ソニーミュージック六本木ミュージアムで開催中の『ダブル・ファンタジー ジョン&ヨーコ』は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの宿命的な出会いと互いにクリエイティビティを刺激し合った過程を振り返る展覧会。多数の貴重な資料で埋め尽くされた会場を、ビートルズ研究家の藤本国彦さんと巡った。
ジョン・レノンの生誕80周年である今年、Pen本誌でも年始早々に大々的なジョン・レノン特集を組んで大きな反響を得たが、今年は世界各地で大小さまざまなイベントが行われているレノン・イヤーだ。その規模感や内容的に見ても、名実ともにハイライトでありクライマックスと言えるのが、ジョン・レノン80回目の誕生日にあたる10月9日(金)より、来年1月11日(月)までソニーミュージック六本木ミュージアムで開催中の展覧会、『ダブル・ファンタジー ジョン&ヨーコ』だ。2018年の5月から19年の11月まで、ジョンの故郷のイギリス・リバプール博物館で開催された過去最大規模の展覧会が、ついに日本上陸を果たした。リバプールでの展示にも訪れたというビートルズ研究家の藤本国彦さんとともに、注目の展覧会の見どころを探った。
この展覧会最大の特徴は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコ、ふたりの表現者の人生を大量の私物やアートとともに振り返りながら、そのふたつの線がもつれ合い、やがて世界を巻き込む一大センセーションを巻き起こしていく様子が、ありのままに時系列で表現されている点だ。オノ・ヨーコ自身が展覧会に深く関わり私物の公開に協力したこともあり、本邦初公開となる貴重な展示品も多い。リバプールでの展示と今回の展示を見比べながら、藤本さんは率直な感想を語った。
「このミュージアムは初めて訪れましたが、ポスターを大きく掲出した外観も圧巻ですし、中もスペースが広くてとてもいいですね。時系列で進んでいく展示方法も、リバプールの時よりも断然観やすくなっています。しかしこれだけのものが綺麗に残されていたことには、つくづく驚かされるばかりです。ジョンとヨーコという人物をより深く理解するための大変貴重な資料の数々を、実際にこの目で観られる機会はそうそうありません」
まず会場に足を踏み入れると、ジョンとヨーコ、それぞれの生い立ちを紹介するパートから展示が始まる。ジョンの幼少期を振り返ってみると、彼が音楽を始めるずっと以前から、常に表現者であり、アーティストであったことに気づかされるだろう。
「ジョンは子どもの頃から多くのイラストやドローイングを描いていて、それを観ると、人や物事を観察する才能や、皮肉な表現で大人を茶化すセンスなど、すでに表現者としての素養が備わっていることがわかります。特にジョンが15歳の時に自分ひとりでイラストと文章を書いて、同人誌のような形にした『Daily Howl』は本当に完成度が高く、いま観ても純粋に楽しめます」
そういった音楽以外の展示内容、特に彼のドローイングや言葉の表現に触れていくことで、後に前衛アーティストであるオノ・ヨーコと深く共鳴していく過程を理解しやすくなっている。
ヨーコと出会い飛躍的に広がった、ジョンの表現世界。
ジョンとヨーコが初めて出会った場所であるロンドンのインディカ・ギャラリーで、ヨーコが展示していた『Ceiling Painting(天井の絵)』も、当時実際に使われた脚立とともに再現されている。ジョンが脚立に登り、そこに用意されていた虫眼鏡で天井を覗くと、小さく”YES”の文字があり深く感銘を受けたと語る、ふたりの運命を決定づけたあまりにも有名な作品だ。
「リバプールという地方都市で、父親との別離、母や親友の死など、さまざまな別れを経験しながら育ち、ロックスターとして成功しても、自身が『檻の中の動物』と語るように、観客は熱狂的に叫ぶばかりで誰も音楽を聞いてくれない。自由もない。自分を見失いそうになり『ヘルプ!』と叫んでいたときに、ヨーコの”YES”という絶対的な肯定の言葉と出会うのです。ジョンにとってヨーコの表現世界は、他のなににも勝る救いであって、日々葛藤を続けていた自身の表現に対しても、大きな刺激とヒントを与えてくれる存在だったはずです」
「ヨーコと出会い、触発されていくことで、ジョンの表現世界は飛躍的に広がりました。しかし同時に、側から見ると、世界一有名なロックスターが自身のバンドから離れていき、年上の前衛芸術家である日本人女性と結婚して、ふたりで素っ裸になった姿を公開するなんていう行為は、到底理解できないことかもしれません。しかしヨーコのアートはジョンに”YES”というポジティブな方法論を与え、その結果として、『愛こそはすべて(All You Need is Love)』や『平和を我等に(Give Peace A Chance)』という”ラブ&ピース”なメッセージが生まれたことは、想像に難くありません。逆に言うとヨーコとの出会いによって、ジョンの中に元々あったなにかが大きく増幅して、次々とあふれ出した形にも見えます。ジョンはとあるインタビューで、自身のパートナーと言えるのはヨーコとポール・マッカートニーのふたりだと語っています。世間にはヨーコのことをジョンを洗脳した悪女のように見る人もいますが、ビートルズ時代にジョンがポールの存在を必要としたのと同じように、その後のジョンの人生には、ヨーコの存在がいかに重要であったか、この展示を観れば理解できるはずです」
日本語を一生懸命勉強するジョンが垣間見られる、微笑ましい資料も。
展示品の中には、リバプールの展覧会でも紹介されていなかった、日本エクスクルーシブなアイテムも数多く存在する。その中でも、80年の12月に突然すぎる死を迎える直前である77年〜79年に、ジョンとヨーコが、息子のショーンとともに日本の軽井沢をたびたび訪れていた際に使用していたアイテムの数々は、いわゆるハウス・ハズバンドとして家族と幸せな時を過ごす、ジョンの等身大の姿を映し出している。その時期に残されたイラストを観ると、展覧会の冒頭にあった幼少期にジョンが描いていたイラストの数々が、脳裏にフラッシュバックする。そのタッチや表現方法は驚くほど共通していて、ジョン・レノンという人物とそのアートが、いかに普遍的な存在であったのか、驚きとともに気づかされるはずだ。この展覧会を、ジョンが第二の故郷のように愛した日本で観られることは、とても意味深いことのように思えてくる。
「ジョン・レノンといえば、まずビートルズのことを思い浮かべる人も多いと思いますが、わずか8年たらずで終焉を迎えたビートルズ時代の前後に、彼の人生はこんなにも素晴らしい表現であふれていた。そしてジョンの人生を変えるほど大きな影響を与えた、オノ・ヨーコという人物の類まれな芸術性に触れることは、ジョン・レノンの人生をより深く理解することにもつながります。ビートルズしか知らない人、オノ・ヨーコのことをよく知らない人、ジョンの音楽以外の表現に触れたことがない人、そんな人たちに、この展覧会で新しいジョン・レノンとオノ・ヨーコに出会ってほしいと思います」
世界で最も有名なカップルが歩んだ数奇な人生を、このような形で追体験できる機会は、今後もなかなか訪れることはないだろう。彼らの生きた証と魂を、われわれはいま、しっかりと目に焼き付けておくべきだ。
『ダブル・ファンタジー ジョン&ヨーコ』
開催期間:2020年10月9日(金)~ 2021年1月11日(月)
開催場所:ソニーミュージック六本木ミュージアム
東京都港区六本木5-6-20
開館時間:10時~18時(日〜木) 10時~20時(金、土、1/11)
休館日:12/31、1/1
入館料:一般¥2,600(当日)
https://doublefantasy.co.jp/