【GO! 東京“ヤンクラ”カービルダー】VOL.1 普段づかいで原宿を駆け抜ける、マーク1仕様のローバーミニ

  • 写真:香賀万里和
  • 構成・文:青木雄介
Share:

“ヤンクラ”、ヤングクラシックとはクルマの世界で1980~90年代の比較的若いクラシックカーのこと。ヴィンテージ感を漂わせつつ、日常づかいに優れた“毎日の足”にもなり得る。そんなヤングクラシックのクルマを中心に、映像作家、米倉強太さんが友人のために制作した世界で一台だけのクルマを紹介する。

ファッションブランドやCMの映像ディレクションを手がけるクリエイター、米倉強太(ごうた)は25歳にして生粋の“モーターヘッド”。クラシックカー好きでカスタムカー好き。愛車はサーキット仕様の86年型ポルシェ911ターボだ。そんなクルマ好きの米倉のもうひとつの顔は、カービルダー。親しい友人のために、東京で乗るための最適な一台をつくっている。この連載ではその友人たちをゲストに、クルマの完成までのストーリーをひも解いていく。聞き手はPen Onlineで『東京車日記』を連載している青木雄介。

90年代後半、黒のローバーミニ・マーク1仕様

東京の渋⾕区某所、JRのガード下から⿊のローバーミニが現れた。降り⽴ったのはミニの小さな⾞体とはアンバランスな背丈の⾼い30代の男性。この男性は原宿で美容室も経営する、ヘアメイクアーティストのタグチジュンさん。タグチさんのために⽶倉さんが選んだクルマは、根強い⼈気を誇るローバーミニの96年式ミニクーパーだった。

ハンドルは60年代のミニ・マーク1のもの。細いステアリングホイールがクラシックカー気分を盛り上げる。

──真っ黒のローバーミニ、夜に合いますね。

米倉:オーナーのジュンさんは原宿で美容室をやってるんですけれど、僕の中ではモノクロの人ってイメージなんです。お店の中も真っ白で、椅子とかも革張りの黒なんですよね。“テクノ”っていう感じで。ただクルマを全部、黒にしちゃうとアクセントがないですよね。だから逆にいかに「黒じゃなくしていくか」って考えたんです。いかに「引き算をしていくか」っていうか。

──なるほど。黒のイメージを強調するための引き算ですか。面白いですね。ちなみにこのローバーミニって96年式ですよね? 結構、新しめの個体を買ったんですね。

米倉:まずエアコンが欲しいし、エンジンもキャブレターだと都内で乗るのは、さすがに厳しいと思って。選んだ理由はエアコンが大きいです。これ、すごい効くんです(笑)。

──サイズも小さいからエアコンは効きそうですね!

米倉:そうそう。1990年代前半のローバーミニは、ボディがめちゃくちゃ錆びやすいんです。この年代はボディが亜鉛のメッキになってるんで錆びにくい。

──そしてロールバーもインストール。

米倉:はい。ミニといえばラリーモンテカルロのイメージが強いので、レーシーなロールバーはどうしても入れたかったんです。基本的には60年代のモーリスミニ・マーク1仕様。内装のパネルは全部、黒にして、ドアノブはアルマイト加工で仕上げました。アルマイトは強いんでこすったり、毎日使っても色褪せたりはしないんですよね。この辺も、ジュンさんが毎日使えるようにって考えました。

ふたりは仕事仲間。パーツを探したり情報交換をしながら、ミニを仕上げていった。

“見せない”にこだわる、引き算のインテリア

──愛がありますね。インテリアがきれいにレイアウトされていますね。目ざわりなアイテムがまるでない。

米倉:ブルートゥースの機械とかも、シートの下に隠してるんです。ジュンさんが出したくないって言うから(笑)。

タグチ:そうそう。極力、そういうのは出したくないんです。

──わかります。そこはこだわりたいですね!

シックな黒のインテリア。真ん中にレブカウンター(回転計)を取りつけた。ウィンドーのハンドルやドアノブはアルマイト加工で渋いシルバーの風合いが活かされている。

米倉:このハンドルはジュンさんがヤフオクで見つけてきたの。本物のマーク1のハンドルです。7万円ぐらいしたんですよ。ジュンさんが「かわいいなぁ」って買っちゃった(笑)。

タグチ:そうね。「かわいいなぁ」ってなっちゃった。

──やっぱりミニは真っ先にハンドルを見ちゃう。間違いないですね。

米倉: ミニのカスタムといえば、ヘッドレストのないコブラのスポーツシートにするのが定番なんですけど、あれだと本当に乗り心地が悪くなっちゃうんで、シートはオリジナルそのままにしてあります。

──それに上からシートカバーをかけた感じですか?

米倉:そうです。そうです。あとメーター類は定番の追加メーターで、ミニはレブカウンターがついてないんでつけました。

──そこはポルシェ乗りの血が騒いだんですね(笑)。

米倉:はい。このメーターは僕のポルシェをつくってくれている工場にあった余りモノです。

──あはは。そうなんですね。もともとポルシェについてたってものではないんですかね?

米倉:ではなくて、あったものをもらいました(笑)。そしてロールバーも組みましたと。

──細いですね。パイプ径が小さめ。スタイリッシュだなぁ。

米倉:そうそう。正直、役には立ってないロールバーです(笑)。

こだわりの細めのロールバー。自分たちで手づくりで組み、装着までした。ミニのエンジニアとして名声をはせ、車名にもなったジョン・クーパーへのオマージュが込められている。

オーナーのイメージを優先し、特注パーツも“手づくり”にこだわる。

──そこはやっぱりラリーモンテカルロに敬意を表してって感じですね。

米倉: このクルマで目に見えて「いじってるな」って言える部分はこのロールバーだけかも知れないですね。ロールバーも黒に塗るか、シルバーに塗るかって悩みどころなんですけど、これを黒にしちゃうと、ちょっとジュンさんのイメージじゃないかなとも思った。僕のジュンさんのイメージって限りなく黒いんだけど、黒じゃない部分もだいぶあるから。

──さっきの引き算の話ですね。だからロールバーはあえてのシルバー。

タグチ:そこまで汲み取っていただいてありがたいです(笑)。

──ホイールもこだわっていますね。これは純正じゃないですよね?

米倉:じゃないですね。じゃないですけど、60年代のマーク1のホイールなのかな。定番の10インチです。これに換えちゃうと高速で80キロぐらいしか出せなくなっちゃうんです。ホイールが小さいから、ギア比が変わってきちゃう。このミニは4速のマニュアルなんだけど、5速のミッションに乗せ換えれば、だいぶ高速でも乗りやすくなるはずなんですけどね。

──ホイールサイズを変えてるから仕方ないですよね。メーター読みのスピード数値も、実際と違ってきちゃったり。

米倉:はい。まぁ、街乗り仕様だし「そこまでしなくてもいいかな」って。マフラーもこのミニ用につくりました。

──ワンオフでつくったんですか?

米倉:そうそう。基本的に、この車はワンオフのパーツが多いですね。内装は売ってるパーツも多いけど、シフトノブとか自分たちでペイントしています。いわゆる塗った黒じゃなくて、くすんだ黒っていう風合いの。


オーナーと二人三脚で、こつこつ仕上げたローバーミニ

クルマでいちばん小さいのがミニ。タグチさんは英国車であるミニにずっと興味をもっていた。都内を移動する足としてミニは欠かせない。

──ちなみにジュンさんがこのクルマを米倉くんにお願いした経緯って、どんな感じだったんですか?

タグチ:強太くんはなんといってもクルマオタクなので、これは全部お願いしたほうが「絶対いいな」って思ったんですよね。僕はやっぱりイギリスのミニがいい。「そんなに得意じゃないかもしれないけれど」っていうので軽く訊いてみたら、自分の引き出しにあるものよりも、ものすごくいっぱいイメージが出てきました。だから「じゃあ、もうお願いします」って感じでした。

米倉:ジュンさんと知り合ってからこのミニをつくるまで、結構時間がかかりましたよね。ジュンさんはヘアメイクさんなんですが、もともとは仕事での関わりだったんですよ。

──強太くんも普段から、ジュンさんのところで髪を切ってるんですか?

米倉:そうっす。そうっす。

──なるほど。実際にクルマの依頼があってから制作期間はどれぐらいでした?

米倉:3~4カ月ぐらいですかね。

──元の車体はどこで見つけてきたんですか?

米倉:このクルマの前のオーナーさんがレストアをしている途中に、金銭的な問題で手放さざるを得なくなっちゃって買い手を探していたんです。これからマーク1仕様にする途中だったみたいです。だから足りないパーツもそんなにないし、普通のミニをイチからマーク1仕様でつくると考えたら、たぶん250万円はかかっていたんじゃないかなと思います。

──初期投資込みってことですね。ラッキーですね(笑)。

米倉:そう。ラッキーでした。ジュンさん、これって全部で180万円ぐらいでしたっけ?

タグチ:うん。それぐらいかな。


作業前のローバーミニ。このまま乗ってもよさそうなコンディションだ。
制作したロールバーを仮止めしている。調整が済んだらいったん外して内装の作業に入る。

“ヤングクラッシック”なローバーミニを、普段づかいにする。

──やっぱり最初にクルマありきですよね。またクルマに話を戻すと、エンジンまわりはいじってますか?

米倉:壊れずに乗れたらいいんで、オルタネーターとかミニで一般的によく故障すると言われているところはパーツを交換しています。

──いずれ故障するところですもんね。2001年にBMWがミニを販売するようになってからは、もちろん信頼できるようになったけど、それまでとはまったく別物になりましたもんね。

タグチ:そうなんですよ。僕にとってミニはローバーミニ。こっちの限りなく小さいのがいいんですよね。

──タグチさんは昔からミニが好きだったってことですけど、映画の影響とかですか?

タグチ:うーん。なんか「小さいクルマはミニ」って自分自身が刷り込まれてる感じはありますよね。ミニといったら、このサイズでこの形みたいな。ちょっとポンコツなところもかわいくて(笑)。

米倉:ヨーロッパへ行くとわかるけど、日本のほうがミニは数多く走ってますもんね。

──そうなんだ。面白いですね。もともと日本ではミニが人気で、1980年代にブームになったこともある。自分も何度もローバーミニを考えたことあるんですけど、ハンドルが重いからなぁ(笑)。こんなに小さいタイヤなのになかなか手強い。家族も運転するとかになると、抵抗あるんですよ。

米倉:確かにハンドルの重さはローバーミニのネックですよね。

搭載された1271ccの直列4気筒OHVエンジン。ミニを製造していたBMC(ブリティッシュ・モーター・カンパニー)は40年にもわたって、このBMC-Aタイプと呼ばれるエンジンに大きな変更を加えなかった。
こだわりのステンレス製レーシングワイパー。社外品ではなくカフェレーサーよろしく当時の本物。

強めのポルシェテイストが、米倉強太流!? 

──あれ。このワイパー、左右が連結してるんですか?

米倉:そうそう。このワイパーは当時の(本物の)レーシングワイパーなんですよ。

──うわ! 気づかなかった。アナログでめちゃくちゃかっこいい。

米倉:左側だけが駆動して、右側はそれについてくるだけなんですよ。これはいつもポルシェを入れている工場の人が探してきてくれたんですけど、どこから手に入れたかわからない。それとこのボンネットフードを留めてる革ベルトは、ナローポルシェ(※)のものなんですよ。

※主にポルシェ911初代(901型)を指す。車体がスレンダーなことから愛称としてナローポルシェと呼ばれている。

──そうなんだ。ナローでもボンネットフードをこの革ベルトで留めたりするんだ。欧州車って感じでいいですね。

米倉:あとね、このフロントグリルについてるボルトって、本来はないんですよ。取っちゃおうかなと思ったんだけど、この先、ジュンさんがラジエーターの調子が悪くなって交換したいってなった時に、このボルトを外せばグリルが一発で外せるから、交換が楽ですよね。だから残しておきました。グリルが簡単に外せないと工賃が余計にかかっちゃうんです。純正だと裏留めのボルトがたくさんあって、外すのが大変なんですよ。

──強太君、めっちゃ優しい。このヘッドライトは純正じゃないでしょう?

米倉:いえ、純正のマーク1のヘッドライトです。このヘッドライトはジュンさんがネットで見つけてきたんです。めちゃくちゃ暗いライトで……(笑)。

タグチ: 暗いんですよ(笑)。

米倉:このヘッドライトの中の三角形が粋なんですよね。このためにつけてるようなものです。オリジナルのマーク1のミニは、このヘッドライトなんですよ。90年代の純正は違うんだけど。

ヘッドライトはマーク1のスリーポイントヘッドライト。フロントグリルにはネジがついていて取り外しが自由になっている。

とことこ走るのがかわいい、こだわりのマーク1仕様

──そっかそっか。ジュンさんはこのミニ、もうどれぐらい乗ってるんですか。

タグチ:もう1年経つかな。かわいいっすよ。千葉にもお店があるんで、そこ行く時とか乗って行きます。プラっと。だいたい下道(したみち)をゆっくり走ってる感じですね。とことこ行くみたいな感じで(笑)。

──なるほど。とことこのんびり行くのが良い感じのミニなんですね

米倉:このミニは高速では乗れたもんじゃないんですよ。

タグチ:時速が100 km越えたらなにも聞こえなくなっちゃうんです。音がうるさくて。

米倉: これ本当に音が最悪なんですよ。スピーカーケースを見せたくないから、わざわざトランクフードに穴を開けて、スピーカーをつけてるんですけど、音は最悪です(笑)。

──ウケる(笑)。せっかくブルートゥースで音楽も聴けるようにしてあるのに。

米倉:そうそう。せっかくオーディオもこだわってるんだけれど、音は最悪っていう。

──アハハハハハ。

米倉:これは間違いだったかも(笑)。遠出は向かないから、渋谷区を走るのが丁度いいぐらいなんですよ。個人的な好みで言うとロールバーも太いのを入れて、剛性がしっかり効くようにしたいんだけど、ジュンさんはそういう感じじゃないなって。

──ブレーキをディスクに変えて、オーバーフェンダーを取りつけて、もっと太いタイヤを履かせるって方向もあるよね。

米倉:うんうん。それも格好いいですよね。


96s ミニクーパー・マーク1仕様。マーク1は1959〜67年にかけて製作された。ヒゲと呼ばれるモールが⼊ったフロントグリルに特徴があり、ヘッドライトは3ポイント。テールランプも特徴的で、ホイールは前後10インチ。よくまわる1.3リッターエンジンで、ゴーカートのように街を駆け抜ける。

──でもそれやっちゃうと、ローバーミニのクラシックな品とか色気がなくなっちゃう。

米倉:そうそう。ジュンさんには、こんなクラシックな感じで乗ってほしい。だってもともとついてたマフラーも「うるさい」って言って、静かなヤツに変えたぐらいだから(笑)。このミニ、塗り(塗装)も結構、大変だったんですよ。エンジンを降ろして、トランクルームもエンジンルームも全部塗ったんです。

──うわ、それはすごい。

米倉:ちゃんと全部、黒にしたくて。


改造範囲の広いクルマだから、自分らしさを表現できる。

──わかるけど、それ普通のクルマでやったらお金かかりますよね。

米倉:塗料もすごくいい塗料を使ったんで、普通のお店でやったら塗装だけで100万円ぐらいはいったんじゃないかなと思いますね。これ、純正のポルシェにも使われている塗料なんですよ。だからちょっと高い。深みのある黒で、ちょっと国産にはまねできない塗料なんですよね。よく見ないと、誰も分からないと思うんだけど(笑)。

──「この黒の違いがわかる?」と言いたいね(笑)、間違いなく。やっぱり強太くんのポルシェ乗りらしいエッセンスが、いろんなところに感じられて面白い。

米倉:ローバーミニってドイツ車とかに比べてつくりが甘い部分がいっぱいあるから、パーツを変える楽しみがあるんですよね。

──改造範囲の広いクルマっていいですよね。でもあえてオーセンティックな方向でつくられた、このローバーミニ。オーナーのタグチさんにもよく合っていて素敵でした。

米倉強太(よねくら・ごうた)/1994年生まれ。栃木県那須出身の映像作家。モデルを経て、2015年より映像作家として本格的に活動を開始。映像制作会社office sankaiを設立し、GUCCI、JULIUS、UNIQLOといったブランドの広告映像を手がける。また自主制作でショートフィルムも手がける。
タグチジュン/1983年生まれ。へアメイクアップアーティスト。2014年、原宿に「モノクロームヘアサロンKORD」をオープンし、現在4店舗を経営中。コレクションや雑誌等などのほか、ヘアカット、ホワイトブリーチのセミナー講師として、日本および世界でも活動している。