近年、相次いでクラゲの展示を充実させている水族館。その楽しみ方を、ウェブサイト「jfish」でクラゲの魅力を発信する愛好家の平山ヒロフミさんが指南する。
多くの人が訪れる東京スカイツリー、品川プリンスホテル、そして池袋サンシャインシティーー東京を代表するランドマークに大型の水族館がある。互いに30分程度の距離にこれほど充実した水族館が3つも存在するのは世界的にも稀であることから、東京の別名は水族館都市と言ってもいいだろう。大都市のど真ん中であるはずなのに、一歩足を踏み入れるとそこには深海なのか宇宙なのか、それともこの世のものでもないどこかなのだろうかと感じさせてくれる場所がある。それが水族館のクラゲの展示エリアなのだ。
東京都心の大型水族館が昨年から立て続けにクラゲ展示エリアの大型リニューアルを行ったのは、クラゲの人気が継続的に高まっていることのなによりの表れだろう。この空間へ入り込み、美しい繊細な姿、不思議な姿に出会うことで、改めて生命の不思議さを目の当たりにし、一気にクラゲの世界に引き込まれるはずだ。そんなクラゲの幻想世界を心ゆくまで感じることができる東京都心3館の楽しみ方を紹介する。
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アクリル板を隔てず鑑賞できる、大胆で幻想的な展示:すみだ水族館(押上)
すみだ水族館はスカイツリーの真下に位置している。タワーとして世界で最も空に近づくことができるスカイツリーの天空から地上を見降ろした後、そのまま深い海を直接感じる水族館に直行できることも対照的なのである。また都内にある大型の水族館としては最も新しく(2012年開業)、それだけにこれまでの水族館では考えられなかったような試みがいくつも見られる。
クラゲの展示に関しても例外ではなく、その思い切った見せ方でクラゲ好きをも開館当時からあっと言わせてきた。まずクラゲの展示場所に驚く。これまで水族館といえば魚の展示がメインであり、入館するとまずさまざまな魚の展示が続いた後に、クライマックスとしてクラゲの展示に辿り着く。しかしすみだ水族館は、来館者を迎えるエントランスの美しい水槽のスペースの次からいきなりクラゲのメイン展示エリアになるのだ。
ほの暗いクラゲの展示エリアにゆっくりと入ってみよう。まず目にも鮮やかなアカクラゲが出迎えてくれる。アカクラゲの、拳ほどの大きさの傘とは不釣り合いな長い触手が目に入る。大きな水槽の端から端まで、触手が数mにも伸びているのだ。何匹ものアカクラゲが優雅に水流に身を任せ、拍動している様子をしばらく見ていると、生き物の不思議を改めて感じる。その横にはパシフィック・シーネットル。こちらは濃いオレンジ色の傘が特徴である。どちらも刺されると痛そうな毒々しい色であり、実際その想像どおり刺されるととても痛い。
その先には、形に特徴のある小さなクラゲを何種類も見ることができる水槽がある。さまざまな形や透明感をじっくり観察できるようにあえて明るい照明にしているので、小さな姿を堪能することができる。そのシンプルな造形をじっくり見てほしい。透明すぎるガラス細工のような繊細な体の一体どこに、生き物として必要な器官があるのだろうと……。
さらに2020年に大規模な新設を行ったクラゲ展示の目玉が「ビッグシャーレ」だ。満月の夜、自然の夜の海にボートで漕ぎ出て幻想的なミズクラゲ大群に出会ったかのような錯覚を覚える光景である。これまでの水族館では見たことのない演出に、しばらく留まっていつまでも眺めていたくなるだろう。なぜならすぐに行き過ぎてしまうと見過ごしてしまう、ゆったりとした光と影の演出があるからだ。またステップを上がると足元をクラゲが漂って通り過ぎて行くスペースも必見である。
すみだ水族館のもうひとつの大きな特徴はペンギンの大水槽の横にあるクラゲのラボスペース。ここで展示するためのクラゲを飼育している様子をすべて見せている。クラゲ飼育の担当者がクラゲの餌をふ化させるところから、給餌を行うところまで丸見えなのである。さらにクラゲが育っていく様子も観察できるところがクラゲ好きにとっても最大の醍醐味なのである。
光、色、音を総動員したエンタメ性あふれる演出:マクセル アクアパーク品川(品川)
マクセル アクアパーク品川は大きな円柱形の水槽が特徴で、360度どこからでも見ることができる。そのおかげで、それぞれの水槽に異なるクラゲがふわりと漂っている姿をさまざまな向きから楽しむことができるのだ。このクラゲのいる海の底のような空間は、水槽と室内の照明が音楽ともシンクロしてさまざまにゆっくりと変化する。これは単に雰囲気を変えるだけではない。クラゲがさまざまに変化する色を取り込み、反射し、内側からほんのり灯るキャンドルライトのような柔らかな光を楽しんでもらうための演出だ。この色の変化をゆっくり眺めてクラゲの種類ごとによく合う色や、好みの色を探すのも楽しいだろう。
この水槽のユニークな点は、通常の水槽に比べて水の流れが自然の海のような揺らぎを持つこと。。ゼリー状の柔らかい体をもつクラゲの中でも、さらに触手がすらりと長いアカクラゲやアマクサクラゲなら、どこまでも優しく繊細で複雑な曲線と造形を作り出す様子に癒されるはず。ちなみに糸のように細く長い触手は、小さな魚や、ときには人を麻痺させ、強い痛みを与え、クラゲの種類によっては人を死に至らしめるほどの毒針をもつ。この触手という器官の繊細な見た目と、自然界で生き抜くために備えてしまった強い毒針という武器の対照的な部分にも生命の不思議を感じられるだろう。
さらに圧巻なのはフロア中央に据えられた巨大な透明アクリルの水槽である。どの方向から見ても死角がなく、2m近くもある直径のため、クラゲが触手を長く伸ばした艶やかな姿を常に堪能できる。この水槽にはインドネシアン・シーネットルというクラゲが展示されており、独特の姿を心行くまで眺めることができる。
また両面から素通しで見ることができるため、友達と向かい合って眺めたり、他の水槽のクラゲを重ね合わせて見る楽しみもある。クラゲの種類ごとに異なるさまざまな拍動の柔らかなゆらぎのリズムが重なり、さらに癒されるはずだ。
日本最大級、横幅約14mものパノラマ水槽に圧倒される:サンシャイン水族館(池袋)
約20年ほど前、まだ複数種類のクラゲを展示していた水族館が少なかった時代に、サンシャイン水族館はすでに何種類ものクラゲ展示を行っていた。一度大幅なクラゲ展示のリニューアルをしているが、今年7月、「海月空感(くらげくうかん)」としてさらに大規模なリニューアルを行った。その中心となるクラゲ展示が「クラゲパノラマ」だ。なんと幅約14mもの水槽に、数えきれないほどのミズクラゲが宇宙空間の銀河のようにゆったりと漂う。ぎりぎりまで抑えた照明とあいまって、海の中の生き物を見ているはずなのに宇宙空間で自分が浮遊しているかのようだ。
このミズクラゲたちの穏やかな生命の拍動を、水槽の正面にあるソファに座ってゆったり眺めることができる点も嬉しいポイント。ここに座ったら今度は個体ごとの違いを探してみるのも面白いだろう。丸くてぷっくりとしたもの、平たくなっているもの、模様が違うもの……それぞれがちょっとずつ違うのは生き物である証拠だ。しかし実は、展示されているクラゲの多くは、まったく同じDNAをもっているものが多数いる。
どういうことかというと、ミズクラゲはポリプという子どもの世代があり、数mmほどの大きさのイソギンチャクのような姿で岩に張り付いている。このポリプは同一のDNAをもつポリプを自分自身の分裂コピーで大量に増やすことができ、さらにコピーで増えたそれぞれのポリプもまた同様に分裂して増えることができる。条件がそろえばネズミ算式に増えていくことも可能なのだ。こうして増えた中のひとつのポリプから、生まれたての小さなミズクラゲ(この世代をエフィラと言う)を1回に15匹前後も生み出すことができるのである。まだこれでおしまいではない。エフィラを生み出したポリプはそのまま残り、さらに条件が整えば同じポリプから何回でもエフィラを生み出すことができるのだ。ミズクラゲはオスとメスが受精して新たな命を育むだけでなく、子どもの世代でコピーで増えることができるという、究極の種族の維持システムをもつ。
話を水族館に戻そう。さらに進むとミズクラゲのトンネルがあり、その先に触手をゆったりと伸ばしたクラゲや、丸っこくてぴょこぴょこ泳ぐクラゲなど、さまざまなクラゲを楽しめる。ドーム型に飛び出た水槽は、反対側から照らされた照明でタコクラゲの半透明感を見ることができるなど工夫を凝らし、さまざまな形の水槽で楽しませてくれる。
クラゲ鑑賞の際に知っておいてほしいこと。
水槽全体にクラゲたちが美しく漂うように展示水槽を調整するのは実は大変な作業。そしてこれだけの数と種類のクラゲを常時展示するのも簡単なことではない。クラゲの種類ごとに、同じ種類でも世代ごとに、適切な水温、水流、繁殖のための条件づくりなど、さまざまな試行錯誤と努力が必要なのだ。またクラゲの展示は時々入れ替えがある。できるだけ状態の良いクラゲを展示するために他のクラゲに変更する場合もあるが、ときにはめったに採集することができないクラゲが見つかり、特別に短期間だけ展示することもある。
またクラゲの種類ごとに海に現れる時期が決まっている。つまりクラゲには季節があり、季節ごとに展示してくれるクラゲを見て四季が巡ってきたことを感じることもできるのだ。また生き物のありようをそれぞれの感性で感じてもらうために、あえて学術的な説明どころかクラゲの名称すら表示していない水族館もある。そんな季節感やクラゲの生態を説明なしに展示して見せているのも、日本らしい奥ゆかしい粋な計らいではないだろうか。クラゲの展示エリアを見終えて出る時にそんなことも少し思い浮かべてもらえたら、クラゲの奥深さを感じたくなってまた訪問したくなるだろう。
「jfish(ジェーフィッシュ)」
https://jfish.net/
平山ヒロフミさんのインスタグラム
@aqua_hiro