田中秀臣 街角経済学―浜田宏一内閣官房参与に「金融政策の誤り」を認めさせたがる困った人たち

    Share:

    田中秀臣 街角経済学―浜田宏一内閣官房参与に「金融政策の誤り」を認めさせたがる困った人たち

    日本経済新聞が掲載した内閣官房参与の浜田宏一氏へのインタビューが、予想外の反応を引き起こしている。浜田参与が、金融緩和によるデフレ脱却を否定したという解釈だが、これはあまりにもバカバカしい。

    浜田参与へのインタビュー記事に予想外の反応

    イェール大学名誉教授で内閣官房参与の浜田宏一氏は、国際的にその業績を認められた偉大な研究者であり、また今日の日本経済の「導師」とでもいうべき地位にある人物だ。筆者もまた学生時代からいままでうけた学恩は計り知れない。ところで最近、浜田参与のインタビューを日本経済新聞が掲載した(11月10日朝刊、ネット掲載はこちら)。この記事が予想外の反応を引き起こした。それは浜田参与が、従来の主張である金融緩和によるデフレ脱却を否定したという解釈である。これはあまりにもバカバカしい見方である。

    浜田参与のインタビューを素直に読めば、金融緩和でアベノミクス当初1,2年は成功していたが、その後、消費増税や国際情勢の不安定化で、金融緩和だけでは不十分であり、減税を中心とした財政政策が求められているとするものである。どこにも金融緩和の効果がないとか、いままでの日本銀行の政策が間違いだったなどとは微塵も言及はない。

    そもそもこのインタビューを最後まで読めば、浜田参与は、日銀が「買うものがなければ」という条件つきで外債購入をすすめている。これは金融緩和がデフレ脱却に効果が「ない」という人の発言ではない。効果が"ある"から外債購入も選択肢に入るのだ。

    ところが一部の論者やメディアの中では、先ほど指摘したように、浜田参与があたかも量的緩和などの金融政策がデフレ脱却に失敗し、その考えを改めるという趣旨としてこのインタビューを解釈している。曲解に近く、その読みのゆがみに驚くばかりである。だが、このバイアスのかかった読解には筆者は多少の心当たりがある。

    筆者が2004年に発行した『経済論戦の読み方』(講談社)に以下のように書いた。

    「より現実的に考えれば、貨幣発行益を利用した減税政策として、企業負担の社会保険料の減額などが有効であろう。このような工夫された財政政策と組み合わされば、インフレターゲット政策は確実な効果を上げるはずだ。これは伝統的なポリシーミックス(財政と金融の合わせ技)である。そしてインフレ期待へのコミットメントをより具体化するためには、金融政策の運営フレームワークとしてインフレ目標を導入した上で、長期国債の買い切りオペ拡大を中心とした、より一層の量的金融緩和政策を推し進めなければいけない。デフレは本質的には貨幣的現象であり、1890年代の英国におけるデフレも、1930年代におけるグローバル・デフレも。それらを解消に導いた主たる要因は、大胆な金融政策の実施であった。(略)私はこのように、デフレ脱却のためには財政・金融政策のコントロールを重視している」。

    いまの日本銀行はインフレ目標をすでに導入して、他方で長期国債買い切りオペの大幅な増額も行われている。ちなみに『経済論戦の読み方』には、不動産や株式の購入などオペ範囲の拡大や、またマイナス金利の導入などの政策オプションも提言されている。このような財政と金融のポリシーミックスの提言に対して、当時、エコノミストのリチャード・クー氏が、「国内のリフレ派は財政出動に嫌悪感がある」とした批判を寄せてきた(クー氏と筆者の論争の経緯は、拙著『不謹慎な経済学』講談社、などを参照のこと)。

    いまの私の引用にあるように、財政政策の「工夫」は必要だが、財政政策と金融政策を両方行えと、「嫌悪感」など微塵も表現することなく書いているのだ。「嫌悪感」として(間違って?)解釈する余地があるとしたら、財政政策の「工夫」、つまり減税や社会保険料の負担減などのオプションを提起したぐらいしか筆者には思いあたるところがない。

    金融政策の転換を基軸に、財政政策と金融政策の協調を

    金融政策の転換を基軸に、財政政策と金融政策の協調を

    クー氏のようにすぐれたエコノミストは、堂々と論争を挑まれてきた。それは日本という陰湿な風土の中では、異例ともいえる出来事であり、いまもこの論争は爽快な出来事として筆者のこころに残っている。クー氏と現在の財政政策(というか公共事業)中心主義的な一部の論者の主張とを比べるのはまことに遺憾である。だが、リフレ派=財政政策否定、とでもいうべき間違った解釈の根は、財政政策=公共事業中心主義者の根強いバイアスに思える。

    ただし浜田参与に「金融政策の誤り」を言わせたい陣営は、なにも財政政策=公共事業中心主義者だけではない。筆者がみたところ、(金融緩和を否定しながら、さらに)減税などの財政政策を否定する論者までいる。これは市場におまかせの清算主義者とでもいうべきだろうか。浜田参与に「金融政策は効果がなくて失敗」といわせたい人たちの幅広い同盟をみる思いで、正直苦笑に耐えない。

    浜田参与は、今年のジャクソン・ホールでのクリストファー・シムズ米プリンストン大教授の物価水準の財政理論(Fiscal Theory of Price Level (FTPL))に感銘をうけたとのことである。このシムズの論文は、簡単にいえば、政府がその予算制約をまもるかぎり、積極的な財政支出の増加は必ず物価水準を上昇させるということである。言い換えれば、安倍政権が(民主党政権からの負の遺産を引きずる形で)実行した消費増税は、逆にデフレをもたらすということである。これ自体は財政政策の重要性を強調していて、モデルとして「目からウロコ」が落ちるかどうかは人それぞれだが、まずは傾聴に値する話である。

    浜田参与が、なぜいまの金融緩和だけでは不十分なのかを、このシムズ論文から示唆をうけたことは了解することができる。簡単にいえば、財政政策が引き締めであれば、金融政策の効果が大きく減退するのは明瞭である。この認識をシムズモデルを通じて、浜田参与が理解したのであろう。

    だが、それを「金融政策は効果がない」「金融政策は失敗したと反省している」と読み替えるのは、学者がどうモデルを理解するのかをまったくわかっていない話だ。実践的なセンスのある学者であれば、ひとつのモデルを盲信することなく、いくつかのモデルを理解し、そこから「使える」ものを導くトレーニングと実績を積んでいるのである。浜田参与のシムズ論文の理解もそのような次元だと考えるべきだろう。ちなみに筆者は、先の物価水準の財政理論は、日本のようなデフレ脱却時に増税を行う(緊縮財政を採用する)ことの愚かさを裏付けるモデルとして読むならば参考になると理解している。

    だが他方で、よりエレガントな議論を、欧米の経済学者たちはすでに行っている。例えばガウティ・エガートソンブラウン大学教授は、物価水準の財政理論の欠点を補正した論説「財政乗数と政策協調」をすでに何年も前に公表している。そこでは、90年代からの日本の財政政策がなぜ効果がなかったのかを、財政政策と金融政策の協調がなかったことに求めている。90年代でも金融緩和する一方で、消費増税という財政緊縮政策がとられ、または財政拡大政策のときにゼロ金利解除など金融引き締め政策が採用されるなどちぐはぐだった。特に財政政策が効果的になるには、金融政策の転換が必要条件となる。財政政策だけでは不十分なのだ。

    エガートソン教授は、財政政策と金融政策の緩和的協調が、人々に信認されれば、デフレ脱却の効果に大きく貢献する(しないわけはない)、と検証した。ただこれはなにもエガートソン教授に指摘されるまでもなく、筆者をはじめ多くの日本のリフレ派がこのような、金融政策の転換を基軸に、財政政策と金融政策の協調(ポリシーミックス)を10数年前から(なかには20年以上前から)主張し続けてきているのである。そのシンプルな考えを最新の手法で緻密にモデル化したにすぎない。そのことは先の拙著の引用からもわかることだろう。

    ところで、浜田参与に「金融政策は効果がないこと」を「反省」させたい人たちには、安倍政権になってから現時点までの消費者物価指数、GDPデフレーターがマイナスのままだということを「金融政策に効果がなかったからデフレのまま」と主張しているようだ。だが、これは浜田参与がインタビューで指摘しているように、金融政策が効果がないからではなく、消費増税などの影響である。

    また浜田参与は、日経新聞のインタビューの中で、「国民にとって一番大事なのは物価ではなく雇用や生産、消費だ」と強調している。雇用指標は20数年ぶりの改善を示す数字がならぶ。これは金融政策の効果だが、それを見ないのが、浜田参与に間違いを認めさせたい人たちの共通するマインドである。

    もちろん雇用もまだまだ改善の余地もあり、そして生産と消費も延ばすべきだ。その過程の中でインフレ目標も達成されるべきだろう。そのためにはバイアスのかかった意見を参考にする必要はない。経済低迷には、金融政策の転換を前提にした、財政政策と金融政策の合わせ技を全力でやりぬくべきなのだ。それ以外の選択肢はジャンクだ。


    田中秀臣
    上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。

    1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。