3年ごとに岡山市で開催される国際現代美術展「岡山芸術交流」。アーティスティックディレクターにアーティストのピエール・ユイグを迎え、第2回がスタートした。「岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が」のタイトルのもと、9カ国より18組のアーティストによる40点ほどの作品が芸術祭を彩る。
地域への新しい文化的価値の創出や交流人口の増加を目指し、2016年に第1回が開催された「岡山芸術交流」。アーティストのリアム・ギリックがアーティスティックディレクターを務めた展示が評判となり、23万4千人の来場者を集めた。第2回となる今回、期待は様々な数字に表れている。前回14000枚ほどだった前売券の売り上げ枚数は26000枚に、民間企業からの協賛金は8000万円から1億1000万円に、文化庁等からの助成金は6500万円から8500万円にそれぞれ増加見込み。そして、小・中学校からの見学申し込みが42校から68校に増えたのは、未来への文化活動として何よりも素晴らしい成果だといえるだろう。今回、アーティスティックディレクターを務めるピエール・ユイグは、「IF THE SNAKE もし蛇が」というタイトルをつけた。テーマではなく、あくまでも展覧会タイトルだ。参加アーティストを展覧会コンセプトで縛ることなく、しかし作品同士が作用しあって新しい世界を創造することを意図したという。
岡山市の中心部が一つの巨大なアート展会場に
「岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が」のメイン会場は、旧内山下小学校。会場に入り、入口からほど近くのプールに行くと、そこにはピンクのドロリとした液体が張られ、脈打つかのように水面がブクブクと泡を立てている。『皮膜のプール(オロモム)』と題されたこの作品を手がけたのはパメラ・ローゼンクランツ。スイス出身のマルチメディアアーティストはピンクの液体に「オロモム」という造語による名前をつけ、それ自体を作品タイトルとした。ヨーロッパ人の肌の色を平均値化した色としてこのピンクを生み出し、人がなぜ肌の色を話題にするのかを再考する意図でこの作品を手がけたという。ブクブクと泡立つピンクの液体が25mプールいっぱいに張られると、なんともいえない存在感、液体が生命活動を行なっているようなイメージが生み出される。
そしてふと見上げると、背後のRSK山陽放送の建物には無重力空間を遊泳するカエルの巨大な映像が! ジョン・ジェラードが手がけた『アフリカツメガエル(宇宙実験室)』だ。脊椎動物が無重力空間で生殖活動を行えるかというNASAによる実験のニュースと、18世紀にルイジ・ガルヴァーニというイタリアの物理学者が死んだカエルに電気火花を当て、死んだ筋肉が痙攣することから神経系の研究を進めたという歴史上の出来事を聞いた時の「ショックをCG映像に表現した」と作家は説明する。
この2点の作品が組み合わさった様子が、ユイグの目指した意図を一つの形として具体化している。そう、なんとも言えない相互的な影響がそこに見て取れるのだ。手前でボコボコと動き続けるピンクの液体と、奥の方で空中を浮遊している巨大なカエル。あらゆる生命体の運動はすべてが互いに関連づいているのではないか、影響を与えあっているのではないか、そんな根源的な問いかけを突きつけてくるような効果が生まれている。
旧内山下小学校内では、パメラ・ローゼンクランツの『皮膜のプール(オロモム)』を後にして校舎に向かうと、今度はマシュー・バーニーとピエール・ユイグの作品が目に入る(タイトル未定)。それはひとつの装置だ。電気めっきタンクにエッチングの施された銅板が設置されていて、常に電気めっき加工が行われている。電気が流され、銅板の表面に付着物が集まってめっき加工され続けるのだ。結果としてエッチングが形を変え、作家のコントロールを超えた立体作品が生まれることを企図。水槽には生命維持システムが装備され、カブトガニやアネモネなどが飼育されており、そうした海洋生物の生命活動が銅板上に固体化していく。
生命活動ーーふと頭に浮かんだこのキーワードが、パメラ・ローゼンクランツの『皮膜のプール(オロモム)』を思い起こさせる。ユイグが展覧会全体を「独立した一つの生命体である」と語るのは、隣り合った作品が干渉しあったり、見た作品の印象やそこに対しての自分の解釈が鑑賞者の意識の中で、あるいは一緒に見た人同士の会話の中で関係を持ち、思考やイメージが広がることを言い表しているのではないか。1km四方ぐらいのエリアに点在する展示を見ていると、徒歩で移動しながら色々な作品の印象がぶつかり合い、展示を前にして別の作品の記憶が蘇ることもあり、そんなユイグの意図に気づかされるはずだ。
アーティストごとに多様に表現された生命
旧内山下小学校から歩いて5分ほどの場所にある岡山県天神山文化プラザに向かう。ここに展示されているのは2名の作家による作品。エティエンヌ・シャンボーの『ソルト・スペース』は、薄暗く広い空間の床に、死んだ動物の骨粉が撒かれた空間作品だ。会場を歩いていると、靴底で骨粉を踏み砕いてしまう感触が足裏に伝わり、複雑な気分だ。倫理的にやってはいけないことをしているような感覚も込み上げてくるし、一方で、白い粒状の物質が撒かれた光景からは星空を思い浮かべるかもしれない。死んだ動物の骨粉という正体を知るか知らずかによって、多様なイメージの広がりについて考えさせられもする。
そして別フロアのもう一つの空間に展示されている作品のひとつが、ミカ・タジマによる『ニュー・ヒューマンズ』だ。「人工的な『ヒト』の新しい集まりが黒い磁性流体の表面に立ち現れる。機械学習プロセスによって生成された、活発な磁性流体は、超自然的な生命体がその姿を変形させているかのようだ」と、作品キャプションに記されている。その様子はまさに生命体の動き。意思を持たずに動き続ける生命体のイメージだ。そしてここでもまた、他会場に展示された作品から感じた死生観、新しい生命体の可能性がさまざまに思い出される。
『ニュー・ヒューマンズ』は旧内山下小学校で見たパメラ・ローゼンクランツの『皮膜のプール(オロモム)』と質感的な印象がリンクしており、また、古い土俵に展示されたローゼンクランツの『癒すもの(水域)』にも動きという面で通じるものがある。蛇を模した立体作品で、外的刺激の蓄積によって蛇のように突然動き出すこの作品と生命体の動きという点で共通しているのだが、同時に意思の有無の違いを感じられる。
さらには、林原美術館に展示されていたイアン・チェンの『BOB(信念の容れ物)』。画面に投影されるのは、「生命の容器」となって画面上で生き続けるBOB(Bag of Beliefs)という名の人工生命体。AIによって自ら動き続けるBOBの動機は「欲望」だ。画面上に現れる生き物を食べてしまう様子など、プログラムされた動きではなく、まさに意思を持ったAIがそこに「生きている」ことが伝わってくると軽い恐怖を覚える。画面の中に生まれたAIが生命を持ち、スクリーンから飛び出して別の容器を手に入れることで人の社会に悪さをしてしまうのではないかと…。
古代の壁画に描かれた儀式の様子や動物などの姿、そして宗教画の歴史などからも、人間が芸術として死生観を表現し続けていたことがわかる。そして現代アートの世界では、その死生観の表現が、生命操作やAIという非生命体の自律運動にまで及んでいる。
アーティストであるピエール・ユイグが大きな作品の設計図を描き上げるように、18組の作家を異なる場所に配置しながら展示全体のアートディレクションを行なったことで、社会観や倫理観、テクノロジーの可能性など、いくつもの視点から行われている最先端の生命表現に触れられる。「展示が始まったら私はすっと背後に消え、アーティストに焦点が当たってほしい」とユイグは記者会見で語っていたが、この先鋭的な国際芸術展の実現に果たしたユイグの役割はあまりに大きい。
『岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が』
開催期間:2019年9月27日(金)〜11月24日(日)
開催場所:旧内山下小学校、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館、岡山城、シネマ・クレール丸の内、林原美術館ほか岡山市内各所
開場時間:9時〜17時
※入館は16時30分まで
※一部外部作品は無休、22時まで
休館日:月曜日、11月5日(火)
※11月4日(月)は振替休日のため営業
入館料:一般 ¥1,800(税込)、一般(岡山県民) ¥1,500(税込)
https://www.okayamaartsummit.jp/2019/