nendoを率いるデザイナー・佐藤オオキさんが自身の片腕、nendoの取締役兼COOの伊藤明裕さんの家をデザインした。階段が貫いているという不思議な家だ。
「オオキさんに家を頼んだんです! 階段が外から家を貫いていて、面白い家になりそうです」
nendoの伊藤さんから話を聞いたのは昨年のことだ。一体どんな家なんだろう……。
それから4カ月ほど経って「家ができました!」との連絡をいただき見学へ。訪れたらかなり大きな階段が外から家に入り込んでいた。
この「階段の家」、佐藤オオキさんのコンセプトは? そこに暮らす伊藤さんの感想は?
「巨大な階段的なモノ」が、安らぎをつくり出す。
Pen編集部(以下、Pen): まず伊藤さんにお話を聞きます。設計の依頼はいつ頃ですか?
nendo伊藤明裕さん(以下、伊藤さん): 3年ぐらい前です。設計が1年半、施工が1年半。家を建てる機会があれば、オオキさんがデザインしてくれたらと思っていました。オオキさんは大学時代にご自身の家を設計しているから安心感があったんです。
Pen: 学部時代から始めて、修士課程の修了制作になった「引き出しの家」ですね。
伊藤さん: nendoは一風変わったものをデザインする、と認識されているかもしれません。けれど僕はオオキさんの身近にいてどれほど細かく気を配ってデザインしているか、よく知っているから一切不安はありませんでした。オオキさんは、住宅は個人のためにつくるもの、とよく言っていたし、あとは設備が重要とも。家はデザインが面白ければいいってものじゃないと思うんです。オオキさんはプロダクトもたくさん手がけていて、精度が高い。細かい部分への配慮にいつも感心します。
Pen: 伊藤さんは、どんな家をリクエストしたんですか?
伊藤さん: 明るい家、開放感がある家です。朝日で目覚めたいし、起きたらすぐに青空が見たい。また妻の両親との2世帯住宅なので、自然に交流が生まれる家をお願いしました。
Pen: オオキさんは、このリクエストからどうやって「階段の家」を発想したんですか?
オオキさん: 2世帯住宅、という第一の条件。さらに開放感がある家。そこでお母様が好きだという庭とのつながりを考えました。北側に建物を寄せて配し、南側は庭に。北側は閉じて、南側は開く、というプランです。自然と親世帯は1階、子世帯が2階・3階と決まりましたがそのままだと2家族が切り離されてしまいます。そこで、階段越しに1階から2階が見える、斜めの視線が抜けるような、家族がつながるための階段があったらと思ったんです。そうして考えたのが「巨大な階段的なモノ」。あたかも道路からのびて家の中に入っていくようにデザインしました。階段の先は天井のトップライトで、空に向かっていくようなイメージに。光とともに上へ抜ける階段です。
Pen: 植木鉢がたくさん並べられていますが。
オオキさん: 100個ランダムに並べました。庭が外から家に入ってくるようなイメージです。植木鉢はベトナムで焼いてもらいました。3サイズ、色は3〜4種類。全部同じ植木鉢がこれだけ多く並んでいると怖いんですよ。植物が段に腰かけているみたいに配置しています。
Pen: この階段を最初に見た時、石のような自然界のなにか、という印象を受けました。
オオキさん: 階段的なモノは巨大なプロダクトとしたかった。大きな異質なモノが横たわっている家。この階段的なモノに寄り添って生活すると、不思議な安心感が生まれるだろうと。怖い存在にならないように注意しました。色は現場で3度塗り直しています。冷たい感じではなく石のような感じに。階段は生活の拠り所で、デザインの拠り所にもなったんです。階段から順に全体を整えていきました。
天理駅前広場のコフフンとカシヤマダイカンヤマ、そして階段の家、で階段三部作。
Pen: この大きな階段、住戸に対して斜めなんですね。
オオキさん: 階段が家を左右対称に分けるようにまっすぐ入ってくるプランも考えたけど、普通に見えてしまって違うなと。去年、竣工した商業施設のカシヤマダイカンヤマで階段を随所に設けたんですが、階段の魅力に改めて気付いたんです。それに2017年につくった天理駅前広場のコフフンも、すり鉢状に設けた階段がベンチになったり、子どもの遊具になったりした。訪れた人々が、階段で盛り上がってくれたんですね。公共空間でうまくいき、商業空間で手応えを感じていた階段。結果的に住宅でも活躍してますね。
伊藤さん: 天理駅前広場のコフフン、カシヤマダイカンヤマ、そして階段の家。天理からの階段三部作(笑)。
Pen: このプラン、伊藤さん家族に受け入れられる自信はありましたか?
オオキさん: その年にやったものの中でいちばん緊張したプレゼンでした。怒られてつくり直しだろうな、と。普段のインテリアやプロダクトの仕事は、クライアントの要望やマーケティングからロジックで組み上げていけるんです。住宅はそうはいかない。個人的な思いが強いものです。伊藤がご家族にうまく説明してくれたんですよ。
伊藤さん: 家族もオオキさんを信頼しきっていたので、信頼感の連鎖で出来上がったんだと思います。
Pen: さて、この家にお邪魔して1時間ぐらいですが、とても寛げます。空気と光がいいのでしょうか?
オオキさん: 空調はよく考えました。階段の上部に空調のためのスリットを開けるなど、空気が心地よく流れるよう工夫しています。トップライトは実寸でつくって検証しました。家は一発勝負。当たり前だけど家具のようにプロトタイプはつくらないですから。検証できることはやっておきたいので、基本的な要素は実寸でつくって検証しました。
伊藤さん: 80灯のダウンライトも気に入っています。白と黒が基調で無機質に見えるかもしれませんが、この家、想像以上に落ち着くんです。お客さんからも落ち着けると言われます。床色のトーンも階段の色に合わせられていて、心地よい籠もり感がある。暮らし始めて一週間経ったぐらいで、すっかり階段は馴染みました。
オオキさん: コンセントや扉の手をかける部分など、表に出ざるを得ないところをきれいに、ときにオリジナルでつくる意義があると感じました。また家は、一年経って季節が一巡してわかることがあるんです、それこそが住宅の面白さだと思います。滞在時間が長いし、住む人が家に馴染んでいく。伊藤から話を聞かせてもらうのが楽しみです。
Pen:オオキさんと伊藤さんは、高校のボート部時代からの仲ですよね。ペアで国体出場も果たしたとPenの2013年の特集「なんかいいよね、nendoって。」でも書いてあります。おふたりの信頼関係はとても強いと承知の上で、あえて聞きます。家づくりは人生において大きなことです。おふたりが揉めることはなかったんでしょうか?
オオキさん: 先輩・後輩のいい関係が続いているように思いますね。バランスがいいんでしょうか。
伊藤さん: 家が完成して引き渡したら終わり、という感じだと、建築家と施主の関係がうまくいかなくなるように思います。オオキさんは、こんなにいい家を考えてくれて、さらに住んで月日が経った時のことも想像してくれている。数年おきにリフォームしたいと、いまから楽しみにしているくらいです。長く住み続けたいですね。