての魅力が分かりますよね。昔はリングの上でしか見えなかったものが、ここ数年リングの外の姿も見えるようになったわけです。

こんな練習をしましたとか、新しい技を開発しましたとか、このケーキが好きとか、今朝こんなパンを食べましたとか(笑)。

どういう思いで、今日このリングに立っているのか。リングに上がるまでに、いろいろな苦労があったけど、それを乗り越えてきたのだとか。今日はいい試合ができるのか。いい試合をした、〇〇選手はやっぱりすごい、となる。

「感情移入」がキーワードなんだと思います。試合以外での感情移入がこれまで以上にできるようになったことは、人気復活のきっかけにつながっていると思います。

観客の4割が女性、1割が子供へと様変わり

――「プ女子」と呼ばれる女性や、子供連れのファミリーも見かけるようになりましたね。

私たちは、2つの大きな柱で支えられています。1つは、昔からのファンの方々。何十年もの間、良いときも悪いときもずっと応援してくれています。新日本プロレスに心理的な強いつながりを持ってくださり、もはや自分の生活の一部なんだとさえ言ってくれるような方たちです。

そしてもう1つは、新しいファンの方々です。プロレスをまったく知らなかったとか、もう何十年も見ていなかったけど、今プロレスってこんなになっているの? と観てくださるようになった方たち。

その新しいファンの方々というのは、もう男性の世界だけじゃないんです。新日本プロレスの観客の4割が成人女性。しかも20代~40代の女性が多いです。1割が子供、残り5割が成人男性。ですからプロレスは、女性も楽しめる、子供も楽しめるコンテンツに様変わりしているのです。

こうした新しいファンが来てくださる理由としては、昔よりも日本のプロレスが間口を広げていることも大きい。

新日本プロレスで言えば、G1(編集部注:ヘビー級選手によるリーグ戦)やタッグ(編集部注:1対1ではなく、2人がタッグを組んで行うタッグマッチ)のシリーズ戦をはじめ、いろいろな工夫をしてイベントの魅力度を高めたりしています。また「BULLET CLUB」とか「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」とか、個性豊かなユニットもたくさんある。

レスラーもいろいろなタイプがいますね。ウィル・オスプレイ選手みたいな空中殺法が得意な選手もいれば、石井智宏選手みたいなパワーファイターもいる。昔はプロレス全体を一言で言えば、単純明快なところがありました。レスラーのタイプもベビーフェイスあるいはヒール......。現在は、新しくプロレスを好きになっていただける要素がたくさんあるのです。

©新日本プロレス

プロレスって、異空間ですよね。場所そのものが。試合もそうですし、観客としても普通やらないようなことをやる非日常空間。声援とか、キャーキャー言いたくても、ふだんは言えないですよね(笑)。

大好きな選手のTシャツを着てもいいし、コスプレやマスクだって着用してもいい。帰るときは、それらを脱いで普通の生活に戻る。プロレスに接する時間だけ、別世界になれるんですよ。これも新しいファンの方々に価値を再発見され、支持されている理由だと思います。

私はある意味、日本のカラオケ文化などが、それを補っていたのではと考えたりします。カラオケボックスに行けば、歌が上手くても下手でも関係ない。その空間を楽しむことがポイントなのであって、プロレスもその場を楽しむという意味では同じですよね。

――海外に比べて、日本ならではのプロレスの魅力とは何でしょうか。メイ社長はどんなところに感じますか。

日本の文化は、きめ細やかですよね。それは、愛情や情愛的な深さ。選手の衣装が1つ変わるだけで、なぜあの衣装にしたのかと、ファンの間で意見交換が始まります。例えば、あの選手は以前ハーフタイツだったのに、ロングスタイルになった。足が綺麗とか、セクシーとか、以前と比べてどうとか......。日本のファンの方々は、足や衣装の話だけで盛り上がれてしまう。

また、この選手が好きと、一度好きになってくれたら、どんどん好きになってくださる。ロイヤリティが高いのは、日本ならではプロレスファンの特徴だと感じます。

あとは、無理しなくていいファミリー感ですかね。仲間がすぐにできるというのは、大人になってからはなかなかない。プロレスには、往年のファンが新しいファンを温かく迎えてくれるところがある。

今日のレスラーのことをあまり知らないけど大丈夫かな? でも会場やSNSですぐに他のファンが教えてくれるんですよね、受け入れてくれるというか。あの選手は◯◯でとか、あの技は◯◯でとか。すぐにファミリーとして溶け込めるところは、私からすると日本的なコミュニティだと思います。

やはり体験価値なんですよ、非日常のファミリー感、そして深い愛情が持てる趣味。その1つがプロレスです。日本人がこれだけ長く生きる長寿社会になって、仕事だけじゃないよね、趣味でもいいし、仲間がいるの楽しいよねとみんな気づき始めた。日本でブームとして支持されている理由じゃないでしょうか。

プロレスというドラマ提供のポイントは音・光・映像

――プロレスという日本のコンテンツをより良く届けるために大切にしていることは何でしょうか。

プロレスには、ドラマがあります。そのドラマを提供していくためには、私はポイントが3つあると考えています。1つが音、2つめが光、そして3つめが映像(動画)です。

音というのは、単純に入場曲とかBGMとか音楽という意味も一部ありますが、解説ということなんです。私は解説をとても大切にしているんです。

解説にもいろいろなスタイルがあると思いますが、新日本プロレスでやりたいのは、感情的な解説。例えば、ラリアットという技が入ったとき、「ラリアットが入りました」という、ニュースを読み上げるような説明ではなくて......。

「なんだ今のは? こんなの見たことないラリアットだ!」とか心の底から技を表現してくれることが大事。それがファンの方々や見る人の心に響くんです。プロレスを知らない人が見ても、これはすごい技に違いないと感じてくれるはずなのです。

日本のアニメが海外でヒットしている理由に、日本人の声優さんの感情表現がものすごい、というものがあります。海外では吹き替え版はやめて、字幕のままでいい、と言われるほどです。

過去のことを知らない人が試合を見ても、知識や情報は解説で補ってくれますよね。途中から見たとしてもある程度内容が分かる。だから解説ってとても大事なんです。

次に、光。照明や演出で、やはり光というのはそれだけで雰囲気が変わりますから。気分、感情に訴えかけるものがそれだけであるんです。

最後に、映像。これは煽りビデオなどです。僕はよく社内でもこう喩えて話しています。プロレスの試合を2時間の映画だと思ってください、と。

いわゆる試合そのものは、最後の決闘シーンだと思います。それだけ見ても面白い。でも最後の決闘シーンに到るまでの背景だとか、登場人物の紹介とか、変化があったり、テンションが上がったり下がったり、アクシデントを乗り越えるための準備があったり、すごいドラマがある。

試合が終わった後にも、選手がコメントする。今日は頑張ったけど負けたとか、そして新しい因縁が生まれたり......。

これをYouTubeなどでのドキュメントだったり、インタビューだったり、背景を知っていただく、そのためのテンションを作るというのも重要な仕事です。

映像班を強化して、いま拡大しているところです。最近(ヒールユニットである)「BULLET CLUB」の歴史を映像化したんですが、過去最高の再生回数を記録しました。やはり知らない人もいるし、こうした情報を知りたいんですよね。世界中のファンがプロレスに感情移入ができて、さらに楽しめるんだと思うんです。

©新日本プロレス

「日本のコンテンツは自信を持て」

――日本から世界へ。改めてお聞きします、新日本プロレスはなぜ海外市場へ挑戦するのでしょうか。

日本は人口が減り、モノが売れなくなり、日本経済そのものがこれまでと違うフェーズになって、グローバル化しなくてはならない......といった、海外に行かざるを得ない話は当たり前なので割愛すると、もし違う側面で海外に行く理由を言えば、新しいファン層はもちろん、新しい試合の形など多くのことを逆輸出できるメリットもあるんです。他のやり方を学ぶことで、日本のプロレスがもっと良くなる可能性もある。

また世界にプレゼンスがあるということは、新日本プロレスに世界中からレスラーが集まってきてくれることにもつながる。だから世界の舞台があったほうがいいですし、純粋にレスラーとしては、自分たちの日本のプロレスの素晴らしさを世界中に広めたいという強い想いがあります。

アメリカという市場だけで言っても単純に日本の10倍はある。テレビチャンネルの数も半端ないように、ご存じの通り広い国なので会場もたくさんある。最近では日本のトップレスラーだった選手がアメリカに行ってもスターですよね。日本人メジャーリーガーではありませんが、日本のプロレスラーも決して負けていないのです。

――「日本のコンテンツは自信を持て」と以前発言されていました。その真意を教えてください。

よく日本の緑茶を例にとって話すのですが、海外で緑茶を飲むと、魚臭いと言う外国人も多いんです。なので日本の企業は、臭みを感じなくするように、緑茶にミルクを入れたり、砂糖を入れたりする。

これは短期的に見たら、外国人が緑茶を好きになってくれるかもしれない。でも本物じゃない。外国人が日本に来て緑茶を飲んだら、あれ? 砂糖なんて入れないじゃないか、まったく違う味じゃないかとなるんです。

海外の市場に行くなら自信を持って、これが本物の緑茶なんです、という姿勢が大事だと思います。これは、日本のプロレスも一緒です。試合展開や流れは、外国に合わせなくていい、これが私たちのやり方、スタイルである、と。自信を持っていないといけないと思います。

ですから海外の試合でも、選手の名前も、選手紹介も、日本語そのまま行っています。一応、英語でも言っていますが、日本語はなくしていない。なぜならそれが本物だから。海外の人にとっては英語のアナウンスを聞きたいのではなくて、日本語そのままのものに興奮したり熱狂したりするのです。

一方で法務的な話はきちんと守らないとダメです。海外では保険の考え方もセキュリティの考え方も違い、とても厳しいです。こうした法令遵守や社会規範を意識することは大切ですが、それに影響しない試合の内容などは変えるべきではない。グローバル進出するなかで、それがブランド、コンテンツということなんだと思います。

――最後に。これからの新日本プロレスへの想いを聞かせてください。

2014年12月に動画配信サービス「新日本プロレスワールド」というものを作りました。国内外にいるファンの方々で、会場にはなかなか来られない人もいる。でもインターネットさえつながっていれば、試合を、自宅にいながら楽しめる。

動画配信にはこれからも投資していく予定です。さらに映像班だけでなく、英語部隊も立ち上げて強化しています。やはりリアルとバーチャルの双方が必要。試合に来られない世界中のファンのためにも、同じような体験ができるコミュニケーションをどんどんやらないとダメだと考えています。

私は8歳の頃からプロレスが大好きです。数年前、ある試合を見て涙が出るほど感動したこともあります。選手たちが感情や心を全て解放して戦う試合でした。プロレスってここまで行けるんだ。まさに芸術でしたね。日本のプロレスがグローバルに挑戦し、ブランドであり続けるためには、スポーツでありながらこうした芸術性、アートであることもとても重要なんだと思います。

みんなが使っていたものが一時期なくなって、いや、でもこれって本当に素晴らしいものだよねって、再発見されることありますよね。まさに復活を遂げたプロレスというコンテンツの魅力をさらにお届けしていきたいですね。


文:井上 拓