2013年にスタートし、毎年春に開催されてきた「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」。新型コロナウイルスの感染拡大防止のために開催時期の変更を余儀なくされ、9月19日より開幕した。その展示の模様をいち早くレポートする。
写真というメディアで未来を見せることはできないが、過去を刻々と記録して未来へと伝えていくことはできる。その過去の集積と現在を見つめることで、未来を想像することができるのではないか。
今回、KYOTOGRAPHIEが「目に見えるもの」と「想像して思い描くもの」の両方を意味する単語「VISION」をテーマに選択した背景には、未来への見通しがもちづらい現代において、「この先の未来を皆で共有し、皆で切り開いていく」という、KYOTOGRAPHIE共同創設者で共同ディレクターを務めるルシール・レイボーズと仲西祐介の強い意思がある。
この「VISION」というテーマで選ばれた10名の作家によるメインプログラムを市内14会場に展示するほか、サテライト・イベントとして公募プログラム「KG+」が市内各所で、アソシエイテッド・プログラムとして3つの写真展が行われている。いくつかの展示を巡るうちに、写真表現がもつ2つの特性が見えてきた。
写真に埋め込まれた”場所性”を、写真家の撮影動機から読み解く。
「KYOTOGRAPHIE 2020」の開幕にあわせて、出町桝形商店街にパーマネントスペース「DELTA」がオープンした。年に一度、市内各所を会場に開催されてきたこの写真祭にとって、年間を通して活動できる場を手に入れることは念願だった。1階がギャラリーとカフェの機能を持って多様な企画を展開するプロジェクトスペースで、2階がアーティストの滞在制作にも対応する宿泊施設。商店街を東に進んだ先に、滋賀と京都の境を源とする高野川が賀茂川と合流して鴨川となる三角州、通称「鴨川デルタ」にその名は由来する。共同ディレクターの仲西祐介は次のように説明する。
「『KYOTOGRAPHIE』は、東洋と西洋、伝統と革新、アンダーグラウンドとメインストリームなど、対に位置するふたつのものをつなげ、新しいものをつくり出してきました。これからもその姿勢で新しいものを生み出すコンセプトを『DELTA』の名前に込めました。また、セネガル出身のオマー・ヴィクター・ディオプの作品を出町桝形商店街で制作してアーケードと『DELTA』に展示したように、ローカルとグローバルを結びつけるというメッセージも今回の展示に表現しました」
出町桝形商店街を東へと歩き、鴨川デルタに到着する。この地にゆかりのある写真家が、京都の市井の風景を50年にわたって撮り続けている甲斐扶佐義だ。社会運動に関わり1968年に同志社大学を除籍となった後、70年代にはいまや伝説となった喫茶店「ほんやら洞」を仲間と立ち上げ、並行して出町界隈で20数回に及ぶ青空写真展を開催してきた。「出町ふれあい広場」を提唱して事務局長を務め、大型スーパーの出店に反対する商店街の市民運動を映画にしようと台本を執筆するなど、出町界隈に渦巻いていたエネルギーがそのまま甲斐の表現の原動力となっていた。当時の青空写真展を再現するプログラム『鴨川逍遥』が、「タネ源」「青龍妙音弁財天」「河合橋東詰歩道」の3か所で実施されている。
土地の景色は文化や歴史と結びついている。経済発展のために京都の町家が取り壊され、現代的な建物が新築されて文化が失われていく現実への憂いを、KYOTOGRAPHIEはひとりの表現に託すことを決めた。壊される建物の廃材を再構築してインスタレーションを手がける、マリアン・ティーウェンというオランダ人アーティストだ。今年の1月から4月まで京都に滞在し、2軒の町家を解体してインスタレーションを完成させた。解体の直前まで住人が生活を送っていた町家はガラリと姿を変え、その徹底した破壊と介入によって、ある種の凶暴性と抽象化された美が同居する空間作品となった。
コンプレックス、恐怖、あるいは違和感が表現に昇華されるまで。
マリアン・ティーウェンがインスタレーションを作成した伊藤祐 町家では、別の2棟を用いて福島あつしの写真展も行われている。たまたまアルバイト雑誌で見つけた独居老人への弁当配達の求人情報に興味を持ち、働き始めた福島はそこで見た世界に唖然としたという。腰は90度に曲がり、隣の部屋に移動しようと必死でドアを開けようとする盲目の老人の暮らしなどに、ただただ衝撃を受けた。「日本って自分が思っていた国とは違ったのか」という暴力的なまでの違和感。
福島が写真を学んだことを知った店長から客の撮影を勧められたが、とても撮影しようとは思えないほどに衝撃は大きかった。しかし、時間が変える。カメラを首から下げて配達に行くと「カメラのお兄ちゃん」とキャラ付けされ、客との距離は近づいた。最初は老人たちに忍び寄る死を撮影するような感覚で暗く重たい光景を撮り続け、撮影を止めるわけにはいかないという責任感のようなものに息が詰まる苦しさにも襲われた。衝撃と強烈な違和感に端を発する10年間の弁当配達の記録。時系列で追いかけると、やがて老人たちの姿に美しさを見出す写真家の心の動きを追体験させる展示となっている。
今年の4月に木村伊兵衛賞を受賞した片山真理は、自らの身体感覚の変化が大きく作品に影響を与えたという。そのきっかけは、2017年7月の娘の出産。それまで嫌いだった鏡の中の自分の身体と、素直に向き合えるようになったのだと打ち明ける。また、母親や祖母、その先まで自分や娘と先祖はつながっていて、娘も成長したら友だちができて、子どもも産むことになるのかもしれない。そんな想像から、自分が暮らす地域やその歴史のことを考え始め、生まれ育った群馬県東部の渡良瀬川や足尾銅山などの風景を歩き、「ストレートに」山や川を撮影するようになった。すると、裁縫でつくったオブジェを引き立てるためにマネキンとして一緒に自分も写っていた写真表現から、より「ストレートに」自分の体を被写体としてとらえる表現へと変わった。
「実家が着物の染め屋で、家業を継いでいないことをなんとなくコンプレックスに感じてきた」と語るのは、建仁寺の両足院で展示を行う外山亮介。2008年に日本各地で20人の様々な伝統工芸の職人を訪ね、技を受け継いでものをつくる人々の気持ちを撮影したいと考えた。気持ちをできるだけ引き出すために、10年後の自分に向けて手紙を書いてくださいとお願いをして。そして、10年後の2018年、時間をかけてゆっくりと像を焼き付けるアンブロタイプ(ガラス湿板写真)のカメラを自作し、3分という露光時間で生まれる揺らぎも含めて写真に収めた。2008年の作品に『種』、2018年の作品に『芽』と名付けて出展している。
京都市内各所で趣のある建物が写真展の会場として用いられ、人気を博してきたKYOTOGRAPHIE。新型コロナの影響で急遽会期の変更を迫られ、もともと大きな収益を目指して開催していたわけではないこの写真祭は、財政的にも大きな打撃を受けた。クラウドファンディングが成果をあげ、無事開催に漕ぎ着けた。やはりそこには、写真表現と真摯に向き合うディレクターふたりの視点と、彼らに応えようとする参加アーティスト、サポートするスタッフ、地元の人々とのネットワークで見事なプログラムが展開されていた。会期が終わるまでにどのようなVISIONを共有することができるのだろうか。環境や社会問題への意識を揺り起こす作品の数々が、京都市内各地の会場で待っている。
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2020
開催期間:2020年9月19日(土)〜10月18日(日)
開催場所:京都市内各所
TEL:075-708-7018(KYOTOGRAPHIE事務局)
開館時間、休館日はプログラムにより異なる
パスポート料金:一般¥4,000
https://www.kyotographie.jp