人気クリエイティブ・ディレクターの佐藤カズーが制作した、後継者不足に悩む伊那谷・ざざ虫漁のCMとは?

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:泊 貴洋
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AIGジャパンやユニクロなどの広告を手がけ、「Penクリエイター・アワード2019」を受賞したクリエイティブ・ディレクターの佐藤カズー。Pen Onlineでは、読者からテーマを募集して広告を制作してもらう特別企画を実施。コロナ禍による中断期間を経て、ついにCMが完成した。



猛スピードで病院の前に止まるタクシー。苦しむ老夫人が運び込まれる。そこで起こることとは……?

緊迫感のある始まりから予想外の展開に驚かされるこの動画は、昨年行われた「Penクリエイター・アワード2019」の受賞者のひとり、クリエイティブ・ディレクターの佐藤カズ―によって、Pen Onlineのオリジナル企画として制作された作品だ。読者から動画のテーマを募り佐藤が選定、コロナ禍での撮影ストップなどを経て、ついに完成となった。

 テーマは、長野県南部の伊那谷に伝わる伝統漁業「ざざ虫漁」が抱える後継者問題。数多く寄せられたオファーの中から、佐藤はなぜこのテーマを選んだのか。

佐藤が注目したのは、「地方が抱える問題」だった。

佐藤カズー●1973年、神奈川県生まれ。ソニー・ミュージック、レオ・バーネットを経て、2010年にTBWA HAKUHODOへ。チーフ・クリエイティブ・オフィサーとして数々の広告を成功に導き、受賞歴は200を超える。「Penクリエイター・アワード2019」を受賞。

「読者からの応募で多かったのは、ワンオペ家事にまつわるものでした。女性の社会進出が進んでいるのに、家事・育児を担うのは女性のまま。もっと正しい社会に導いてほしい、というものです。いま、盛んに世の中で議論されているテーマなので、最初はその方向で企画を考えて、春に撮影しようとしていたんです」

しかし新型コロナウイルスの感染拡大で企画はストップ。時は過ぎ、季節は秋に近づいた。

「その間、リモートワークの推進もあって、地方に家探しに行ったりしていたんですよ。そんなときに企画再開のお話をいただいて、すべての応募を読み直したときに、長野県の伊那谷で観光のお仕事に携わる女性からのレターに、いまの地方が抱える問題が見えたんです」

長野県・伊那谷での撮影風景。天竜川沿いに位置する伊那谷の伝統「ざざ虫漁」は、川底に生息するトビケラやトンボなどの幼虫を捕り、佃煮にして食する。「無印良品が『コオロギせんべい』を発売したり、近頃は昆虫食が流行していて。サステイナブルの時代という意味でも面白いテーマでした」 写真提供:TBWA HAKUHODO

「長野県の南部、伊那谷と呼ばれる地域に住んでおります。
この伊那谷地方では昆虫食の文化があり、

その中でもざざ虫という昆虫(天竜川上流域に生息する水生昆虫の総称)を食すのは、
この地域のみの珍しい風習です。
ざざ虫を採ることを「虫踏み漁」と呼び、これは昔から続く伝統文化、風習です。
この漁を継承する人間がおりません」


レターはこのような内容だった。

佐藤が言う「地方が抱える問題」とは、少子高齢化や過疎化などによる伝統文化や技術の消失だ。伊那谷の「ざざ虫漁」の漁師はかつて100人以上いたが、現在は10人足らず。しかも高齢者ばかりで、70代の漁師がいちばん若いという。

「たとえれば、高齢者しかいない町があるとしたらどうか?若い人が一切おらず、全員がきっちり70歳以上だったら、ファンタジーだなと思いました(笑)。そこで素直に『70歳が最年少』というコピーを思いつき、その言葉が生きる最適な絵を考えはじめました。そんなときに、ちょうど妻が出産しまして(笑)。もし生まれてくる赤ちゃんが70歳だったら、強い絵になると思いました。70歳以上の方だけで、人生のPDCA(Plan、Do、Check、Act)が回る町があったらすごいなと」

撮影は映画やドラマでよく使われるという埼玉県の病院スタジオで行われた。
出産シーンの撮影では、佐藤自身の立ち会い出産の経験を生かし、リアリティを追求したという。

70歳の“赤ちゃん”を高齢者が出産する企画を、コメディとして描きたい。そう考え、多くのCM実績のある人気ディレクター・松山茂雄にオファーした。

「松山さんやカメラマンとアングルなどの細かい演出プランを詰めました。また、いまの企画をより面白くするために、妊婦さんがみかんを持った状態でやってくるだとか、泣いていたはずの赤ちゃんが急に『おしっこ』と話し出すだとか、クルマのタイヤから火花が出るとか、小ネタを思いついては松山さんに無理言ってお願いしました。撮影は、埼玉と伊那谷で2日間。苦労したのは、予算の問題です。潤沢にあるわけではなかったので、シーン数を抑えつつもリッチな映像にすることを心掛けましたね。こだわったのは、前半の『何が起きるの?』という感じをどれだけ派手に演出できるか。そして『こう来るだろう』というオチを裏切って、答えにたどり着くようにすること。そのためにシリアスとコミカルのバランスを取ることが難しいところでした」

タクシーが火花を散らしながらドリフトして病院に到着するシーンは、スタントマンを呼んで撮影。冒頭から見る者を引き込む映像になった。「本当に出演者の目の前でクルマをドリフトさせるので、見ていて怖くて。『西部警察』を思い出しました(笑)」

「コロナだから」という空気を、吹き飛ばす動画をつくりたかった。

出演してくれたざざ虫漁の漁師と話す佐藤。「昔は漁師は100人くらいいたらしいんですが、いまは10人いないとか。今回出演してくださったのは、80代後半の漁師さん。すごくかわいらしい方でした」 写真提供:TBWA HAKUHODO

11月、撮影を終えた佐藤に感想を聞くと、「独特の高揚感がありましたね」と笑みを漏らした。

「今年はコロナの影響で、撮影はほとんどスタジオ。しかも密を避けてリモートでテイクを見るという感じだったんです。今回は久々のロケで、しかも美しい自然に囲まれた長野の伊那谷。水槽から解き放たれたような開放感がすごくて、アドレナリンが出ました(笑)」


今回の動画の絵コンテ。ショッキングながらも笑える、シリアスとコメディを織り交ぜた展開を考えたという。
動画の目玉となるシーンの撮影では、コミカルな演技に時折笑いが起きることも。

コロナ禍によって仕事や生活様式も以前と変わったことも多いが、クリエイションに対する姿勢や考えに変化はあったのだろうか。

「企画段階で、コロナだからリモートで、とか、そういう発想はやめようと思ったんです。僕の仕事は1人でするものではなく、チームで形にしていくもの。もちろん密にならないよう、飛沫が飛ばないようにするなど、当然の事柄には注意するけれども、いままでのように僕らはこの仕事を鮮やかにこなしていかないといけないなと。そういう気持ちで臨んだという意味でも、今回はエポックな仕事でした」

「最近、伊那谷は異常気象や環境変化などによってざざ虫が減少しているそうなんです。伝統漁を守るだけでなく、自然を守ったり、サステイナブルな生活も並行しないと、この課題は解決しない。問題の根が深いなと思いましたね」

オリジナル楽曲を付けて完成した作品は、予想外の展開で楽しませ、最後のメッセージがしっかり心に届く60秒になった。

「コロナを吹き飛ばすようにカラッと笑ってもらって、最後にざざ虫漁に興味をもってもらえたらうれしいです。いまは副業の時代。平日は会社で働いて、週末は漁師という生き方もカッコイイと思うんですよ。また、昆虫食もこれからもっと流行るでしょうし、新しい食としての価値を探求するのも面白いと思います。漁師のおじいちゃんに弟子入りする人が10人でもいれば、この伝統漁は失われない。ざざ虫漁を守っていきたいですね」

より深く興味をもってもらおうと、漁師に取材したドキュメンタリーも制作中。今後は他の地域の問題にも目を向けたいと言う。

「アイデアを考えて、映像で課題を解決することが、僕らの提供できる価値。他の地域の課題にもタックルして、少しでも世界がよい方向に向いていく手助けができればいいなと思っています」



【動画制作スタッフ】

CD・企画:佐藤カズー (TBWA HAKUHODO)
プロデューサー:水迫恵介 ・梅山智弘(AOI Pro.)・平久江勤(TBWA HAKUHODO)
プロダクションマネージャー:岡本幸奈(AOI Pro.)
演出:松山茂雄(CluB_A)
撮影:穐山茂樹(copaine)
照明:大坪彰
ヘアメイク:須藤綾子
キャスティング :森万由美(AOI Pro.)
エディター OFFLINE:餌取志保(CONNECTION)
エディター ONLINE:八十島崇行(CONNECTION)