超小型のプロジェクターや手軽に設置できるサウンドバー、豊富な映像配信サービスの登場で、ホームシアターは一般的な家庭でも手軽に楽しめるようになってきた。家での時間をより豊かにしてくれるホームシアターの悦びを、最新プロダクトとともに紹介しよう。
自宅にスクリーンと音響設備をセットし、映画を心ゆくまで愉しむ――。そうしたホームシアターが一部の好事家たちのものだったのは、もはや過去の話。プロダクトの小型化や低価格化、目的に合った豊富なラインアップにより、いまではそれらの環境が、想像よりずっと手軽に構築できるようになっている。より身近になったホームシアター環境を、オーディオビジュアル評論のスペシャリスト・麻倉怜士と考えた。
麻倉怜士が考える、ホームシアターの新しいスタイルとは?
「かつての家庭用プロジェクターは、大画面のわりにぼやけがちだったり、業務用と見紛う巨大さだったり、思わず二の足を踏むような高価格だったりと懸念事項が目白押しでした。音まで含めると、とにかく面倒というイメージが故に、ホームシアターはマニアの道楽のように扱われていたのです。そんな四重苦もいまは昔、最近のプロジェクターは小さく、値頃で、操作が簡単、そしてなによりも画がキレイになりました」
そう語る麻倉は、「ホームシアターの進化は画質だけに留まらない」と続ける。
「たとえばXGIMI『MoGo pro』はテーブルに置けるほど小さなサイズで、自宅はもちろん、屋外のあらゆるスペースで投影できます。棒状のスピーカーを1本置くだけでサラウンドが聴けるヤマハ『YSP-2700』のようなものも登場しました。こういった最先端の製品ならば、いままであり得なかった場所にも、大画面のサラウンド環境をつくることができる。ホームシアターは、スタイルそのものを大きく変えつつあるのです」
また、変化はプロダクト以外にも発生している。
「ハードだけではなく、コンテンツのあり方もここ数年で大きく変化しました。LDやVHSなどのセルメディアが主役だった昔と違い、現代はブルーレイなどのパッケージだけでなく、さまざまなサブスクリプションサービスがあり、何十万ものコンテンツを愉しめます。いまではアウトドアシーンでの映画上映さえ可能ですが、そんな話を20年前にしたら、あまりに非現実的で笑われたでしょう」
ホームシアターはいま、構築スタイルもコンテンツの愉しみ方も、従来に比べて飛躍的に自由度が増している。かつて映画趣味人の夢であったホームシアターは、日常を豊かにする現実的な映像環境になっていると言っても過言ではない。では実際にどのようなホームシアターが組めるのか、シチュエーションやコンテンツごとに見てみよう。
※「XGIMI MoGo pro」は二子玉川 蔦屋家電オンラインショッピングでも購入可能。
リビングルームを劇場にし、最大限に映画を愉しむ。
家にあるテレビで、“劇場感”を味わうなら。
「いきなりプロジェクターの導入は難しい」という方には、普段使っているテレビを活用するホームシアター構成がお薦めだ。映画は映像と同じくらい、サウンドの再現性も重要。そこでテレビの音を手軽に強化できる「サウンドバー」を追加すると、同じ映像でもまったく違う興奮が湧き上がってくる。
そのよさを体感すべく選んだ映像が、過酷な耐久レースのロマンを描いた作品『フォードvsフェラーリ』だ。爆音をまとって疾走するフォードを、フェラーリエンジンの唸り声が追撃する……。正面から迫ってくる迫真の音が興奮を呼び起こす。これぞ一段階上の”映画体験”だ。
「薄型テレビに対応する音の試みとして登場したのが、サウンドバーというジャンルです。私もいままでいろいろ聴いてきましたが、テレビのような音で広がりをもって音量を出す、という商品が多かったと思います。ところが、デノンの『DHT-S216』はまったく違う。ピュアオーディオの設計思想をそのまま移植したと言って過言ではないシステムです。映画音楽の再現性も大変よいですが、特にさまざまな音声処理を省く『ピュアモード』で聴くと、一般的なクラシック音楽も充分に聴ける。そのくらいバランスがよく、きめ細やかで繊細な音がする、非常に稀有なサウンドバーです」
さらに、普段のテレビを少し上等な有機ELテレビにすれば、木々の緑や空の青さなどの毎日観る映像が、格段に表情豊かなものへと変わる。小さな画面、低廉なモデルでは味わえない新鮮な驚きを、ふとした瞬間に見つけられるに違いない。
「大型の有機ELテレビが登場しておよそ4年、製品の完成度は着実に上がってきました。そもそも有機ELテレビは自発光で画面そのものが発光するので、色や明暗をきわめて正確に出すことができます。この点において有機ELは、スクリーンの反射光を視るプロジェクターなどと比べて、隔絶たる表現力をもっているのです。今回チョイスしたのは、ソニー・ブラビアの『A9G』シリーズ。臨場感豊かな映像を描写でき、特に映画コンテンツに対して圧倒的表現力を見せてくれます」
4Kプロジェクターで、油絵のような質感を愉しむ。
世界の映像業界では4Kによる高画素化が急激に進んでおり、プロジェクターを使った本格的なホームシアターの世界にも、近年は4K化の波が押し寄せている。4Kの精細感と大画面の相乗効果は凄まじく、ドラマパートの説得力や迫力あるシーンのエネルギーなどで視聴者の心をわしづかみにする。こういった要素が上質になることで、映画に没頭している時の心地よさや上映後の満足感をより得られるのだ。
「今回は台湾を拠点とするディスプレイメーカー、ベンキューの4K投影モデル『HT5550』を選びました。コントラストや厚みのある色乗り、鮮やかさといった色の特徴が印象的。力強く主張の強い描写は、ある意味で映画的であり、油絵的です。また本製品のようなホームプロジェクターはかなり光が強く、100インチほどのサイズで投影しても充分な画面の明るさになります」
リッチな大画面の映像をより盛り上げるべく今回、麻倉が選択したサウンドシステムは、ピュアオーディオの世界でも高い支持を得るドイツ・エラックの「Cinema 30」。感動を引き立てる壮大なBGMから、視聴者のわずかな感情の変化を狙ってクリエイターが鳴らした些細な効果音まで、どこまでも豊かに上質に音を描き出すプレミアムなパッケージである。
「シアターの音の考えとしては、”映画の音”を出すか、”音楽の音”を出すかで、サウンド傾向が分かれます。本製品は音楽としての高い質感をキープしながら映画の音が出せる。2chで聴いても非常に素晴らしい再現性を聴かせてくれ、それがそのままシアターシステムになるという、基本的なクオリティの高さに、シネマサウンドが加わった製品です。エラックがもっている音楽性や高い表現力、非常に繊細な音の出方や俊敏な反応を持ち合わせつつ、シネマサウンドのエネルギーや印象に残る、こってりとした音を表現する。質感と量を同時に出すのに大変、長けているのです」
しかも本製品のスピーカーサイズは小さく、設置場所に困らない。サブウーファーもさほど大きくはないので、目立たない場所に置けば存在感も消え、インテリアを阻害せずに音のよいシアターが組める。サラウンド用AVアンプは4K、Dolby Atmos、DTS:X、ストリーミングオーディオなどに対応するパイオニア「VSX-S520」をセレクトした。立体感のある爆音に包まれながら、いつしか映画の世界へと没入していけるのだ。
自宅を、ライブ会場やコンサートホールに仕立てる。
サウンドバーがつくり出すサラウンドで、ライブ映像を楽しむ。
ホームシアターをよりスマートに組みたいならば、壁のすぐ横に置いて下から投射する”超短焦点”プロジェクターは見逃せない。天井にスクリーンを付けずとも、空いた壁の下に棚を置き、そこへ超短焦点プロジェクターを置けば、部屋はたちまち劇場へ早変わり。麻倉が「これからのホームシアター用プロジェクターにおける、ひとつの核になるのでは」と注目する設置のしやすさは、あらゆる部屋をシアターに変える可能性を秘めている。
「プロジェクターをどこに設置するかは、ホームシアターをつくる際の大きな問題ですが、スクリーンや壁際にプロジェクターを置くことができれば、スペースの問題はただちに解決します。エプソンの『EH-LS500』は、同社のハイエンド機種に入っていた”画素ずらし技術”を使って4Kへ対応した、というのが大きなポイント。ホームシアター用での超短焦点は本製品が同社初となりますが、近づいて投射しても超短焦点で出がちな画面の歪みがなく、音楽ライブの映像でも色の再現性がクリアで、スッキリした白が出ます。投射距離が短いので画面が明るく、臨場感にあふれた明るく楽しい映像が見られました」
プロジェクターだけではなく、サラウンドにも軽快な設置性を求めたい。それならば、バー1本とサブウーファーを置いて自動調整するだけでサラウンド環境ができてしまう、ヤマハの「YSP-2700」がいい。部屋全体に音が広がるサラウンドは、映画はもちろん、特にライブ映像を、単に”観る”という行為から“ライブを愉しむ”という体感へと変えてくれる。何本もスピーカーを置かずとも、サラウンドによる興奮のライブは体験できるのだ。
「本製品は“デジタル・サウンド・プロジェクター”という名前が付いた、サブウーファーとセットのサウンドバーシステムです。大きな特徴は、指向性が強いレーザーのような音を部屋の壁で反射させてサラウンドをつくる、ビームフォーミング技術。実際に聴いてみると、とても音の響き方がリッチで、1本のバーから出ているとは信じられないほど厚い音でした。それに、音像はしっかりと立って、立体的。このふたつが、サウンド面における本製品の大きな魅力です」
壁際に置くプロジェクターと棒状のスピーカー。どちらも目立たぬようつくられたプロダクトながら、大画面とサラウンド音声のリッチな、まさにライブハウスのような環境にしてくれる。そんな新時代のシアターセットである。
あえて2chで、コンサートホールの音の広がりを味わう。
より音楽に没入するならば、シアターの音をサラウンドではなく、あえて前方のスピーカーのみから音を出す2chにするのもアリだ。そんな選択肢を提案したのが、マランツのアンプ「NR1200」である。あるいは2chステレオを既に据えているならば、このアンプとテレビやプロジェクターの映像を追加することで、シアター環境へアップグレードできる。音楽は聴くのもいいが、“観る音楽”にはひと味違う躍動感が宿る。そんな発見ができる逸品だ。
「マルチチャンネルはスピーカー設置もなかなか大変、それならば音のよいスピーカーとアンプで2ch音声の映像を聴こうじゃないか、という提案です。NR1200は映像と音を1本のデジタルケーブルで接続するHDMIを搭載した、ピュアオーディオ向けの2chアンプ。このチャレンジに多くの音楽ファンが賛同し、近年の売れ筋ナンバーワンとなっています。もちろん、CDなどで音楽を聴く時にも使えるので、その意味でマランツの作戦は大当たりです」
麻倉がマランツに合わせたのは、英国KEFの定番ブックシェルフスピーカー「Q350」。これだけ贅沢な音の環境で観る音楽はどこまでも躍動的で、普通のテレビ番組や音楽番組を流すだけでも充分に楽しい。特に、クラシック音楽のコンサートを歌わせればその実力がいかんなく発揮され、表現豊かな演奏を思う存分、堪能できる。
「同社が得意とする『UNI-Q』同軸ユニットは高音と低音が一点から出る点音源となり、音像・音場は実に良好。サウンド傾向は繊細ながら、コントラストがはっきりした英国仕込みで、リズム感もくっきりな本製品の音づくりは、あらゆる音源に適合します。音楽ならクラシックからラテンまで、音声ならセリフからアクションシーンまで、きわめて多彩な音に対して最大限のレスポンスを返してきます。マランツとの相性も抜群で、しっかりしたマランツの音づくりをうまく受け止め、スピーカーから情報量の多い、質感の高い音が聴けます」
今回この環境で視聴したのは、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートだ。
「弦の瑞々しさ、木管のビビッドさ、金管の上質なアグレッシブさなど、各パートそれぞれにウィーンフィルならではのよさが聴けました。それらが会場に響き渡る清々しい音場感にも、とても感動しました」
ポータブルプロジェクターで、屋外に映像を持ち出す。
現代のシアターは、屋外でも楽しめる。冒頭に紹介したXGIMI「MoGo pro」のようなポータブルプロジェクターを使えば、キャンプなど夜空の下でも映画を上映できるのだ。技術革新が生み出した、新たなアウトドア・アクティビティである。
「MoGo proは屋外で好きな映像を観ようというコンセプトの、スピーカーよりもさらに小さい超小型プロジェクターです。本製品の映像はフルHDの精細なもので、かなりしっかりとしながらも見栄え志向な強調感はなく、バランス良好な、少ノイズの絵です。光源が大きくはないので日中の明るいところでは難しいですが、暗い環境での映像の再現性は意外によかったです。ちなみにポータブルプロジェクターは、設置のたびにフォーカス調整・台形補正が必要。ですが、手動によるこの作業は、実に煩雑で面倒です。本製品は、投影画面1万カ所の測定で即座にオートフォーカシングし、台形補正も垂直方向は+40度まで自動で対応する機能が付いています。この全自動フォーカス調整・台形補正は、コンベンショナルなホームシアター用にほしいくらい利便性が高いと感じました」
プロジェクターに先行して普及しているポータブルスピーカーを使えば、上映環境がよりリッチになる。接続も従来の有線ではなくBluetoothなどの無線を使えば、さらにスマートな屋外シアターの完成。音量面のアドバンテージも含め、音はリッチな方がやっぱり面白いに違いないのだ。
「音はMoGo proからBluetoothでSonos『MOVE』へ飛ばし、しっかりした低音のサウンドを聴きました。Sonosは、従来的なステレオオーディオの延長ではなくワイヤレスで音を聴くことに特化したスピーカーづくりに専念するメーカーで、今回のMoveはポータブル型として出た新製品です。聴いてみると、かなりリッチな低音がしっかり伝わってきました」
どちらの製品もワイヤレス主体のバッテリー内蔵なので、信号線も電力線もなしに、どこでも楽しめる。MoGo proはOSにAndroidを搭載しているので、多彩なアプリを使った気軽な映像の視聴が可能。コンテンツ的に豊かな資源をもちながら、ポータブルでどこへでも持って行って楽しむことができる。従来のホームシアターの延長ではない、いまの時代・技術・デバイスだからこそできた、コンテンポラリーなパーティーシアターである。
映像とともに進化を遂げるホームシアター
技術革新と製品開発が進んだいま、ホームシアターは決して縁遠い世界ではなくなっている。テレビに少しアイテムを追加したり、外へ持ち出して皆で楽しんだりと、ホームシアターの入り口は意外なほど間口が広がっているのだ。
スタイルの多様化はもちろん、音と映像の世界は品質の向上が著しい。オーディオビジュアルにおける常識から一歩踏み出した製品開発が進んだ結果、普段の映像環境をリッチにするのも音を豊かにするのも、意外なほど簡単になっている。せっかくの好きな映画や音楽だからこそ、同じ観るならもっと楽しく、同じ聴くならもっと豊かに。そんな音と映像による魅惑の世界を、現代のホームシアターによってより楽しむことができる。こんないいものを楽しまない手はない。