職人技をいかに継承するか? 海外でも人気「角缶」復活の物語。

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    職人技をいかに継承するか? 海外でも人気「角缶」復活の物語。

    新たに工場長としてやってきた石川浩之さん。もともと時計の修理などを手がけていたが、モノ作りへの強い憧れがあったという Photo:団遊

    モノ作りの街・台東区の雑貨店「SyuRo」の代名詞ともいえるオリジナル商品「角缶」と「丸缶」。日本以上に北欧などで高く評価されていた「角缶」が、作り手の体調不良により生産休止を余儀なくされていたが......

    東京・台東区の鳥越に「SyuRo」(シュロ)という雑貨店がある。30坪ほどの店内には、華美な装飾や派手な色を付けたりすることなく、木や金属といった素材の持ち味を生かした、さまざまな暮らしの道具が並ぶ。

    その中で最も人気があり、SyuRoの代名詞とも呼べるオリジナル商品が、丸と角、2種類の缶だ。「丸缶」は円柱型、「角缶」は直方体で、どちらも同じ素材のフタが付き、大きさは4種類。用いる素材にも、ブリキや真ちゅう、銅といったバリエーションがある。そしてこの2つの缶、実は海外での人気が高い。

    丸缶と角缶、この形に見覚えがないだろうか。ある年代以上の人なら特に、懐かしささえ感じるかもしれない。なぜこの素朴にも思えるような日本の「缶」が、外国人にまで評価されているのだろうか。

    現在も販売中の「丸缶」は、1620〜4536円(消費税込み)。素材はブリキ、真ちゅう、銅の3種類。サイズは「SS」「小」「大」「細長」がある Photo:廣川淳哉

    SyuRoの「角缶」は1836〜2268円(消費税込み)。現在は生産できないため販売休止中 Photo:廣川淳哉

    日本より海外への出荷のほうが圧倒的に多い

    SyuRoで扱う商品は、主宰する宇南山加子(うなやま・ますこ)さんが目利きとなり、日本中、時には海外から集めてきたもの。さまざまな産地を自ら訪れ仕入れる商品もあれば、産地と手を組み独自開発したオリジナル商品もある。

    モノ作りの街・台東区出身で、父親はアクセサリー職人だったという宇南山さんは、小さな頃からモノ作りに触れ、興味を持ち続け、2008年にこの店を立ち上げた。

    台東区鳥越にある雑貨店「SyuRo」の店内と、SyuRoを主宰する宇南山加子さん Photo:廣川淳哉

    SyuRoのオリジナル商品(ブランド名も「SyuRo」)は、この店で売るだけでなく、国内外のさまざまな店に卸している。丸缶と角缶については、デンマークやスウェーデンといった北欧など、特に海外での人気が高いという。国内と国外の取引先数の比率は10(日本):4(海外)ほどだが、日本に比べ、海外への出荷数のほうが圧倒的に多かった。

    海外での人気の理由を尋ねると、「本当にシンプルな箱だから、裁縫箱にしてもいいし、胡麻など食品を入れてもいい。どんな用途にも使えるからですかね」と宇南山さん。

    「年齢も性別も国籍も関係なく使えて、洋室にも和室にもしっくりくる。強いて言えば、海外の人のほうが使い方を見つけるのが上手かもしれません。使う楽しみを見出せる人が多いのでしょうか」

    丸缶は茶筒、角缶は海苔入れ

    2つの缶は、もともと茶筒と海苔入れだった

    この人気商品の誕生には、裏話がある。冒頭で形について触れたが、丸缶はもともと茶筒で、角缶はもともと海苔を入れるための缶なのだ。

    紙などが巻かれ、茶や海苔のパッケージとして使わる缶に価値を見出した宇南山さんは、2009年、この缶で新たな商品を作ろうと考えた。同じ台東区にある缶を扱う問屋に「紙などを巻かない状態の缶を、そのまま商品にしたい」と相談したところ、一度は断られた。

    これらの缶は、本来は人目に触れない存在だ。そのため、下町の職人が作ったままの缶には汚れや傷が付いており、商品にはならないというのが職人側の言い分だった。

    そこで、仕入れた缶をSyuRoで磨き上げ、検品も行うという条件を課すことで、商品化が実現した。商品化にあたってこだわったのが大きさだ。丸缶、角缶、それぞれにサイズのバリエーションがあるが、積み重ねたときや並べたとき、美しく見えるという観点から大きさを決めた。機能ではなく、感覚でサイズを決めたことが、缶にさまざまな用途をもたらした。

    商品化に向け、ブリキならより錆びにくい素材を用いるなど、できる限り商品としての質を高める工夫も施した。同年の見本市に出品したところ反響が大きく、翌年から販売数を伸ばした。その後、台東区の助成金を活用し英語を記したカタログを作成したことが、海外販路の開拓につながっている。

    そんな角缶が今、生産休止に陥っている。手がける職人が、2016年9月に体調を崩したのだ。元の職人や工場で作れなければ、ほかで作ればいいとも思えるが、そう単純な話ではないらしい。というのも、角缶を作っていた職人は缶問屋から「腕利きの職人」として紹介された人物だった。

    SyuRoの角缶は、金属板を折り込むことで箱を形作るという独自の手法で作られている。職人技で仕上げられた特別な品であることは、角缶の四隅の折り込みに見て取れる。

    四隅を折り込むことで、箱を形作っているのがSyuRoの角缶の特徴。こうした折り込みや、角に丸みを帯びさせるのが職人技だ Photo:廣川淳哉

    宇南山さんは、職人技により作られた角缶の魅力について「角缶は、中村さんという職人さんしか作れなくて、機械も使うけど、ほぼ手作業。金属板を折り込んで作ることと、仕上げに四隅を叩いて角に丸みを出しているのが特徴です」と語る。

    「絶妙な締まり具合も、職人技ならでは。手に馴染む使いやすさや高い精度に、作り手の思いが表れている気がするんです」。小さな箱に確かに宿る日本の職人技と、角缶の海外での高い評価は、けっして無関係ではないはずだ。

    後継者探し、資金調達...

    後継者探し、資金調達...「角缶」復活への挑戦

    角缶を中心にオーダーしてくる取引先もいるほどの主力商品の欠品は、SyuRoにとって大きな痛手だ。2017年には、角をハンダで留めて仕上げた「ハンダ缶」の販売に踏み切ったが、宇南山さんは、"曲げ"だけで作る角缶の復活を諦めていなかった。

    紆余曲折を経て、元の工場を継ぐことができるようになったのは2017年4月のこと。それからいろいろな話し合いを経て、求人サイト「日本仕事百科」で募集をかけると、1カ月ほどで15人の応募が寄せられた。新しい工場長は、もともと時計の修理などを手がけていた35歳の2児の父、石川浩之さんに決定した。

    かつて訪れた際に撮影した工場の様子。さまざまな機械が並んでいるが、基本的に職人による手作業で角缶は作られていた Photo:宇南山加子

    ところが、角缶の製造再開には、もうひとつ大きな問題があった。職人の中村さんがただ1人で作っていた角缶の詳細な作り方を、誰も知らないのだ。残っているのは、宇南山さんやSyuRoのスタッフが工場を訪れた際に2回ほど試作した記憶と、工場の機械や材料のみ。

    こうした手がかりを頼りに、新しい工場長は7月25日から1人で工場を開け、すでに角缶の再現に取り組んでいる。近々、工場の設備資金を集めるクラウドファンディングを開始し、順調に行けば、新しい角缶の出荷は11月を見込んでいるという。

    宇南山さんによれば、後継者不在により日本の職人技が途絶えてしまうケースは、ここ最近多いそうだ。

    「金属を扱う工場で、閉めているところは結構ありますね。SyuRoのほかの商品でも、丸缶やタオルやブラシ、ガラス、あるいは急須屋さんで作っている器も。後継者問題に悩んでいる工場は多いですね」

    さらに、こうした問題は日本に限った話でもないようだ。SyuRoで以前販売していたノートは「オニオンスキンペーパー」という米国産の薄い紙を使っていたが、紙の工場が廃業となり廃盤にせざるを得なかった。

    今回のように、職人技の受け継ぎ手を探すことが、モノ作りの現場にとって重要な課題となっている。宇南山さんはこう語る。

    「商品をデザインして、売るだけの時代は終わりました。これからは、どのように次につないでいくか。新しい商品などで、工場のイメージを変えていけば、若い人もやりたいと、興味を持って、振り向いてくれる。そういうきっかけづくりにも、力を入れていきたい」


    文:廣川淳哉