フランスを代表するデザイナー、ピエール・ポランによる未完のプロジェクトを実現する展覧会が、レム・コールハースの設計による「ルモワーヌ邸」で開催された。夢の競演の様子と舞台裏をお届けしよう。
2019年、フランス・ボルドー郊外のルモワーヌ邸で、『ピエール・ポラン・プログラム──実現しなかった夢』という展覧会が開催された。舞台となったルモワーヌ邸は、かのレム・コールハースが設計を手がけた、通称「ボルドーの家」。通常は非公開のこの家に、1960年代を中心に活躍したピエール・ポランの家具が並んだ。二大巨匠による奇跡の競演である。
完璧な建築空間に溶け合う、ポランのユートピア家具。
そもそもルモワーヌ邸は、コールハースの出世作となった初期の作品。建築家の存命中としては異例の歴史建造物指定を受けた名建築である。数年前に公開されたドキュメンタリー映画『Koolhaas Houselife』でも知られるこの家は、車椅子生活を送る施主が、98年、まだ代表作のなかったコールハースに設計を依頼したものだ。
「ヨーロッパはもちろん、日本やアメリカの建築家にもあたった末、ハンディキャップへの取り組みを第一義に考えようとしたレムに設計を依頼しました」と、現在もこの家に暮らす施主の妻、エレーヌ・ルモワーヌは振り返る。
一方のコールハース自身は、本展のために刊行された書籍『ピエール・ポラン・プログラム』の序文でこう述べている。「ボルドーの家はジレンマだった。建築が、非常に特殊な要求、つまり重度のハンディキャップをもつ人の暮らしを考えつつ、同時に、その家族にも自由な暮らしを提供することは可能なのか?……と」
丘の斜面に建つ家は、ガラスとメタル、コンクリートによるかっちりとした佇まい。クルマ寄せのある正面入り口側の1階にはキッチンがあり、フロアをひとつ上がると、そこはリビングとテラス。2階は裏庭と同じ高さにあり、段差なしで庭にアクセスできる。天井まで届く大きなガラス窓とメタル製のプレートが自在にスライドし、内と外の境目を感じさせない開放的な2階。その上に載っているように見える、円窓をいくつも抱いたコンクリート壁の背後が、寝室のあるフロアだ。そして、全3階を貫いて3ⅿ四方ほどのプラットフォームが上下するエレベーターは、この家のシンボルである。
このルモワーヌ邸を前にした時、まず目を引くのは2階。ガラス張りのリビングとテラスを備えた、邸宅のメイン空間ともいえるこのフロアは、コールハースによれば「この家の開放性と特性が最も顕著な場所」であり、「どんな家具も厳しく試され」、建築家の目と外の風景の豊かさの両方が、「家具がなく、厳密に建築として機能する方がよいと示唆する」空間だ。しかし、どんな家具の存在も負けてしまいそうなこの完璧な建築空間に、今回展示されたポランの家具プロジェクト「プログラム」は、実にしっくりと収まっている。
建物を外界へ解き放ち、家具を機能から解き放つ。
いくつもの名作チェアを世に送り出し、ストレッチ素材を初めて家具の世界に持ち込むなど、常に革新性を追求したポラン。だがここには、「リボンチェア」「タンチェア」などの代表作は登場しない。なぜなら本展は、アメリカのメーカー、ハーマン・ミラー社のために考案するも製品化に至らなかった幻のプロジェクト、「プログラム」に捧げられているからだ。
60年代半ばにアメリカでブームになったワークスペースのモジュラーデザインと、日本の居住空間とにインスパイアされ、70年代初頭、ポランは70㎝と105㎝を基本単位とする組み合わせ可能な家具シリーズ「プログラム」を考案した。それは、26のエレメンツからなるモジュラー家具だった。
厚みのある敷物状の「タピ・シエージュ」は、床に置いて隅を立ち上げると背もたれになる。砂丘のようになだらかにカーブが立ち上がる「デューン」は、丸テーブルを囲んで、あるいは仲よく並んで座れるソファコーナーになるピース。U字形のモジュールは、つなぎ合わせてサイズも自在な間仕切りや収納に。椅子、机、ソファ、それぞれのピースがひとつの形とひとつの機能しかもたない従来の家具の概念を超えた、新しい居住空間の提案であった。
外に向かって開かれた、ガラス張りの建築。限定された機能から、生活者を解き放つ家具。コールハースは書籍の序文をこう締めくくる。「ボルドーでポランの描くユートピアを見ることは、二種類の『解放』の対話を体験する機会となる」。「解放の対話」という奇跡を、この機に体感したい。
コールハースが監督し、ポランの夢がついに実現。
「あなたの実現されなかったプロジェクトはなんですか?」。コールハースは2008年、ミラノでの公開インタビューでポランにこう問いかけた。ポランは答えた。「1972年、ハーマン・ミラー社のための仕事です」
『ピエール・ポラン・プログラム──実現しなかった夢』と題する今回の展覧会は、この会話の記憶から始まった。それはポランの夢であるとともに、彼の息子バンジャマンとその妻アリスをめぐる、ファミリーの物語でもある。
ポランの妻マヤ、息子のバンジャマンとその妻アリスは、ポランのアーカイブを管理し、彼が遺したデザイン家具をオーダー製作する会社「ポラン・ポラン・ポラン」を運営している。アリスの母エレーヌは、70年代にポランと働いたカラリストであり、実はルモワーヌ邸の施主の妻で現オーナー。
一方でルモワーヌ邸は、かつてポランとコールハースとが初めて出会った、ゆかりの場所だ。さらにコールハースは、2016年にポンピドゥー・センターで行われた展覧会で見た「プログラム」のミニチュア模型に、大きな関心を寄せていた。このように、ルモワーヌ邸で今回、ポランの夢が実現したのは、いくつもの見えない糸がしだいに絡み合って形をつくり上げるように、ごく自然な成り行きだったのだ。
今回の展覧会の構成は、コールハースの監督のもと、彼が率いる建築事務所OMAが担当。「プログラム」からルモワーヌ邸の空間に合わせてピースを選び、色と素材を指定。この家のためのオーダーメイドな居住空間を提案した。
白い「タタミ」やタピ・シエージュが、ゆるやかに隆起しながら寛ぎの空間を演出するリビング。窓際では、戸外の木立に呼応するように、緑色の「デクリーヴ」が波のようなシルエットを見せる。庭とひとつながりになったテラスには、メタリックなシリンダーに共鳴するように、真っ赤なモジュールのパーテーションがカーブを描く。硬質な建築空間の内部に、温もりの居住空間が優しく寄り添っている。
ポランによる往時の模型とデッサンの展示は、1階のキッチンに。ソファのある奥の小部屋では、展覧会の出発点となった公開インタビューの映像が流れ、企画の生い立ちを語る。3階の子ども部屋では、「プログラム」の解説ビデオを見ながら、見学者が実際に模型を手に取って楽しむこともできる。
「建築が家具となり、家具が建築となる、というピエールの考えに、コールハースはとても注目していました」とアリス。「父は住む人の快適さを探し、守られるような安心感を大事にしました。一方、コールハースはコンセプトの人。この家には独自の機能の仕方があり、住む人が寄り添うのは正直、難しい。コールハースの仕事と父の仕事とは正反対に見えますが、僕はそのおかげでこの組み合わせが成功していると思います」とバンジャマンは言う。実際に家族がいまも暮らしている住居だけに、見学は予約制。だが、「ゲストを家に迎えるように、時間をかけて来訪者とゆっくり意見を交わしたい」とふたりは言う。「次も、建築家の誰かが、設計した空間に合わせた『プログラム』を提案してくれたらうれしいですね」