レモンサワーブームを巻き起こしたバーオーナーの田中開(かい)さんと、飲食界を牽引するシェフの森枝幹(かん)さんが食を巡る話題をお届けする連載。Vol.4は、幹さん自身がプロデュースする「チョンプー」に、ふたりが敬愛するタイ料理家みもっと先生を招いてスタート。続いてみもっと先生の店「みもっと」に舞台を移し、いまの東京を代表するタイ料理を食べ比べした。
シドニーのレストラン「Tetsuya’s」で料理歴をスタートした森枝幹さん。2000年初頭のオーストラリアには、世界の食を牽引するレストランがいくつもオープンしたが、その中でも特に刺激を受けたのが新しいタイ料理の世界だったという。その後帰国し、表参道では和食、日本橋では分子調理レストラン、下北沢のレストランではサステイナブルで枠にとらわれない自由な料理で森枝ワールドをつくり上げた。一方、ドイツ人の父をもつ田中開さんも、世界を股にかけた食いしん坊だ。そんな彼もタイ料理のメニューで即座に浮かぶのは、グリーンカレーにトムヤンクン、パッタイ、ガパオと片手の指で足りる程度の認識。もう一品浮かんで形状を説明すると、「それってベトナム料理だろ」と幹さんから突っ込まれ、みもっと先生には「それって、バインセオだと思うよ」と優しく訂正される。美食家の開さんでさえ未知の領域である、タイ料理の世界をもっと知ってもらいたい。食の世界でリスペクトされにくい最後のエスニックとも言われるタイ料理の地位を向上させたいと、「食のカイ・カン」コンビ+みもっと先生が立ち上がる。まずは幹さんがプロデュースする、渋谷の「チョンプー」を訪れた。
渋谷のチョンプーで楽しむ、チェンマイのカレーの味。
まずは「チョンプー」を訪れた一行。一品目として、チェンマイ名物のカレー「ゲーンハンレー」が登場する。のっけから辛くもなく、パクチーものってないタイ料理に開さんが興味津々。みもっと先生も、同じカレーながら自店とはまったく違う味わいに興奮気味だ。今回の対決は、最初の「ゲーンハンレー」とデザートの「ココナッツのアイスクリーム」が2店共通のメニュー。残る2品でお互いの特徴的な自慢料理を披露するという構成だ。
みもっと先生(以下、み) :コレ面白いよ、私の「ゲーンハンレー」と全然違うもん。同じカレーなんだけど。
田中開(以下、開) : まず、タイ料理は辛いんじゃないかっていう印象がすごくある。ガパオみたいにわかりやすく、辛めにもっていっちゃうみたいな。でもコレ全然辛くないし、食感の違いが面白い。
森枝幹(以下、幹) : 頭をめちゃめちゃ使ってるよね。使ってる材料も、1個の味をよーく味わうとかじゃなくて、いろんなとこからいろんな味がしてきて、脳で最終的にこんな味だなって受け止めてる。たぶんタイ料理を味わうことって、すごく高度なことなんじゃないかなと思う。
開 : このカレーの基本って、どんな感じ!?
幹 : タイではピーナッツ、ショウガ、豚バラ肉を使うのが基本。
み : 私はピーナッツは入れない。
開 : あ、ピーナッツ入れる、入れないがあるんだ!?
幹 : 要するに、ショウガと豚バラ肉のカレーなんだ。
み : じゃ、私のゲーンハンレーは「みもっと」で食べてみて。
開:あ、ほんとだ、ピーナッツが入ってる。ジンジャーの香りも効いてる。なんか面白いね、材料の切り方も変えてて、こうやってざく切りで入れたり。
幹 : それも、ちょっと火が通ったのもあれば、生もあって、強い味が欲しいのと、旨味を効かせたいのと、ちゃんと入れる理由を分けてるんだよね。生のタマネギとかも、煮込んだものに入れると、生の味が活きてくる。
幹 : コレ、日本人も……。
み : 大好きな味だよね!
ここで「チョンプー」を代表する一品でもある「カントークプレート」が運ばれ、開さんとみもっと先生の瞳がキラキラ。
開:いろんなものが入ってて豪華、お祭りとかの料理⁉
幹:カントーク(プレート)って料理なんですけど、カントークってのは料理の名前じゃなくて、ほんとはこういう高い台のことを言うんです。その上にちっちゃい小皿でいろんな料理がダーっと並んでる状態というか、台の名前がカントーク。
み:カントークディナーとか言って、お盆付きのもあるよね。
開:じゃあ、なにを盛るかは自由!?
幹:自由だけど、基本、すべてチェンマイの郷土料理。
み:わー、ちゃんとナンプリック(タイ料理のディップ)も2種類入ってる。
幹:日本の万願寺唐辛子でつくったナンプリックと、こっちは挽き肉とトマト。
幹:これは豚の首の部分のチャーシュー。
み:チャーシューを赤く染めんだよね。タイ人の謎感覚。
開:ヤバイね、その発想。
幹:こっちのは、煮こごりにした豚骨のカレー。
続いて登場したのは「カオヤム」。「チョンプ―」のいちばん人気のメニューだ。10種類以上の季節野菜が入ったタイのサラダライスは、伝統的な魚醤と発酵したエビのソースをよく混ぜ、ライムを搾って食べる。印象的な青色は、食欲がない子どもを心配して、かわいい見た目にして食べたくなるようにという母の愛から生まれたのだという。
開:カンちゃんさ、タイ語で歌いながら混ぜないと。そしたら、渋谷のギャルがいっぱい来るよ。
幹:歌わないよぉ。
開:これは全部を混ぜて食べるんだ!? 南部の料理?
幹:これは南部だね。
開:南の方がちょっとリッチな感じがあるね。
幹:米が多いのはマレーシアの文化なのかな?
開:この米の青さはバタフライピー(青い花の豆科の植物)を使ってる!? ぬるま湯でちょっと揉むんですよね。
み:そうすると、青い汁がジューって出る。
幹:タイ料理っていろんな国の料理が混ざってる。それこそさっきのカレーもミャンマー伝いに来たインドの文化だったりするし。タイ料理は中華とインド料理が混ざっているようなことを雑誌で読んだことがあるけど、まぁ、外れてるわけじゃない。
み:確かに、インドが先に入ってきたんだけど、(その後)中国の文化が入ってやっと、彼らは炒めることができるようになった。
開:中華鍋だもんね。
み:そう! だから中華料理を学ぶと、タイ料理のスキルが上がるよね。
そしていよいよ、最後のデザートに。
み:おいしい、コレめちゃめちゃおいしいよ。
幹:ココナッツヨーグルトアイスね。
み:ヨーグルトアイスだって!? 私のココナッツアイスも塩を効かせてるんだけど、コレは上にのってたの、で、ヨーグルトだから酸味もあって、おいしい。
み:さっき聞いたら、オリーブオイルもかけてるって、お洒落になってますよ。
幹:ココナッツミルク自体は発酵させてヨーグルト菌を入れて、ココナッツヨーグルトにしてるんで、酸味が強くなってる。
み:なんか、森枝さんぽい。
幹:ま、なんかしないとね。
み:凝ってる。凝ってるじゃんかよぉ。
目黒の「みもっと」で、優しいタイ料理の世界を満喫。
今度は目黒の「みもっと」を訪れた幹さん。開さんからの「40分ほど遅れます」とのメッセージに、「開の40分は、たぶん1時間40分くらいだから、どんどん進めましょう」と幹さん。みもっと先生とふたりで、日頃から感じていた日本のタイ料理界の現状や問題点について、話が弾み始めた。みもっと先生は、マンダリンオリエンタルバンコクで洗練されたタイ料理を基本から学んだ本格派。帰国後、カレーペーストからディップソースに至るまで、すべてていねいに手づくりする本格タイ料理教室 「おいしみ研究所」を経て、目黒に「みもっと」を開店。日本の食材を活かし切った美しく、洗練されたタイ料理が得意だ。自然な農法でつくられた野菜やハーブを使い、身体によい、本物のタイ料理にこだわっている。だからこそ、日本の現状には疑問点も多い。
幹:タイ料理の話って、言いたいことたくさんあるよね。
み:あるある。
幹:よく日本人って、日本料理は味の天才だとかって、すごい偉そうなこと言うけど、タイ料理とかいうと軽視する。でも、ここまでバランスを繊細にとって仕上げる料理っていうのは、それはそれですごいと思う。色を使わない水墨画みたいな絵じゃなくて、カラフルな色を使いながらもちゃんと整った絵を描けるって、そっちのほうが……。
み:そうだよねぇ、すごいと思う。
ここで、みもっと先生のゲーンハンレーが登場。試食しながら、開さんを待つ。
み : これは基本、ショウガと豚バラ肉のカレーで、私は必ず自家製のニンニクの漬物を使う。ニンニクの漬物と、ホムデン(和名アカワケギ、シャロットとネギの雑種)の生を入れて煮込む。ピーナッツはウチの店ではマッサマンカレーにしか入れない。
幹 : ほーっ、なぜ⁉ それ聞きたいですね。
み : ピーナッツを入れるのは南インドのカレーのイメージだから、マッサマンカレーには入れるんだけど、ゲーンハンレーには入れない。
ここで、遅れて登場した開さんが突然、試食と会話に参戦。ご飯のお代わりを繰り返しながら、みもっと先生の「ゲーンハンレー」に夢中になっている。
開:コレめちゃくちゃ、おいしい。別に幹ちゃんのがおいしくないって訳じゃないんだよ。みんな違って、みんないい。ちょっと、こっちのほうがまっすぐ辛いっていう感じかな。でも、肉のジューシーな感じとか繊細だし、やはり女性らしい感じがする。甘みにも深みがある。この酸っぱ甘いのは!?
み : タマリンドだね。
開 : ココナッツは?
み : ココナッツは入れない。北インドとか東北地方のカレーって、入れないのが多い。昔、ココナッツが取れなかったみたいで、ココナッツなしの料理が多いんです。
どうしてタイ料理のブームが来ないのか、考察する3人。話しながらみもっと先生は、皿に放射状にきれいに盛り付けられた「ヤムタワイ」をテーブルへ。「チョンプー」の「カオヤム」や「カントークプレート」同様、日本のタイ料理店では見かけない、タイ料理の奥深さを感じさせるひと皿だ。
開: おーっ、キレイ。タイ料理って、ビジュアルが映えるね。
み : タイ料理の魅力は、さまざまな味がプラスプラスで重なっていって、複雑な旨味を醸し出すところ。鮮やかな色彩と、美しいプレゼンテーションも魅力だよね。チョンプ―で食べた「カオヤム」みたいに。
み:でもさ、流行んないんだよねぇ、なんだか。
幹:流行んないし、みんなにちゃんとわかってもらえてない感じがする。
み:あるよねぇ(笑)。それは、これまでちゃんとしたものがなかったからかも知れないし。タイに行っても日本人が知ってるタイ料理って屋台だから、みんなそういうとこ行くわけ、あとカニ屋さん。
開:そうそう! カニ屋さんね!(笑)
み:私は駐妻(駐在員の妻)でバンコクに行ってたんだけど、その時に高い店でも安い店でも食べて、ちゃんとお金払ったらこんな違うんだってめちゃめちゃ思った。
開:その高い店の料理ってなんだろなぁ。屋台でやってることを、すごく高いとこでやるのか? それとも、まったく違うような料理?
み:なんか町中華と高級中華の違いみたいな感じ。
開&幹:ああああ、なるほどねぇー。
み:楽するか、ちゃんと出汁からやるかの違いがあるの、タイ料理には。
幹:マヨネーズの味がバチバチにするエビマヨか、マンゴーの香りがするエビマヨか?
開:料理自体はおんなじなんだけど、それをちゃんと高いレベルにもっていくっていう、文化度の違いみたいな感じ。
開 : ずいぶんモダンできれいだけど、これ(ヤムタワイ)もタイの古典的な料理なの!?
み : うん。いま世界で主流になっているタイ料理は、オーセンティックなメニューを選び抜いた素材と現代の文脈で再現してるのが特長。このヤムタワイもその文脈。バブル期に流行ったフレンチやイタリアンを取り入れたヌーべル系とは全然違うところにあるの。
開 : これは、いわゆるサラダという感覚でいいのかな!?
み : そうだね。昔はこうやって必ず野菜に火を通したの。
幹 : 野菜はお湯で茹でてないよね?
み : うん。ココナッツミルクで軽く茹でることで、微妙な味や香りも加わってる。
幹 : かかってるソースも凝ってるよね。
み : 燻製した魚の粉末をペーストに練り込んであるの。
開: 野菜もたくさん入ってる。
み : 7種類。これは数も決まってるの、種類は変えてもいいけど、必ず7種類。
幹 : 野菜自体もいろんな食感のものが入ってるのに、中央には細かく割いた蒸し鶏と、カリカリのフライドオニオン!!
開 : これは屋台では出せない手の込みようだワ。
続いて登場したみもっと先生の料理は、タイ各地の料理に詳しい彼女らしくイサーン地方のスープ「ゲーンオーンガイ」とラオス側の「生魚のラープ」。
み:タイ料理って、数百年前の文献にもトムヤンクンが出てきたりして、地方性はあるけど、長い歴史を守ってる。バンコクがいちばん中央部でオーソドックス。チェンマイとか北のほうはミャンマーの文化が入って来て、中国の雲南省とかの影響がある。さらにイサーン(タイの東北部)はラオスの影響を受けた東北料理の文化があるんです。
幹:で、民族的にも、ミャンマー、チェンマイ、ラオスとか同じ民族が……。
み:(少数民族の)シャン族はチェンマイに住んでて、彼らが納豆を食べるんだよね。
幹:豆腐みたいなものとかも。
み:で、中央部があって、南はまたまったく違うんだよね。マレーシア料理とかが入って来てて、魚料理が多い。昔はタイ料理だと煮ることしかしてなくて、炭火で十分だった。
開:蒸すのとかは?
み:蒸すのも、炒めと一緒で中国から伝わったね。30年前のチェンマイと言われてる、ラオスにあるルアンパバーンという街に行くと、まだガスが通ってなくて、炭火の煮炊きしかできない。だから、炒め物なんて出てこないよ、火を使うのはお金がかかるから。ランチは生魚を「なめろう」みたいに、ミンチにして食べるの。
開 : ああ、この「生魚のラープ」は確かに上にのった唐辛子やミント、下の葉っぱがなければ千葉あたりの「なめろう」みたいだね。こっちのスープは!?
み : ゲーンオーンガイ、ラオスでは「オーラム」と呼ばれるさまざまな香草を入れた具だくさんのスープと煮込みの中間くらいの感じかな。一般的なナンプラーを濾した後のドロドロの溶液ナンプラーラーで味を付ける。ウチの店はそのままだと(日本人には)強烈だから、ハーブやパイナップル、マンゴーなんかを入れて煮込むことでマイルドに調整してる。
そして、いよいよクライマックスの「ココナッツアイスクリーム」。発酵で攻めた「チョンプー」の「自家発酵ココナッツヨーグルトのアイスクリーム」に対して、みもっと先生はシンプル・イズ・ベストで勝負する。
幹:このアイスクリームも、シンプルにおいしいよね。
み:もうシンプルに塩ときび砂糖とココナッツミルクだけ。トッピングには乾炒りしたココナッツロング( ココナッツの果肉を細かく削って乾燥させたもの)をのせてる。
開:ヨーグルトは入れないの!?
み:ヨーグルトは入れない。昔、市場の片隅で食べた感じを思い出してつくってて、おばちゃんがガラガラって、でっかい機械みたいなのを持ってくるわけ。そこにアイスが入ってて、トッピングがあるわけ。芋とか、コーンとか。で、好きなのを指差して注文する、私はそっちを目指してて。
開:なるほどね、だから、アイスクリーム自体はシンプルにしてるんだ。
幹:いま、世界中でモダンなタイ料理が食の先端になっているのに、日本だけは未だにトムヤンクンとグリーンカレー。
み:そして、パクチーね。その世界から早く抜け出して時差のないタイ料理を知ってほしい。
開:そこはやっぱり、幹ちゃんとみもっとさんのふたりにかかってるね。まるでアートブックみたいなみもっとさんの今度の本『あたらしいタイ料理』も、きっときっかけになると思うよ。
幹:とにかく、まずは食べてみてほしい。
み:きっと、びっくりするはずだから。
チョンプー(Chompoo)
東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ PART1
TEL : 050-5456-4361
営業時間:11時30分〜23時
無休(※パルコの休館日に準ずる)
タイ料理みもっと
東京都目黒区目黒1-24-7
https://www.instagram.com/mymot_thai/
※完全予約制。予約は上記Instagramから