モードの世界に身を置いて活躍してきた高橋悠介が、自身のブランドとなるCFCLをスタート。自由に着られるニットの可能性を追求し、環境に配慮した、いまあるべきファッションの姿がここにある。
毎日の通勤が減り、自宅とその周辺で過ごすことが当たり前のテレワーク時代になった現在。自由に外出できる世の中になっても、完全に以前の生活に戻ることはないだろう。社会のあり方に呼応して服装も確実に変化してきた。いまもっとも注目されるファッションは “日常着” だ。快適に過ごせて、どんなシチュエーションにも対応する服にこそ新しさがある。
2021年春にデビューする新ブランドの「CFCL(シーエフシーエル)」は、まさしくいまの時代にふさわしいコレクションだ。ケアが簡単で気軽に着やすい化繊糸で編まれたニットを取り揃える。ニットと言っても、そのムードはシャープでクール。これまで着てきたお堅い仕事着をこれに置き換えたくなる、リラックスしながらもドレッシーな新ニットウエアだ。
ブランドを立ち上げた人物は、かつてイッセイ ミヤケ メンを率いていた高橋悠介。モードを深く知る彼が独立してはじめたのがCFCLなのである。デザイナーの自己主張を控えめにした、アノニマスデザインの服に込められた工夫を探るべく、南青山の新オフィスを訪れた。
仕事着にもできる、新しいニットウエア
CFCLとは、「Clothing For Contemporary Life」の頭文字である。すなわち、「現代生活のための服」を意味している。ブランドの前提となる3つのコンセプトを、高橋さんが以下のように解説した。
「地球環境に配慮されている素材や製造工程を使うことがひとつ。さらに、家庭で洗える機能的な服であること。そして、ソフィスティケイトされていること。ソフィスティケイトとは、仕事で取引先などに出向いても恥ずかしくない服装という意味です。これらの3点を備えるのがCFCLです」
ファッション産業が現在クリアすべき課題である、持続可能な生産体制が重視されている。無駄をなくす意味でも、裁断で切り抜いた余り布を廃棄する布の服より糸を編むニットのほうが適しているという考えから、ブランドのスタイルとしてニットが選ばれた。それはいわば、「サステイナブル×ニット」。さらにニットはデザインしだいで男女の誰が着ても見栄えがする、ジェンダーフリーな服になれる。世界にまだ数少ない「モード×ニット」も目指すデザインだ。
着る人を選ばない、ジェンダーフリーのデザイン
「ミリタリーウエアのディテールなど、現代には必要でない余計なものを省いていくと、メンズウエアとウィメンズウエアの差がほぼなくなってきます。さらに身体から離れたシルエットにすれば、よりジェンダーフリーになります。CFCLには3つのサイズレンジがあり、1が160cmの人、3が170cm、5が180cmを想定。性別と無関係に、この身長に合う人が着て似合うようにデザインしています」
そう語る高橋さんの考え方も実に現代的である。男女は体格が異なるため、女性はメンズウェアをダボッと着られても、男性がウィメンズウエアを着るのはピチピチになり無理が生じがちだ。柔らかに身体に馴染むニットならジェンダーフリーが成立すると彼は考えている。ビッグサイズ流行の風潮が、その実現を後押ししている。
「ニットはルーツを辿れば庶民が手編みしていた衣服。フォーマルな場で着るものではなかったから、男女が同じニットを着ても見た目に違和感が生じません。世の中がカジュアルでスポーティになるにつれ、かつてのフォーマルな場にニットを着て行っても問題ない時代になってきたと感じています」
いまこそが、これまでなかった市場を開拓する絶好のタイミングなのだろう。
コンピューター制御の日本の技術をフル活用。
CFCLのアイテムの約7割は、日本の島精機製作所が開発した無縫製ニットの技術であるホールガーメントでつくられている。これは最初に本体、袖といったパーツをつくってから、それらを縫い合わせる一般的なニットの製造工程と異なり、完成品が一気に編まれる。あたかも3Dプリンターのような機械の技術といえば分かりやすいだろうか。コンピュータープログラムにより、地続きで複雑に編み目を変えたり、縫い目のゴロつきをなくすニットをつくれる。夢のような技術だが、ファッションアイテムは単なる工業製品ではない。味わい深さと折り合いをつけて使うセンスがデザイナーに必要なようだ。
「全部をホールガーメントにしていないのは、できることが限られるため。着心地のよさを考えると、肌に直接触れるインナーやドレスは縫い目がすっきりするホールガーメントが適していると思っています。一方でアウターは少々の縫い目があっても着心地が損なわれないため、適材適所で一般的な編み機も使います。なお、コンピューターニットはファッション学校に通う学生のときに学んでいた得意な分野です。自分の原点回帰とも言えますし、このブランドは何?と尋ねられて答えられるアイコニックなニットにもなることから、CFCLではメインに打ち出しています」
いま求められるのは、環境に配慮したモノづくり。
ジェンダーフリーが多いCFCLのラインアップの中には、異彩を放つ女性向けのドレスもある。腰回りがフェミニンに張り出し、ニットとは信じがたいスタイリシュな造形だ。この服には高橋さんの並々ならぬ思い入れがあるようだ。
「つくりたかったのはリラックスしていながらもワンピースの印象ではない、“ドレス” と呼べるモードなウエア。ボディコンシャスやセクシーさの表現でないニットドレスはめずらしいと思います。編み組織の組み合わせで腰のハリを出しています。ちょっとした糸の違いでまったく変わった服になってしまうため、最適な形になるものを、環境に配慮した糸の中から見つけるのにとても苦労しました」
高橋さんによると、環境負荷をかけない素材や再生素材で、なおかつ家庭で水洗いできるものはごくわずかしか存在しないらしい。服づくりの道が険しくても、誇りがもてるモノづくりこそいまの彼が選んだ道なのだ。
高橋さんがブランドをつくる構想を練っているとき、ひとつのヒントになった私的な出来事がある。それは彼に子どもができたこと。
「去年、娘が生まれました。その娘と環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんがついシンクロして見えてしまいます。いつか娘にグレタさんのように『なぜこんな世界になったの?』と聞かれたとき、『大人の事情があるんだよ』とは言いたくない。だから最大限に努力しないとダメだな、と思うようになりました」
CFCLのアイテムはトレンドを追ったものではなく、流行り廃りに左右されずに着続けられる。短いサイクルで消費されない服でもあるのだ。2000年代も20年が過ぎ、ファッションブランドが “ブランド” であるための課題が次々に表面化している。その課題を日々クリアしながら、高橋さんはオリジナリティあふれる創造活動に挑んでいる。