2015年にグッチのクリエイティブ・ディレクターに就任したアレッサンドロ・ミケーレ。どこかエキゾティックなデザインなど独自の世界観は、一見するとリアルクローズに取り入れにくく感じるかもしれない。しかし、ジャケットやコートなどそれぞれのアイテムをよく見てみると、そこには脈々と受け継がれてきたグッチのエレガンスが表れている。
ファッションシーンを席巻するグッチ。このイタリア・フィレンツェ発祥のブランドは、ラグジュアリーブランドのパイオニアと形容しても過言ではない。ブランドがたどってきたストーリーはドラマティックであり、そのプロダクトは多くの人を魅了してきた。そして現在のクリエイティブ・ディレクター、アレッサンドロ・ミケーレは時代に先んじたデザインが評価され、レザーグッズのショップ兼ファクトリー発祥の同ブランドを最先端のファッションハウスへと復興させた。
ふんだんな刺繍、絢爛豪華なプリント使い。そのデザインイメージからインフルエンサーやセレブリティが愛用している印象が強いかもしれないが、2020年クルーズ コレクションから趣が少し変わった。かつてのボスであるトム・フォードの残り香がほのかにする、大人な雰囲気もある。
気鋭のデザイナーを起用して、業界を牽引してきたグッチ
グッチは、華麗な物語を紡いできた。グッチオ・グッチがフィレンツェにてレザーグッズ専門のファクトリーとショップとして1921年にグッチを創設。続いて、2代目のアルド・グッチがグローバル展開や“ロゴ”を発案した。彼が現代のブランドビジネスの基礎となるような打ち手を次々と展開し辣腕を振るい、あっという間に世界を虜にするブランドとなったといえる。
日本にはセレクトショップの先駆けである、銀座のサンモトヤマ創業者の故・茂登山長市郎氏が62年にグッチを導入した。80年代に入り、グッチは一族の内紛の影響を受けて一時期低迷するが、それを再興させたのが現在自身のシグニチャーブランドを手がけるトム・フォードだった。
90年に加わった彼はレザーブランドだったグッチに“スタイル”をつくった。そしていまのラグジュアリーブランドビジネスにおいて必須の役職“クリエイティブ・ディレクター”の走りでもあった。クリエイティブ面においては、フォードがすべてを管轄し、当時グッチ社長だったドメニコ・デ・ソーレも口出しできなかったという。
フォードのテイストは、セクシーでソリッド。ポルノ・シックと形容されたコレクションは黒、ミッドナイトブルーを基調とし、夜や官能性を感じさせる。ベルベットやサテンなど光沢素材を多用し、ダンディな男を描いた。さらに、大人にこそできる遊びがあるとでもいうように、2003年春夏にはスカジャンを登場させた。ラグジュアリーなシルクサテンにスーベニア調の刺繍がなされているのだが、リバーシブル仕様で片面には春画の刺繍が施されていた。
この性的なエッセンスと煌びやかな空気感、そしてダンディなテイストはグッチのファッションを体現しているものだ。04年にフォードが退任した後は、数人を経てフリーダ・ジャンニーニがトータルクリエイティブ・ディレクターとして06年から15年まで長くグッチを率いた。彼女はフローラ パターンを復活させるなど、より華やかなグッチを描写。安定して人気を得たといえる。
そして2015年、アレッサンドロ・ミケーレにバトンが渡され、2015-16年秋冬より新風を巻き起こし、快進撃を続けている。性の要素はジェンダーというワードに替わり、ダイバーシティが叫ばれる現代の性を表現する。煌びやかな雰囲気は豪華絢爛になり、ダンディズムは肩の力が抜けた構築感に置き換わった。ミケーレのジェンダーフルイドなコレクションは時代の舳先に立っているのだ。
ニューダンディといえる、新たなジャケットスタイル
ミケーレのグッチというと、刺繍や幻想的なプリント、パッチ使いなど多様で混沌とした世界観をイメージするかもしれないが、2020年クルーズ コレクションはロゴやアイコンが控えめ、クリーンな印象となった。ボヘミアン、マリン、テーラード、プレッピーなどの要素がミケーレらしくまとめられる。構築的なテーラードジャケットとムーディーなベルベットボトムというダンディなアイテムをミケーレの視点を通してボヘミアンに進化させている。ボーラーハットのオレンジと、パンツのパープルのコントラストも彼らしい色づかいだ。
男の肌ともいえるスーツを見てみよう。2020年クルーズ コレクションで新たにモデリングされたスーツは、スクエアなフォルムが特徴的。ジャケットはかつてのパワーショルダーのように肩幅を出しつつも、ウエストはダーツを畳まずくびれをつくらずそのままボクシーに布を落としたシルエット。パンツはテーパードした短丈。80年代テイストと、ウエストダーツを畳まないブルックス ブラザーズのナンバーワンサックスーツが掛け合わされたかのようなデザインだ(ちなみにトム ブラウンのスーツはブルックス ブラザーズのこのスーツを彼の視点で再設計したもの)。逆三角形に見えるこのスーツのシルエットはとてもモダンで新しい。歩くたびにジャケットが揺れ、軽快だ。スーツというオーセンティックなスタイルをアップデートしようというミケーレの気概を感じる。彼は新しい男性像、ニューダンディをつくり出しているのだ。
脱力したシルエットで、余裕を感じさせるコート
スポーティなネイビーのパンツ、旅を想起させるバッグ柄のニット、優しく包むショールカラーのムートンコート。さまざまな要素を違和感なくまとめ上げるミケーレのクリエイティビティは、ジャンポール・ゴルチエやドリス・ヴァン・ノッテンのような先達の才能に近いものを感じる。刺繍、プリントのみならず、このルックのようにシンプルな異要素のアイテムでも、クリーンにまとめるのはさらに創造性が増した所以だろう。温もりを強調したウールのバッグ&シューズは、重厚と軽快が入り混じるスタイリングの中で、大人の余裕を演出するようでもある。
このキャメルのダブルブレステッドコートは、ベルナルド・ベルトルッチ監督の名作『ラストタンゴ・イン・パリ』のマーロン・ブランドのようにノンシャランでダンディ。トム・フォード時代のようなグラマラスな男性像に通ずるダンディズムを感じさせる。しかし、フォードのようにきっちりし過ぎるのではなく、フィットはオーバーライクで肩の力が抜けモダン。そして金ボタン、袖の折り返したカフスなどノーティカルな仕様で遊びを見せる。
これまで時代に沿って、創造性とビジネスの両輪を回してきたグッチ。2020年春夏コレクションでは、太めのラペルやベルボトムなどクラシックなテイストがいっそう進み、ミケーレの新しい局面を感じさせる。アレッサンドロ・ミケーレのグッチに袖を通すなら、まずは2020年クルーズから試し、その華麗さを実感してみてはいかがだろうか。エレガンスを求める大人の男こそ、ミケーレのグッチを着るべきだ。
●参考文献
『グッチの戦略:名門を3度よみがえらせた驚異のブランドイノベーション』(長沢伸也、小山太郎、岩谷昌樹、福永輝彦著 東洋経済新報社 2014年)
『江戸っ子長さんの舶来屋一代記』(茂登山長市郎著 集英社 2005年)