東京のファッションシーンに欠かせない3ブランドを手がけ、気の利いた日常のワードローブをつくり出す石川俊介。彼のデザインには、生産者や社会の未来へつながる思想が込められている。
服を着るとき、その服には原材料があり世界中の農家が生産していることを思い起こすと、日常の光景が少し違って見えてくるかもしれない。Tシャツやジーンズのコットン(綿花)の生産国は、インド、アメリカ、中国で大多数が占められる。セーターやジャケットのウール(羊毛)は中国、オーストラリアの2国がトップで、ニュージーランドがそれに続く。製造工場も含め、一着の服は様々な人々の営みによって成り立っているのだ。
新しく設計されたクリエイティブな建物の中に入ると、心が未来へと導かれる。同じように新しくデザインされた服を着るとワクワクし、前向きに生きる希望も湧く。年齢とともに変わる容姿に合わせるためにも、服を着替えてフレッシュに保つのは大切なことだ。服余りが問題視される社会になったいまも、ファッションクリエイターの創造活動は止まらない。
ベーシックをアレンジした作風のマーカ、マーカウエアを手掛ける石川俊介もそのクリエイターの一人。素材の産地、糸の紡績工場、服の製造工場まで足を運び自身の目で確かめる彼は、2019年にサステイナブルをテーマに掲げる新ブランド、テクストを立ち上げた。長年続けてきた取り組みを集約させ、多くの人にあるべき服の姿を伝えたいという考えから生まれたブランドだ。アイテムの一着一着には、高いファッション性、長く着られる永遠性、持続可能な社会と結びつくモノづくりが息づいている。
新ブランド、テクストの打ち出し素材はアルパカ
テクストで大々的にフィーチャーされた素材はペルー原産のアルパカだ。様々なアイテムに姿を変えて展開されている。石川さんにまず、ファッションとしてのアルパカの魅力を語ってもらった。
「ひとつは毛玉になりにくいこと。原毛の表面はウールと比べてクリンプ(うろこ)が小さいためです。そのため滑らかで洗っても縮みにくいのも特性ですね。服づくりの観点から言うと、生地に織ったあと縮めて整える縮絨という技法が使えませんから、織るのに手間と工夫が必要な素材ともいえます」
ラクダ科のアルパカは毛の色でブラウン系、白、黒などがいて、テクストは素材の魅力を生かすため原毛で買い付け、日本で紡績し糸にして生地を完成させている。商社やテキスタイルメーカーに任せず、原毛まで自分たちで調達するファッションブランドは極めて稀であり、その真剣さが伺えるエピソードだ。
ペルー農家の生活にも結びつく服づくり。
石川さんがアルパカに魅了されているのは、ペルーで飼育され生産されることへの深い関心にも根ざしているようだ。
「主な生産農家は、インディオの人々です。アンデス地方の彼らは社会主義的な政策により土地は持っていますが、自身が主導するビジネスのインフラは整っていません。ブローカーにより買い付けられ、それでも作物さえ育たない高地での生活を守るための産業になっているのです。近年、動物愛護団体が撮影した毛の採取現場の動画が広まり、アルパカの取り扱い停止を宣言するブランドまで出てきました。品種改良されたアルパカは、メリノ種の羊と同じく毛が伸び続ける動物。人が毛を刈らないと生き続けられません。毛を刈るシーンがその印象で感情的に捉えられていることに疑問を感じます。改善すべき点が多い産業なのは確かですが、先進国がアルパカの取引をやめたら、農家は生活できなくなることも考えるべきでしょう」
現実と理想とのバランスを探る彼の目にアルパカは、世界の人々の持続可能な人生のひとつの象徴に映っている。
マーカウエアで追求してきた “透明性”。
テクストのショールーム兼石川さんのアトリエは東京・中目黒にある。そこから徒歩約5分の距離にあるエグジステンスの直営店「パーキング」で彼が手に取ったのが、基幹ブランドのマーカウエアだ。コンセプトは、「大人のための洗練されたハイエンドガーメント」。マーカがカジュアルデザインなのに対し、マーカウエアはドレッシーなアイテムも揃えたコレクションである。
タグには素材から製造まで業者の名が記され、透明性のあるトレーサビリティを示している。ファッション業界の商慣習では、工場らの取引先を公にしないのが通例だ。それぞれの賛同を得て高品位な服にこのようなタグをつけている会社は、エグジステンスをおいてほかにないだろう。客も出自を知り安心して購入できる、素晴らしい試みだ。
10年近く前から石川さんは、持続可能な素材を意図的に使ってきた。ただしマーカウエアはサステイナブル原理主義的な服づくりをせず、素材の振り幅を大きく設定している。ファッション性と社会性とのバランスがちょうどいい、最良の着地点が模索されているのだ。
デザイン活動の原点は、マーカのミリタリーウエア
有限で土に還らない石油素材を使った服でも、廃棄せず着続けるなら決して無駄にはならない。ビンテージの労働着の味わいがあり、着るほどに愛着が湧くマーカも、時代を越えてずっと残り続けるだろう。それもまたひとつの持続可能な服づくりだ。マーカは石川さんの原点となる、2003年にスタートしたブランド。コンセプトは、「都会的なエッセンスを注入したカジュアル」。
「ミリタリーウエアに強いこだわりを持ち、現在は会社の若いスタッフも入れたチーム制で服づくりを進めています」
彼がそのように語るマーカには、ハイテク素材も活用する自由な服の製造背景がある。エグジステンスの3ブランドにはそれぞれ役割があり、一方向に偏らない柔軟な姿勢を大切にしている。
「デザインに時代感は大事です。ブランドが年を取ってはいけません。いかに若い人に好まれるかも考えていかないと」
まず自分たちが存続しなければどんな活動もできなくなる。その思想に基づくテクスト、マーカウエア、マーカを着るファンもまた、こだわりのモノづくりが好きな人たちだ。
正しくつくられた服を着ることが知的なお洒落とされる時代を迎え、「同じ着るなら社会的意義のあるものを」とする考えが広がっている。エグジステンスが展開する3ブランドは、こうした新しいワードローブ選びをサポートする存在だ。オトコ心をくすぐるアイテムがずらりと並び、これから愛用者がますます増えていくのは間違いない。
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