11年ぶりのフルモデルチェンジを果たした「ロールス・ロイス ゴースト」。世の中の価値観が新しい方向へ向かい、ラグジュアリーという言葉の定義も変わりつつあるいま。そんな時代に誕生したこのクルマは果たしてなにを表そうとしているのだろうか?
「ファッションでたとえるなら、大きなブランドロゴのような表層的なデザイン。今後、ロールス・ロイスはそうしたものを避けていきます」。
2020年秋にロールス・ロイスは「ゴースト」という4ドアセダンのフルモデルチェンジを実施した。そしてその際、語られた内容がユニークだった。
「クルマでいえば、ごてごてとしたステッチなどで表面を飾りたて、その実内容には乏しい。私たちが忌避するのは、そうしたものです」。英国の高級車というと、クロームやレザーでことさら豪華な雰囲気を演出するものを連想してしまう。しかし新しいゴーストは、これみよがしの贅沢さはサヨウナラ、というのだ。
一見での豪華さを抑えた内装と、ロールス・ロイスらしからぬ操縦感。
ゴーストにはじめて対面したのは、東京都内のお披露目会だった。次の機会は、2020年晩秋の日光。もはや少し前の出来事とはいえ、記憶はいまも鮮明だ。実車のスタイリングは確かにシンプルなラインで構成され、面の張りでいわゆる”表情”を出しているというもの。一方、クロームのことさらの多用や、ボディの複雑なキャラクターラインなどは排している。斜め後ろから見ると、ロールス・ロイスとは思えないかもしれない。インテリアのデザインも同様だ。実にシンプル。円モチーフが基調のデザインで、メーターをはじめステアリングホイールのセンターパッド、エアベント(空気吹き出し口)、時計、エアコンやインフォテイメントシステムのコントローラーにいたるまで、操作類は円。クロームなどの使用も抑えぎみで、華美さはまったく感じられない。
ロールス・ロイスのラインアップの頂点には、「ファントム」というモデルがある。ゴーストはその下。ファントム(知覚されても実体のないもの)とゴースト(死んだひとの魂)に順位がつけられるのか。なかなか難しい。でも、新しいゴーストを運転すると、眼が覚めるほどすばらしい存在感に満ちていることがわかるのだ。剛性感の高いシャシーを使い、6748ccのV型12気筒エンジンにフルタイム4WDシステムの組合せ。独自設計のフロントサスペンションも採用して、高速では確かにロールス・ロイスが主張する、空飛ぶ絨毯のような快適な乗り心地。一方、カーブが連続する山道でも軽快な身のこなしで、”これがロールス・ロイス?”と、驚かされるほどである。
「ゴーストのユーザーは、たとえエクステンデッドホイールベース仕様に乗っていても、週末は自分でステアリングホイールを握ることを好む人たちです」
ロールス・ロイスは、ゴーストの位置づけをそう定義する。確かにファントムを操縦すると、ステアリングホイールはダイレクトな操作感が乏しく(それがロールス・ロイスのリムジンの伝統的な”味”なのだけれど)、日光のいろは坂や箱根のターンパイクを駆け上がっていきたい、という気持ちにはなれない。しかしゴーストは明らかに違う。いちどドライブをはじめると、2.5 tという重量級のボディを850Nmもの太いトルクで走らせるパワー感と、刻々と路面に合わせて設定を調整する電子制御サスペンションシステムの恩恵により、すばらしい操縦感覚で、クルマの運転席から降りたくなくなる。私はこれまで多くのロールス・ロイスを運転してきたものの、こういうロールス・ロイスは、ゴーストが初めてだ。
ユーザーの期待に応える、さまざまなオプション群。
先ほど書いた通りゴーストは、走りを積極的に楽しませるという点でロールス・ロイスとしてユニークな存在だ。かつ、ハイテクシステムにも抜かりがない。照射距離の長いレーザーヘッドライト、昼夜を問わず路上の野生動物や歩行者を検知して警告する機能を備えたビジョンアシスト、パノラミックビュー/全方位視界/ヘリコプタービュー機能を併せもつカメラシステム、アクティブクルーズコントロール、衝突警告、交差交通警告、車線逸脱/車線変更警告、大きな高解像度ヘッドアップディスプレイ、Wi-Fiホットスポット、自動駐車システム、最新型ナビゲーションシステムおよびエンターテイメントシステムが装備されている。
同時に、クルマとしてユニークな点も多い。ひとつは観音開きのドア。マクラーレンがディヒドラルドアといってハサミを開いたように上に跳ね上がるドアを採用しているのと同様、いまは4ドアのロールス・ロイスのトレードマークになっている。採用の理由は乗降性だという。たしかに後席にアクセスしやすい。
ゴーストはドライバ−のためにつくられたようなクルマとしたものの、同時に3295mmもあるホイールベースの長さを活かして、後席の居心地にも心を砕いている。クッションがたっぷり詰まったシートの座り心地はたいへんよいし、ふかふかとしたカーペットに足を載せたの時の感触は、まさに豪邸の感覚だ。
後席はくつろぐ場所か、仕事をする場所か。大型高級セダンでは、ユーザーの志向に合うようなオプションがいろいろ用意されている。ゴーストでも、後席バックレストの中央にシャンパンクーラーを備えつけることが可能である。同時に、フロントシートには引き出し式のトレイが組み込まれていて、ラップトップコンピューターで仕事をするのも楽ちんだ。もうひとつ、ロマンティックなオプションも用意されている。「スターライトヘッドライナー」と名づけられた星空の天井だ。ファイバーオプティックケーブルによる”星”がきらきらと輝く。希望に応じて、どんな季節のどんな方角の空でも再現できると聞いたことがある。星の数は800から1600個におよび、手作業で17時間かけて完成させるという凝りようなのだ。
オーナーの若返りを図り、ブランドイメージを刷新。
いま、クルマ業界で世界中のラグジュリーブランドが、共通して目指していることがある。ユーザーの若返りだ。いわゆる高級ブランドでは、ユーザーの平均年齢が50歳を超えている。少し前でも、たとえば「ポルシェ911」に乗るのは、ふところに余裕ができた年配者の特権などといわれたものである。いまはどのブランドも、30代まで平均年齢が若返ることを目指してている。ロールス・ロイスも例にもれない。そのため、ゴーストのモデルチェンジよりひと足先に、ブランドロゴの刷新を行った。これもクルマのジャーナリズムの世界では大いに驚かれたできごとだった。
ロールス・ロイスは、このところ着実に”目標”に近づいており、現在のユーザーの平均年齢は43歳。
「いまこそ、私たちのブランドイメージの若返りを反映するタイミングだと思います。新しい購買層の年齢、その人たちのライフスタイル、そしてその人たちが好むラグジュリーな世界を、うまく私たちが取り込むときなのです」と、ロールス・ロイス・モーターカーズのトルステン・ミュラー=エトヴェシュ最高経営責任者は語る。思い出すのは、2019年に公開された「ファントム」のプロモーションフィルムだ。登場したのは、グェンドリン・クリスティ。英国を中心に高い人気を集めたTVシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」の主演女優である。クリスティがファントムを縦横無尽にドライブ、ファントムは泥まみれになったりする。従来にないイメージだ。これはかなり好評だったそうで、ロールス・ロイスの狙いは当たったということだろう。
若い層の獲得に成功しているのは、ちょっとワルなイメージで仕立てた「ブラックバッジ」というモデルに負うところが大きい。「ロールス・ロイスのオールター・エゴ(もうひとつの自我)」と、先のミュラー=エトヴェシュ氏は定義する。クーペの「レイス」やSUVの「カリナン」に設定されており、そのうちゴーストに登場してもおかしくない。並行するかのように、ロールス・ロイスは2020年8月に、英のデザインファーム「ペンタグラム」の手による新しいロゴを導入。選ばれた書体は「リビエラナイツ」といい、英国の有名なタイポグラファー、エリック・ギルによる「ギル・サン・オルト」の流れを汲んだものと説明される。注目点は「Motor Cars」の扱いがうんと小さくなったこと。「モーターカーカンパニーではなく、ハウス・オブ・ラグジュリーになる」と同社の”宣言”を受けたものと解釈できるのだ。
マリナー・ウィラー氏ひきいるペンタグラムのチームでは、「スピリット・オブ・エクスタシー」とか「フライングレディ」と呼ばれるラジエターマスコットの二次元デザイン変更も手がけた。シンプルな描画となり、同時に、顔の向きが従来は左を向いていたものが、新デザインでは右向きに変えられた。理由は、タブレットをはじめスマート端末のアプリケーション開発をこれから積極的に行っていくとするロールス・ロイスの戦略ゆえだ。左上に置かれるアイコンとしては、右に顔を向けているのが自然なのである。「デジタルネイティブ(デジタル技術とともに育ってきた層)へのアピールを、スマート端末などを活用して積極的に展開していく」(ロールス・ロイスのブランドイメージ担当者)ための施策と説明されている。
従来の「世界で最も豪華でぜいたくなクルマ」という路線も守っていかなくてはならないロールス・ロイス。一方で、今回のゴーストをはじめ、SUVのカリナンや若い富裕層へアピールをはかる「ブラックバッジモデル」の拡充、さらに今後出てくるであろう新世代のクーペモデルなど、大きく変わる部分が増えていくのは確実だ。とある老舗のオーナーは「守るとは変わること」と言っていた。生き残りをかけ変わっていこうとしているロールス・ロイス、これからを見ていくのが楽しみだ。
ロールス・ロイス ゴースト
●サイズ(全長×全幅×全高):5545×2000×1570mm
●エンジン形式:V型12気筒ツインターボ
●排気量:6748cc
●最高出力:420kW(571ps)@5000rpm
●最大トルク:850Nm@1600rpm
●駆動方式:全輪駆動
●車両価格:¥36,670,000