定期的に海外のひとつの出版社に焦点を当て、その出版社の本だけを取り扱うショップ「POST」のスタッフが、いま気になる一冊をピックアップ。今回、中島佑介さんが紹介してくれるのは、ポップアートの旗手アンディ・ウォーホルが手がけた写真集です。抜群の知名度を誇るウォーホルですが、この写真集を知っている人は少ないのでは……?
Vol.15 あまりにも有名なウォーホルの、知られざる写真集。
この数年、時間の経過に埋もれてしまって後世に知られていない作品が歴史から発掘され、再評価される機会が多くなりました。最近では、現在渋谷のBunkamuraで開催されているソール・ライターや、一昨年話題となった女性写真家のヴィヴィアン・マイヤーが思い浮かびます。アートブックの世界でも歴史に埋もれてしまっているケースが稀にあり、世界一名の知られているアーティストと言っても過言ではないアンディ・ウォーホルにも1冊、そんな本がありました。[Screen Tests / A Diary]という写真集です。
初版の刊行から50年、復刻が実現。
この本は1960年代、アンディ・ウォーホルがマンハッタンのアトリエ、通称「ファクトリー」で作品制作をしていた時期に刊行されています。昼夜を問わずファクトリーを訪ねてくる友人・知人を被写体に、ウォーホルは「スクリーン・テスト」という映像作品を撮影していました。この作品は、被写体のバストアップを固定カメラで約3分間ただ記録するという映像作品で、モデルたちは微笑みかけることもなく、何となく居心地悪そうにじっとカメラに視線を向けています。モデルになっているのはニコやルー・リード、イーディ・セジウィック、アレン・ギンズバーグなど、当時のアメリカ文化の中心にいた人たちで、ウォーホルはこの作品を気に入っていたのでしょう、1967年には[Screen Tests / A Diary]を出版しています。撮影した映像フィルムの一部と、初期からファクトリーでウォーホルの作品制作に携わっていたジェラード・マランガの詩を組み合わせた見開きが淡々と続くアートブックでした。
この本は同じ年に出版され、商業的に成功を収め後世にも広く知られるアートブックとなった[Andy Warhol’s Index (Book)]とは対照的に、ほとんど売れなかったようです。結果として在庫の多くは出版社によって断裁処分されてしまい、残存数が極端に少ないウォーホルに関するレアブックの最たるものとして、アートブック蒐集家たちや、限られた美術関係者のみが知る存在となっていました。
僕がこの本の存在を知ったのは2011年、ウォーホルと共著者のジェラード・マランガの友人である方が「こんな本があるんだよ」と教えてくれたのがきっかけです。古書の買い付け先でも一度も見たことのないこの本にとても興味をもち、インターネットで調べてみたところ、肖像写真の表現としての斬新さに惹かれたのを覚えています。肖像写真といえば、被写体の表情をきっちりと四角い枠に収めたものが一般的ですが、このアートブックに収録されているのは、似たような表情が続く一連のシーケンスから切り取られています。結果として、天地のイメージはモデルの一部が切れてしまっている肖像写真で、形式に囚われない奔放さが画期的です。また、一定時間記録された表情は、写真のように瞬間だけを取り繕うことはできません。本来の表情を写した肖像としても、革新的な手法でした。
この本を手にとって見てみたいと、買い付けに訪れる先々で気にかけていましたが、そう簡単には実物に出合えません。オリジナルがどこにあるのか、探し出すことすら困難な中、ようやくあるコレクターの方が所有しているオリジナルをお借りして見せてもらうことができました。その時に初めて知ったのは、写真のプリントされている紙が半透明で、光を透過するフィルムを暗喩した造本になっている点でした。これはインターネットの画像からは分からなかったことで、オリジナルを見ることの重要性を改めて理解した体験でもありました。
この本を紹介してくれたジェラードの友人を介して、この本が復刻できないかと作家と連絡を取り合い、ちょうど初版の刊行から50年にあたる2017年、この本の復刻が実現しました。「復刻」は決して懐古的なものではなく、作品の価値を改めて現代に提示する意味もあります。50年前には理解されなかった作品が今日にはどう伝わるのか、作品の真価が改めて問われます。
装丁:ソフトカバー
サイズ:18.8 x 25.3cm
商品コード:ISBN 978-4-9909575-0-6
出版年:2017年
価格:¥5,184