紙の書籍の売り上げが年々減っていくなかで、店主のこだわりが詰まった独立系書店や、インターネットを中心に展開する古書店など、個性的な書店が存在感を増している。その最前線を走る3店を訪れ、これからの時代における書店のあり方を探った。
大型書店でさえも、各地で相次ぎ閉鎖に追い込まれている昨今。しかしその一方で店員のこだわりや独自の世界観を打ち出し、個性を武器にする書店が増えてきている。売れ線の新刊にとらわれないユニークな選書や、本と一緒に雑貨も並べる売り場づくりなど、自由なスタイルで本との出合いの場をつくり出している。出版不況といわれる現在、彼らは何を考え、本を売ることにどんな意味を見出したのだろうか。個性が光る3店に、その思いを尋ねた。
ビート文化と旅に強い書店&カフェ「BAG ONE」は、“人が集まる場”を目指す。
まず1店目は、2019年10月に渋谷・松濤にオープンしたばかりの「BAG ONE(バグワン)」。旅や土地の文化にまつわる本を多く刊行している出版社「TWO VIRGINS」が運営する、「本を読む人が集まる場」がテーマの書店&カフェバーだ。美術館や劇場、映画館などが建ち並ぶエリアで、本好きはもちろん、映画や観劇帰りに立ち寄る人や、フラっと飲みに来る人も多いという。「もともと本屋という空間が好きだったんです」と語るのは、立ち上げ人のひとりである後藤佑介さん。書店の魅力は、「いろいろな趣味趣向の人がフリーで入れて、間口が広いこと」なのだとか。一方、現役の編集者で選書にも携わっている吉川海斗さんは、「僕らのつくった本や選書に共感してくれる方がいると嬉しいですし、背中を押される気がします」と話す。
本棚に目をやると、ジャンルごとに分かれていながらも一般書店の陳列とは一線を画す個性的なラインアップ。選書は店舗責任者である神永泰宏さんと後藤さん、吉川さんが行っており、大好きなビート文学やヒッピーカルチャー、旅関連の書籍が数多く並んでいる。棚を見ているだけで、自由や土地と暮らしを愛するこの店の姿勢が伝わってくるのがわかるだろう。また、書店だけではなく、1階の奥と2階が居心地のよいカフェバーになっているのも特徴。旅を感じさせるこだわりのフードメニューが充実しているほか、100種類以上のラムを楽しめる。2階にはプロジェクターが設備されており、アート作品を飾れる展示壁も完備。後藤さんは「この空間を活かして本にまつわるイベントを定期的にやっていきたい」と語る。
BAG ONEのこれからについて「本を売る場所というよりも、本を読む人とつくる人をつなげるハブになっていきたい」と語る後藤さん。「長く書店をされている方から見れば、僕らのやっていることはままごとに近いものかもしれません。でも、独立系の書店も増えてきていますし、今後は本のカタチも変わっていくのではないでしょうか。個人的には本がもっと生活の中で欠かせないライトな嗜好品になっていくといいなと思いながら、まずはこのお店を続けていくことが一番大事だと考えています」。その傍らで「出版不況といわれていますが、大変でも好きだからこそ続けられると思う」と吉川さんも頷く。スタッフたちの“好き”という気持ちこそが、人をつなげる原動力だろう。
さまざまな書店の棚を集めた“アンテナショップ”、「BOOKSHOP TRAVELLER」
BOOKSHOP TRAVELLERがあるのは、下北沢の中心街の喧騒から少し離れた場所にあるカフェ「anthrop」の奥。2018年の春にオープンした書店だ。運営しているのはライターの和氣正幸さん。10年からBOOKSHOP LOVERとして全国の独立系書店を巡る活動を展開しており、SNSで情報を発信したり書籍も多数出版したりしている。この書店のテーマは「本屋のアンテナショップ」。言葉どおり、複数の独立系書店やクリエイターが棚単位で出店をしており、各店がセレクトした書籍を手に取ることができる。ここに来れば一度にたくさんの書店を訪れたような感覚を味わえるだろう。「ここでいろいろな書店を知ってもらい、本屋を巡る旅をしてほしい」という和氣さんの願いは、店名にも込められている。近隣の住民はもちろんのこと、各地の書店を巡りたいという本好きが、遠くから足を運んでいるという。
間借り店主の顔ぶれは、実際に店舗を持つ独立系書店のみならず、インターネットのみで展開している書店、出版社、著者、デザイナーなど、実にさまざま。そのためジャンルも多岐にわたっており、棚をずっと見ているだけでも飽きることがない。和氣さんの棚もあり、自身がセレクトした書籍が並ぶ。「現在の出店数は65店ほどですが、100店を目指しています」と和氣さん。ちなみに間借り店主は、1日店長として店頭に立つこともある。本を手に取るお客さんと直接交流できるのは、間借り店主にとっても発見があるという。
また、和氣さんは書店を開きたい人を応援する活動にも力を入れる。たとえば間借り店主同士で書店運営のノウハウを共有できるよう、店主限定のイベントなども行っている。
BOOKSHOP TRAVELLERの展望について、和氣さんは「今後、喫茶スペースで展示や芝居などもやれたら面白いですよね。スナックもやってみたいです。僕自身まだこの空間を使いこなせておらず、少しずつバージョンアップしていく予定」と語る。
「本を買うだけではなく、本について話したい、と思うことがありますよね? 僕は本をコミュニケーションツールとして捉えています。“ブックカルチャー”というものがあるとしたら、インターネットだけでは足りない。ブックカルチャーに属している人が集まるリアルな場所が、ここだけではなく各地にあると楽しいと思うんです。そんな場を増やす活動を続けていきたいです」。和氣さんの言葉からは、本と書店を愛する“人”への愛が伝わってくる。
海外からも注目される、希少な古書を扱う「ATELIER」
早水香織さんの運営する「ATELIER(アトリエ)」は、実店舗を持たない通販専門の古書店。公式サイトや古書専門サイトなどインターネットからの注文のほか、各地で開催される古本市といったイベントに出店する機会も増えている。元デザイナーの早水さんは、大規模書店や古書店で働いたのち、2018年にATELIERを立ち上げた。スタッフの少ない古書店での仕事は大変だったものの、その経験を活かして独立を決めた。安い単価の書籍を数で売る古書店も多くある中、ATELIERは価格の高い希少価値のあるものを厳選して扱っているのが特徴といえる。注文のほとんどがインターネットからで、海外からの注文にも対応している。早水さんは、「60年代の田中一光が手がけた『流行通信』や、奈良原一高などのアーティストの書籍をサイトにアップすると、海外からの問い合わせがすぐに入って驚きます。この年代のアーティストたちが海外から注目されていると勉強になりました。デザインを通じて、世界とつながっていると実感します」と話す。
おもに取り扱うジャンルは、デザイン雑誌や写真集、展覧会カタログ、美術書、建築本など。絶版となっている貴重なバックナンバーや、洋書も揃えている。早水さんは大学でデザインを学んでいただけあり、アート関連の知識が豊富。「好きなことのほうが入り込みやすい」と、ジャンルを絞って展開するようになった。「ひとりで運営しているため、当初はイベントへの出店はあまり重視していませんでした」と早水さん。しかし大判のビジュアルブックやデザイン書を扱う古書店は珍しいということもあり、イベントの主催者から頻繁に声がかかるようになったという。昨年の夏はアーティストの安藤晶子と一緒に渋谷ヒカリエのギャラリーで初のポップアップストアを実施した。
「老舗の古書店も、インターネットでの販売に力を入れるようになっていると感じます。時代的にインターネットは必須ですね。あと私は、ジャンルを絞ることと、そこできちんと“目利き”になることを重視しています。今後手に入らなくなりそうなもの、価値の上がるものを見極めるのは難しいですが、日々勉強です。知らなければ仕入れもできませんから」
今後、書店として生き残っていくためにも、より個性を磨いていきたいとのこと。ATELIERを立ち上げてから、自分が面白いと思ったものでも、伝える力がないと振り向いてもらえないことに気がついたという。「お客様に直接伝えられるよう、ポップアップストアなどの出店にも力を入れていきたい」という早水さんの言葉からは、美しいデザインブックの古書を通じて、感動の共有や、世界を広げる出合いの場をつくりたいという意気込みが強く感じられる。
個性あふれる独立系書店が、「二子玉川 本屋博」に集合する。
先に紹介した3店はもちろん、日本各地のさまざまな独立系書店40店が、1月31日(金)・2月1日(土)に開催される「二子玉川 本屋博」に集まるという。東京・二子玉川駅の駅前「二子玉川ライズ ガレリア」を会場として、書店を巡りながらライブやキッチンカーも楽しめる野外イベントが行われるのだ。
企画したのは、「二子玉川 蔦屋家電」でブックコンシェルジュを務める北田博充さんと中田達大さん。蔦屋家電は大型書店でありつつも、従来の陳列の型を破りジャンルやテーマごとにこだわりの書籍が集められ、さらに家電製品が書籍と呼応するかのように並び、日常に本が溶け込んだライフスタイルを提案している。
なぜいま、本屋博を開催しようと思ったのだろうか。その理由を北田さんに尋ねた。
「出版不況など、本にまつわるネガティブなニュースが多いですよね。でも、店主の個性を感じる面白い本屋は各地にあります。そこで、それらを同じ空間に集めたいと思ったのです。普段本屋に行かない人にも、この空間を味わってほしい。“本屋の魅力は店主であり、人だ”、ということを知ってもらいたい。それを実現する野外フェスをイメージしました」
北田さんは普段からさまざまな書店に行くなかで、店主や働いている人の心の熱さを感じることが多いのだとか。「本を売るだけではなく、人を大事にしている店主が多い」と感じた北田さんは、本屋博を「人ありきのイベントにしたい」と語る。たしかに、気になる本屋を見つけて店主と交流するのは、インターネットではできない体験といえるだろう。
「書店って、規模にかかわらず品揃えやコンセプトに、店主や書店員の個性が出るものだと思っています。本を買いに行くだけではなく、そこで働く人に会いに行くという書店の楽しみ方を、本屋博では体験してほしい」と北田さん。中田さんも「本を読まない人にもぜひ来てほしいです。本屋博で終わりではなく、ここで出合った本や店主たちが、その人の暮らしの中で印象的であり続ければと思っています」と言葉を続ける。
これからの書店は、“本を売る/買う”という単純なやり取りの場ではなく、人と人とが本を通してさまざまな体験を共有する場になっていくはずだ。本屋博はそのことを知るきっかけを与えてくれるに違いない。