アメリカ国外で初の店舗として、1979年に誕生したブルックス ブラザーズ 青山。この夏、ビルの建て替えに伴ってその歴史にいったん幕を閉じることとなった。閉店を目前にした8月のとある日。同ブランドを愛し続けるフリー編集者の小暮昌弘さんと、最後の買い物に訪れた。
ブルックス ブラザーズ 青山が世界で20番目のブルックス ブラザーズとして東京にショップをオープンしたのは1979年、いまから41年前のことだ。もちろん海外初出店。青山通りに面し、売り場面積約120坪を誇る巨大な店舗は日本の旗艦店となった。
外観に御影石を使った壮麗な建物で、上陸から40年以上経ったいまでもトラディショナルな佇まいは変わっていない。商品はもちろんのこと、インテリアや雰囲気はニューヨークのマディソン街346番地にあるブルックス ブラザーズ本店を模していて、同じ空気が感じ取れる。ニューヨークの本店が“トラッドの総本山”ならば、青山店は日本のアメトラの歴史を見続けてきた “日本のトラッドの聖地”に違いない。
日本のアメトラを見続けてきた、ブルックス ブラザーズ 青山。
青山店を訪れた私を待ってくれたのは勤続30年、日本でただひとり、ブランドアンバサダーを務める大平洋一さんだ。「上陸40周年を記念して、正面の売り場を対面販売風にしてみたんです」と大平さんは話す。
そう、これがブルックス ブラザーズ の伝統だ。私がアメリカ本国のブルックス ブラザーズを初めて訪ねたのは1978年。場所はサンフランシスコ。そこで初めてボタンダウンのポロカラーシャツを買ったのだが、それも対面で購入した記憶がある。2階ではスーツを買ったが「直しは来年にできる日本のショップで頼むといい」と言われ、翌年、日本にブルックス ブラザーズ がやってくることを知った。
「日本でもこの周りにカウンターをつくって対面販売をしていました」と大きな柱を指差しながら話す大平さん。当時からすべてがアメリカ式、オープンに招かれた元在日米国大使マイク・マンスフィールドが「ここは日本のリトル・アメリカだ」と感激したと、ブルックスブラザーズによるヒストリーブック『GENERATIONS of STYLE』に書かれている。
日本における1970年代のアメリカントラッド、通称アメトラの状況を少し説明しておこう。セレクトショップの草分けであるMIURAが西海岸を中心にしたトラッドショップSHIPSを銀座に開いたのが77年。その前年にBEAMSがアメリカの製品を扱うショップを原宿に開き、アメリカントラッドが一気にブームになった。
メディアでは読売新聞から75年に『Made in U.S.A catalog』というムック本が発行され、76年夏には雑誌『POPYE』が創刊、次々とアメリカを中心にしたファッションやカルチャーが紹介された。70年代も終わろうとしていたこのころ、VANに始まった日本のトラッドは新しい時代を迎えつつあり、いよいよトラッドの総本山と言われたブルックス ブラザーズが日本に上陸してきたのだ。話題にならないはずがない。
1979年にオープンした青山店が当時どのような店だったか、あまり確かな記憶がない。しかし自分はいつもある種の緊張をもって、この青山店を訪れていた。
大平さんは「ショップに入って左側の壁面にシャツが並び、右側にスーツが並んでいました」と話す。モダンなテイストのレッドフリースやシャツがいま並んでいる場所が、かつてはすべてスーツ売り場だったのだ。
現在、スーツは1階の奥まったコーナーに並んでいる。ブルックス ブラザーズが創造したナチュラルショルダー、ゆったりとしたシルエットの「ナンバーワン・サックスーツ」に世界中の紳士がどれほど憧れたことか。78年にアメリカで私が手にした“346”のサックスーツは気後れして青山に修理を持ち込むことはなかったが、私の自慢の一着だった。
ブルックス ブラザーズ 青山には、巨大な金庫が隠されている?
青山店を“日本のトラッドの聖地”と書いたが、それには理由がある。実はこの青山店のある場所は、かつてVANの「青山99ホール」があったのだ。VANがイベントスペースなどに活用した場所で、定員99人でイベントの入場料を99円としたからこの名が付けられた。日本のトラッドの歴史を刻んできた場所だからこそ、聖地と呼ぶことができるのだ。
今回の訪問で確認したいことがあった。以前、VANで活躍したくろすとしゆきさんから「あのブルックス ブラザーズ の青山店の中に、大きな金庫が隠された場所がある」と教わった。VAN99ホールができる前、ここは大手銀行だったはずで、金庫はその銀行がつくったものらしい。ホールに改装するときも、青山店ができるときも、金庫まで壊すことはできなかったことをくろすさんは言っていた。大平さんにそれを尋ねると「1階の右奥、たぶんここだと思いますよ」と場所を教えてくれた。
木製の壁に囲まれていてその内部を見ることはできないが、場所は判明した。ここだったのか。もしビルが壊されることがあれば、ぜひともその時に金庫の様子を動画に収めて欲しいと思うのは私だけだろうか。
トラッド派の“聖地巡礼”ではないが、私がニューヨークを訪れるときに必ず立ち寄るのがブルックス ブラザーズの本店だ。マディソン街の346番地。ニューヨークのどこかで紳士服を一式揃えようとすれば、私でなくてもまずこの店を勧めるだろう。スーツからアクセサリー、フォーマルウェアまで、いつでも、どんなときでも紳士のためのワードローブが揃うからだ。それは日本の青山店についても同じだ。スーツ、シャツ、ネクタイ、靴といったトラッドアイテムはもちろんのこと、ソックス、パジャマ、ベルト、革小物などのメンズファニシング類までもがいつでも揃う。
青山店が出来て私が最初に買ったものはパジャマだったと思う。ブルーのオックスフォード素材で、ネイビーのパイピングが入っていて、アメリカのテレビ映画に登場するような雰囲気。こんなパジャマを売っているところはここしかなかった。このパジャマを着てアメリカにまた行く夢を見ていた。
愛用しているブルックス ブラザーズの製品のなかに水性ボールペンがある。シルバー製のキャップのヘッドに“ゴールデン フリース”の刻印が入り、重量感がとても好きだった。インクが切れたのでリフィルを取り替えようと銀座の大型文具店を訪ねたが、「合うリフィルは当店にはない」と言われ、恐る恐る青山店で尋ねると、カウンターの下からリフィルが出てきた。
リフィルにも「Brooks Brothers」の名前がプリントされている。以来、店の前を通ると必ず寄ってリフィルを買い求める日々が続いた。残年ながらそのリフィルはもう品切れになってしまったが、この水性ボールペンは私の宝物のひとつだ。
改めてブルックス ブラザーズ 青山を訪れてみると、紳士のためのワードローブの充実ぶりに驚かされた。ドレスシャツの襟に入れる「カラーステイ」までプラスチック製と金属製が用意されている。プラスチック製にはブランド名がプリントされ、私もニューヨークで友人へのお土産に買ったことがある。金属製は重量があるので襟が跳ねることがない。さらに金属製のアームバンド。70〜80年代に日本でもかなり流行ったもので、欧米製の袖の長いシャツを着るときには必ず必要だった。友人のスタイリストが「あのアームバンドがない」と困っていたので今度会ったら教えなくては。
かつて『ウォールストリートジャーナル』は「ブルックス ブラザーズはあり得ない場所である」と書いたが、200年以上に渡ってこれらの製品を販売し続けてきた実績と伝統は大きい。まさに唯一無二、あり得ないショップなのだと本当に思う。
カウンターの一角にアメリカで発行されたカタログが並べられている。日本上陸と同じ年、1979年版の表紙には見覚えがある。私も持っていた。スーツ、シャツ、モデルカットなど、ほとんどがイラストで描かれ、なかに少しだけリアルな写真が配されたブルックス ブラザーズ独特のカタログだ。
ネットでなんでも調達できるいまでは想像できないだろうが、多くの紳士淑女たちがこのイラストを見て毎シーズン、商品をオーダーしていたのだ。もちろん、そこにはブルックス ブラザーズへの確かな信頼があって成り立つビジネスなのだろう。
創業者ヘンリー・サンズ・ブルックスは「最高の品質の商品だけを、それを愛する人たちへと手渡すべし」という言葉を残している。その伝統が信頼へと繋がっている。
最後の買い物は、“自分だけのブルックス ブラザーズ”を。
さて、いよいよブルックス ブラザーズ 青山での最後の買い物だが、何を選ぶことにしようか?
愛用のペンのリフィルはすでに販売されていないので、別なものに。1978年にサンフランシスコ店で買ったポロカラーシャツが一番手の候補と考えていた。嬉しいことに当時と同じアメリカ製でいまだにつくられている。もちろんこのシャツも何枚も所有している。昨年もサックスブルーを購入しているが、実はこの春から4年ぶりのマイナーチェンジを受け、昔あった胸ポケットが復活したのだ。やはりアメリカのボタンダウンシャツはポケット付きでないといけない。ましてや現在のようにスマートフォンを携帯するには胸ポケットは絶対に必要。そんなファンの声でポケットが復活したと私は勝手に思っている。
大平さんの案内で店を回っていると、中央付近にアメリカ製のブルックス ブラザーズを集めたコーナーがあった。ポケット付きのポロカラーシャツ、自社工場で仕立てられたジャケット、タッセルローファー……。どれも素敵だ。しかし今回、この店での最後の買い物は自分だけのブルックス ブラザーズを注文してみることにした。好みのスーツ、ジャケット、シャツなどが仕立てられる「パーソナルオーダー」のシステムだ。
最近、上着を着るケースが減ってしまったので、アイテムはいつでも着られるシャツを選んだ。定番のオックスフォード素材ではなく、ブルックス ブラザーズでずっと着てみたかったチェックのブロード生地でつくってみることにした。
ブルックス ブラザーズの「パーソナルオーダー」はゲージ用のシャツを着用して、完成形を思い浮かべながら注文できるシステムだ。大平さんがオススメするゆったりした「トラディショナルフィット」のゲージ服を用意してもらい、試着して各部を採寸。
幸いなことにゲージ服のサイズがぴったりで、着丈だけ、カジュアルに着ることを想定して短めにした。ディテールは大平さんのオススメ通りに。自分仕様のブルックス ブラザーズの製品が約2週間で完成する。実は今回の青山店の閉店は、このビルを含む青山エリアの再開発に伴うもので、9月4日には近隣にブルックス ブラザーズ 表参道がオープンする。新しい店もぜひとも見たいので、注文したシャツはその新店で受け取ることにした。
4年後か、5年後か。青山にブルックス ブラザーズが戻ってくるその日をこのシャツを着て待つことにした。
ブルックス ブラザーズ 青山
東京都港区北青山3-5-6
TEL:03-3404-4295
営業時間:11時〜19時半
不定休
※8月30日(土)にて閉店となります。