「嵐のなかの海図なき航海に出た」。2009年、豊田章男は社長就任会見でこう発言した。自動車ブランドの雄、トヨタはハイブリッド車を普及させ、不可能と思われた燃料電池車を市販化させた。そんなトヨタでも先を見通せない自動車の新時代が、いよいよヨーロッパを中心に始まっている。
百年に一度の変革には「自動運転」や「シェア」も含まれる。だが最も重要なのは、エンジンなど内燃機関の改革だ。気温上昇を2℃未満に抑える「パリ協定」の実現を目指し、ヨーロッパでは企業平均燃費(CAFE)による罰金を未達メーカーから徴収。その金額は経営を揺さぶるほどだ。しかも燃費は段階的に厳しくなり、ガソリンやディーゼルの内燃機関だけで走るクルマの販売はやがて禁止になる。
そこに確実に浸透するのが電気自動車(EV)。国産EVが、相次いで発表されたのはこの理由からだ。プリウスのようにハイブリッド車が多く走る日本は、環境負荷の少ないクルマが多いように見えるが、EVなどプラグイン車の普及率は先進国で最下位に近い。
そんなEVでひと際存在感を示しているのが「テスラ」。独自のビジョンで新しい価値を創りだし、完成度こそ未熟ながらもEVファンや自動車好きに「テスラか、そうでないか」と言われるまでになった。その存在感は株価にも表れ、時価総額はトヨタを抜き、カリスマ経営者、イーロン・マスクはさらなる夢を描く。
独走するテスラ 、いったいなにがすごいのか?
アメリカはもちろん、欧州や中国でもEVセールスで独走する「テスラ」。既存自動車メーカーとなにが違うのか。オーナー目線から読み解いてみよう。
1.充電施設 ━━ストレスなく充電できるのは、EVにおける性能の一部である。
なぜ、テスラは世界のEV市場で独走しているのか。もちろん車種の魅力もあるが、実は既存自動車メーカーとの違いで際立っているのが充電設備に対する思想。たとえば日産もディーラー網に急速充電のインフラ整備を進めたが、基本的には1カ所に最大出力50kW未満の充電器1基を設置するだけだった。テスラでは、おおむね最大出力120kW以上のスーパーチャージャーを独自に整備。日本でも1カ所につき4~8基を備えた25カ所のスーパーチャージャーステーションが設置されている。日本で公共的に整備が進んでいるCHAdeMO(チャデモ)規格の急速充電器は利用時間も原則30分の制限があるが、スーパーチャージャーに制限時間はとくにない。ことに長距離ドライブ中、ユーザーがストレスなく充電できるのも「EVにおける性能の一部」として独自インフラを展開していることが、テスラの強みになっている。
2.インテリアデザイン ━━クルマとしての常識に縛られず、直感的に操作できるUIを実現。
たとえばモデル3では、物理的なスイッチはステアリングまわりの小さなダイヤルとウインカーなどのレバーのみしかない。ほとんどの操作や表示をインパネ中央の液晶画面に集約している。従来の自動車から乗り換えると最初は少々面食らうが、実際に使ってみるとまさにスマホのように直感的に操作できる完成度の高いUIが実現されていることに気づくだろう。また、ナビで経路を設定すると、目的地までを勘案した電池残量予測が表示されるなど、電気自動車としてユーザー本位の機能を備えている。既存メーカーの自動車に比べ「細かな部分のチリ合わせが甘い」などと批判する声もあるが、テスラ車のインテリアデザインと機能には、EVユーザーにとってそれ以上に楽しく役立つ価値が盛り込まれている。
3.販売方法 ━━テレビCMなどの宣伝費は使わず、オンラインでメーカー直販を徹底。
スーパーチャージャーなどの充電インフラ整備には積極的に投資するが、既存の自動車メーカーが多額の費用を注ぎ込むテレビCMなどは一切しない。2019年3月には、全米で130店舗ほど展開していた直営販売店のほとんどを閉鎖、原則としてすべてをオンラインでの販売に切り替えた。さらに、ディーラーを介することのないメーカー直販。アマゾンで本を注文するのと同じくらい簡単にクルマの注文ができる。このスタイルは世界中で同様に展開。ディーラー販社とのしがらみがないベンチャーだからこそ実現できた販売方法ともいえるが、こうしたコストを車両開発や独自の充電インフラ整備に集中できるのが、テスラの強みになっている。CMなどしなくても、20年4月のカリフォルニア州でモデル3は約5万9500台の販売を記録。ランキング2位のメルセデス・ベンツCクラス(約1万3500台)を引き離し、カテゴリー別で約44%のシェアを占めるほど売れている。
4.ソーラーパネルと蓄電池 ━━サステイナブルなエネルギー企業であるという事実。
2017年、テスラはそれまでの「テスラモーターズ」から「テスラ」に社名を変更した。ただの自動車メーカーにとどまらず、EVで培ったバッテリー製造やマネジメント技術を軸に、太陽光発電パネルや定置型蓄電池にまで事業を広げ、サステイナブルなエネルギー企業への進化を目指してのことである。家庭用蓄電池として発売された『パワーウォール』は13.5kWhの大容量ながら108.9万円(工事費別)という画期的な価格を実現して日本でも発売された。日本では未発売だが、屋根材とデザインを統一して美しい外観に仕上がる太陽光発電パネル「ソーラールーフ」もアメリカなどで既に展開している。EVを軸として、サステイナブルなライフスタイルを具現化していく。それが、他の自動車メーカーとは大きく異なるテスラの「真価」といえるのだ。
これからが待ち遠しい、刺激的な車種構成。
2008年発売の初代『ロードスター』はロータスエリーゼベースだったが、初の独自開発車としてデビューした。17インチの大型液晶パネルをもち、ほとんどの操作をこのパネルで行うテスラ独特のスタイルはこのモデルSで具現化された。8年経った現在でも、細部の改良やファームウェアの自動アップデートなどを重ねながらテスラのフラッグシップモデルとして売れ続けている。20年9月の「バッテリー・デイ」では、0-100km/h加速2.1秒を誇る3モーター搭載モデル「Plaid(プラッド)」の投入が発表された。
モデルSをベースに開発されたSUV、モデルX。5シートを基本に、オプションで6シート、7シートを選択できる。最大の特徴はまさに翼のように開く後席の「ファルコンウィングドア」。省スペースで開閉できるデザイン。自動で音楽を流しながらドアが踊るように開閉する「テスラダンス」の隠しコマンドまで備えているのはテスラ流の遊び心だ。全長5036mm、全幅1999mmと大型のSUVだが、Cd値(空気抵抗係数)は0.24と小さく、最速モデルの0-100km/h加速はわずか2.8秒。2モーターのAWDにして一充電航続距離は約500km(WLTP)の性能をもつ。
2017年に発売されて世界中で大ヒットしたモデル3。日本では19年5月から正式な受注が始まり、同年9月からデリバリーが開始された。現在、日本では後輪駆動の「スタンダードプラス」、大容量電池を搭載して前後それぞれにモーターを配したAWDの「ロングレンジ」、0-100km/h加速3.4秒と性能を高めた「パフォーマンス」の3グレードが販売されている。将来的に完全自動運転にも対応するという機能はオプションで87.1万円(2020年10月の時点で)。車両本体を含めた価格設定が予告なく、しばしば変更されるのもテスラ流である。
モデル3をベースのミドルサイズSUV、モデルY。日本には未導入。中国の上海ギガファクトリーでも生産予定になっている。北米では発売開始から4カ月後の7月に3,000ドル(約32万円)もの値下げで話題になった。コストダウンの実現などで価格設定を大胆に変更するのも、テスラならではの手法である。500kmほどの航続距離をもつSUVとしてこの価格を実現しているのは、既存自動車メーカーにとってかなり厳しいハードルといえる。日本向けウェブサイトではロングレンジAWDとパフォーマンスの2モデルが紹介されているがまだ注文は不可。
2019年11月、ボディや窓をハンマーで殴る衝撃的な演出(窓にヒビが入ってしまったが)のセレモニーでデビューしたサイバートラック。「シングルモーターRWD」「デュアルモーターAWD」「トライモーター(前1,後2の3モーター)AWD」の3グレードがあり、航続距離400km以上とされる最廉価モデルの価格は3万9,900ドル~。無塗装ステンレスで多角形フォルムのデザインは、ロケット技術を活用しており、常識外れの頑強さを誇る。生産開始は2021年後半の予定だが、既に50万台以上の予約が入っているとのこと。日本向けウェブサイトからも予約金1万5,000円で先行予約できる。
2017年に発表され、20年には生産を開始するとされていたが、まだ生産開始のニュースは聞こえてこない2代目のロードスター。0-100km/h加速2.1秒、最高時速400km/h以上、航続距離1000kmなど圧倒的な性能がアピールされており、ベースモデルの価格は2,270万円。1000台限定のファウンダーシリーズは2,840万円と価格も圧倒的。すでに日本向けのウェブサイトから予約可能で、ベースモデルは568万4,000円、ファウンダーシリーズは2,840万円全額の予約金が必要となる。ちなみにポルシェの電気自動車タイカンターボSの価格は約2,454万円。
●1ポンド=約137円、1ドル=約106円、1ユーロ=約125円、1元=約15.7円(2020年10月時点)
●車両価格やサービスの価格は予告なく変わる場合があります。
●発売予定のクルマは、仕様や細部などが変更になる場合があります。