無骨でパワフル、そしてラグジュアリー。唯一無二の存在感をもつ英国の自動車メーカー「ベントレー」。 同社を代表する車種であるコンチネンタル GTとともに、個性きわだつその世界を紹介しよう。
自動車のスタイルには、エレガントとかアグレッシブとか先進的とか、さまざまな方向性がある。もっとも重要なのは、乗る人間の心を騒がせることだ。その点で、英国のベントレーが手がける「コンチネンタルGT」というクーペの存在感は強烈だ。
コンチネンタルGTは、2019年9月に三代目が日本で発売された。大きなエンジンルームを持つ2プラス2のクーペという基本的なコンセプト(コンバーチブルもある)は、2003年の初代から大きく変わることなく受け継がれている。
ボーンチャイナを思わせる、ボディパネルの美しさ。
感心するのは、スタイリングだ。基本コンセプトに手が加えられていないモデルチェンジでは、往々にしてボディの一部のデザインが過剰になったり、そのことで全体のバランスが崩れたりしがちである。しかしコンチネンタルGTの場合は、いってみれば美しさを上手に”進化”させているのだ。
全長4880ミリのボディに対して2850ミリのホイールベース。橫から観たときの比率はよい。なによりボディパネルのつくりには、目を見張るものがある。たとえていうなら、すばらしいボーンチャイナ。じっくり眺めていると、ボディ各所はみごとなカーブがつけられ、名品の壺などを思わせる美しさが見出せる。
工作精度の高さを示す端的な例は、車体に反映される景色にゆがみがほとんど認められないことだ。とても重い(つまりとても高価な)プレス機を使って、上手にパネルの型を抜いているのだろう。そして組み合わされたキャラクターライン。車体側面の、たとえばリアフェンダーのエッジをみると、シャープすぎて手が切れそう。ここも技術の高さに驚かされる。
このクルマでサービスステーション(ガソリンスタンド)に入ったら、年配の店員に「これはものすごく、きれいなクルマですねえ」と感心された。昔からクルマを見てきたひとには、つくりのよさがわかるんだなあと、改めて感じ入った次第だ。
前後の車輪の距離を短くしたクーペ(フランス語で”カットした”の意)は、基本的にはセダンのバリエーションである。元は馬車で設定され、自動車が登場してからは、2ドアで前席重視のパッケージをもったモデルをそう呼ぶ。
もっともスタイリッシュな車体デザインであるいっぽう、実用性を重んじる人が多い日本のマーケットでは、売れゆきは微々たるもの。それでも日本のメーカーを含めて、クーペをラインナップに持たないメーカーのほうが少ないぐらいだ。
売れなくても重要視されるモデル。それをつくり続けるメーカーが多いのが、自動車の世界のおもしろいところだろう。もちろん、クーペに乗るのはたいへんスタイリッシュなことだ。あらゆる年齢のひとが似合う。そこがクーペのよさである。
試乗車は、カラーでも特筆すべき特徴を持っていた。採用していたのは、オプションの「ブラックラインスペック」。通常はクローム仕上げで輝くグリルは、この仕様ではブラック。ロードホイールもブラック。ホワイトとブラックの組み合わせが美しい仕上げである。
ドアを開けると、ブラックとホワイトという無彩色だけで、これだけあざやかな世界がつくれるのかとショックを受けるほど、凝った内装が目にとびこんでくる。ダイヤモンドパターンがシート表皮に刺繍され、ダッシュボードにはピアノブラックのウッドパネルが張られ、クローム仕上げの操作類が輝くアクセントになっている。
コンチネンタルGT V8は、3996ccV型8気筒エンジンをフロントに搭載。フルタイム4WDと8段ツインクラッチ変速機によるドライブトレインの組み合わせだ。最高出力は404kW(550ps)、最大トルクは770Nm。2260キロと重量級の車体ながら、静止から時速100キロまでを4.0秒で加速する。ちなみに軽快な印象の日本製スポーツカー、マツダ・ロードスターを例にとると、8.3秒。それでも充分速いと感じるものの、コンチネンタルGTの加速は目をみはるものがある。
ベントレーついては、読者は先刻ご承知だろう。セダン、クーペ、そしてSUVをラインナップに持つ、高級自動車メーカーだ。エンジンは12気筒か8気筒の大排気量。それでいて、意外なほどスポーティな走りが味わえる。このあたりも、他に類がない。
ベントレーは歴史あるメーカーだ。ロンドンでの創業は1919年とだいぶ古い。ただし名が知られているのは、それ故ではない。1920年代から30年代にかけて、高級車を送り出した。かつ、ルマン24時間レースで5回優勝するなど、モータースポーツの分野でも好成績を残したことで、ベントレーという“ブランド”が確立した。
なので、いまでもベントレー車はスポーティさを身上としている。8気筒か12気筒のモデルで、それなりにボディは大きいものの、高速道路でもカーブの続くワインディングロードでも、かなり速い。
比較するものがない、ベントレーという個性。
私の周囲で(幸運にも)ベントレーを買うひとがいる。「ベントレーが欲しいのだけれど、この際、なにかいい比較候補はないでしょうか」と尋ねられることがある。つまり、ベントレー以外でいいクルマはないか、ということだ。そのとき私が思うのは、「もしベントレーがリストに入っていたら、比較検討できるクルマはない」ということ。それだけ個性が際立っている。
ひとつにはボディデザインだ。フェラーリやメルセデスAMGのように地面に張り付くようなカタチではない。大きなエンジンルームを持ち、巨大なメッシュグリルは”屹立”しているような迫力だ。
これがベントレーの伝統的な魅力なのだ。ベントレー車のヘリティッジも連想させる。1924年、27年、28年、29年、それに30年とルマンで優勝したベントレーをして、やはり当時、超がつく高性能をもったスポーツカーと高級車を手がけていたブガッティのエットーレ・ブガッティは「世界最速のロリー(英語でトラックの意)」と評したとか。
トラックと言いたくなるぐらい、当時のベントレー車は全高が高く、巨大に見えた。熱気抜きのルーバーが並んだエンジンボンネットを中心にデザインされたような車体は無骨。エレガンスを追求したブガッティとはだいぶちがう。
私はブロワーベントレーとよばれる、4398ccエンジンにブロワー(エンジンの吸気に圧力をかけ吸入する空気量を増大させパワーアップをはかるスーパーチャージャーのこと)を装着したモデルに同乗試乗したことがある。
耳をつんざくようなスーパーチャージャーの甲高い動作音と、突進していくようなパワフルな走りに、正直、ビビった。じつは創業者であるWOベントレーは、この4.5リッターベントレーの開発に、故障などの心配から、やや懐疑的だったようだ。
実際に、出走したルマン24時間レースなどでは、部品故障や運転ミスで完走は皆無。でも、圧倒的な速さを持つクルマをつくりたいというベントレーの開発者の思いの結晶であり、いまでは英国がつくったスポーツカーの最高峰とされている。
ベントレーは、戦前から続く伝統を、いまもクルマのイメージづくりに役立てている。「コンチネンタルGT」の名称も同様だ。コンチネンタルは欧州大陸を意味し、GTはグランドツアラー。かつて英国の学生は、欧州の主要都市(たとえば古典が生まれたギリシアのアテネ)を回り、学習の総仕上げにしたとか。それをグランドツーリングと呼んだ。そこから、長い距離をドライブできるスポーティなモデルをGTと呼ぶようになった。
英国と欧州のつながりを感じさせる車名は、1962年に発表された「Rタイプ・コンチネンタル」など、ベントレーが伝統的に使ってきたものだ。この美しい4人乗りクーペは、ファッションデザイナーのポール・スミスなど、クルマ好きクリエイターにもファンが多いようだ。
ただし、ベントレーは過去のヘリティッジばかりを追いかけているわけではない。20年11月5日に、100周年以降を見据えた長期事業戦略「BEYOND 100 」をオンラインで発表。2026年までにモデルの電動化、さらに30年にはすべてのモデルをバッテリー駆動の電気自動車とする、とした。
そのときになったら、自動車好きを魅了する独特のキャラクターは失われてしまうのだろうか。これまで上手に、ヘリティッジとモダニズムとを併せたデザインを実現してきたブランドだけに、きっと、あたらしい魅力を身にまとうのではないか。どういう方向になるかわからないものの、それを期待している。
ベントレー コンチネンタルGT V8
●サイズ(全長×全幅×全高):4880×1965×1405mm
●エンジン形式:V型8気筒ツインターボ
●排気量:3996cc
●最高出力:404kW(550ps)
●最大トルク:700Nm
●駆動方式:全輪駆動(4WD)
●車両価格:¥24,981,000
問い合わせ先/ベントレーモーターズジャパン Bentley Call TEL:0120-97-7797