“デザインとクラフトの橋渡し”をテーマとする、セレクトショップ「ビームス」のレーベル「フェニカ」。アイヌの伝統を受け継ぐつくり手たちとコラボレートして、現代のくらしに合わせたクラフトアイテムが完成しました。
アイヌの伝統工芸の技術を活かし、現代の暮らしに合わせたものづくりを行なおうと、2年前にスタートした今回のプロジェクト。「フェニカ」でディレクターを務めるテリー・エリスさんと北村恵子さんが、阿寒湖のアイヌコタンを中心に北の大地で暮らすアーティストたちと試行錯誤を重ねてつくり上げてきたクラフトが完成し、東京に勢揃いします。つくり手を訪ねる旅のレポートに続いて、今回はそれぞれの新作とつくり手を詳しく紹介します。
アイヌの伝統を学び、現代の暮らしに向けた木彫作品。
1960年代〜70年代の北海道ブームで、お土産の定番的存在として一世を風靡した木彫りのクマは、木彫を得意とするアイヌの人たちがヨーロッパ・スイスのお土産を参考にしてつくったのがそもそもの始まりです。近年、その技術や造形美が注目され、再び新たなブームを呼んでいます。今回、クマをはじめとする木彫作品を手がけた瀧口健吾さんは、阿寒湖を代表する木彫作家、瀧口政満さんが遺した工房兼土産品店を営業しながら作品づくりを行っています。
「中学を卒業してからしばらく故郷を離れて海外で暮らしていました。アイヌのこととか、父親のこととか、長年、特に意識していないつもりでしたが、数年前に北海道に帰ってきて、カムイノミ(アイヌの人々が神への祈りを捧げる儀式)を初めて見たときに自分でも驚くほど心に響いて涙があふれてしまって……」と振り返る瀧口さん。以来、改めてアイヌの文化を学ぶうちに儀式で使うイクパスイ(捧酒箸)を自分でつくりたいと考えるようになり、徐々にほかの木彫もつくるようになったのだそうです。いまもアイヌの言葉や踊り、木彫の材料になる木について、日々、学び続けている瀧口さん。作品の素朴な風合いに、優しさと温かみを感じさせます。
刀下げ帯を原型として、糸からつくったブレスレット
樹皮や草の茎など、自然素材からつくった糸を編み上げたブレスレット。その原型はアイヌの刀下げ帯、エムシアッです。エムシアッは男性が儀礼の際に刀を盛装として身につけるための帯で、ギターストラップのように肩から掛けて使います。アイヌの人々の工芸はもともと暮らしの中で必要な技術として継承されてきたもので、男性は木や動物の骨や角に彫刻する技術を、女性は刺繍や編み物、織り物などを代々、身につけてきました。
この作品を手がけた郷右近富貴子さんも祖母や母、叔母から手仕事を習い、その技術を生かして小物やアクセサリーをつくっていました。このブレスレットもその一つで、糸の材料となるオヒョウの木の皮やイラクサなどの草を山に採りにいくところから作業が始まります。
「オヒョウの糸はアイヌのアットゥシと呼ばれる着物にも使われています。麻のような手触りで、使っているうちにしっとりと柔らかく、しなやかになるのでブレスレットにも向いていると思いました」と富貴子さん。エゾジカの革や角も使ったブレスレットには、細部にまで阿寒湖の自然の恵みが活かされています。
クマの手やアイヌ文様をモチーフとした、シルバーアクセサリー
シルバーの輝きの中にアイヌ文様が浮かび上がるアクセサリー。ジュエリー作家のAgueこと下倉洋之さんは、アイヌ文化に魅了されて東京から阿寒湖に通い詰めるうち、不思議な縁が次々と重なって、阿寒湖アイヌコタン出身の女性と結婚。いまは家族とともに阿寒湖温泉に根を下ろし、制作を続けています。
クマの手をかたどったリングは、奇しくも阿寒湖を初めて訪れた1999年につくり始めたもので、少しずつ進化させている思い入れのある作品。
「以前、バイクに乗っていてハンドルに指がかかりリングを飛ばしてしまったことがあって、外れにくいリングができないかと考えて、行き着いたのがこのデザインでした。その後、阿寒湖に行くことになり、機会があるとこの作品と向き合って、何かしら自分の人生が変わるきっかけになっている存在です」
「伝統的なアイヌの文様をもとにしたデザインは、妻が考えているものです」というAgueさん。チリンチリンと心地いい音が響く球状の「スズ」は、もともとは娘の「みまもりすず」としてつくったもの。小学校への通学で交通量の多い場所があり、鈴の音で周りに気づいてもらえたら、という思いを込めたそうです。
「アイヌの文様も、自然からインスピレーションを得た形をもとにつくられ、誰かが誰かを想う気持ちを込めて、道具に掘ったり刺繍したりしたものだと思います。僕自身はアイヌではないけれど、僕がこの土地で暮らしながらつくるものが、身につけてくださる誰かのお守りや力になるようなものになったらいいな……。そんなことを思いながら制作しています」
チタラぺの手法でつくられた、現代のくらしに役立つカゴバッグ
池や沼などに生えるガマの茎を編んでつくるアイヌの花ゴザ「チタラペ」。中でも模様入りのものは「チセノミ」(家の竣工祝い)や「イオマンテ」(クマの霊送り)などに用いられる大切な儀礼具でした。この「チタラペ」の手法を使って、新しいカゴバッグが完成。
「本来、平らな状態に編むものを四角い立体にしていくこと、さらに同じガマの素材で持ち手をつくることも初めての試みでした」と話す製作者の下倉絵美さん。
「サイズの感覚がわからなくて、背負子のような大きいものが出来上がってしまったこともありましたが、何度もサンプルをつくってエリスさんと北村さんに見てもらい、試行錯誤の結果、この形に落ち着きました。大変だったけれど、とても楽しい時間を過ごしていました。インテリアとしても楽しんでいただけたらと思います」
身を守る魔除けの刺繍を、現代的なアイテムで。
フロント部分にアイヌの刺繍をあしらったライナーコートは、アイヌのアットゥシ(オヒョウの樹皮から作った糸で織り上げた着物)からインスピレーションを得たデザインです。アイヌの文様は魔よけとして用いられることもあり、衣服の裾や袖口、首まわりなどに付けられた刺繍には魔物の侵入を防ぐ意味がありました。
「この文様は“アイウㇱ”で、棘を意味します。病気や外敵から身を守ってくれるという思いが込められています」と話す鰹屋エリカさん。彼女もまた、アイヌの女性として母や祖母から刺繍を受け継ぎ、制作を続けています。
「刺繍の模様は作るものによってさまざま。伝統的な文様をいくつか組み合わせることもあれば、オーダーメイドの場合は発注してくれた人のイメージに合った色や形を考えてみることも。今回は、コートの色やデザイン、刺繍する部分のテープの長さなどに合わせて文様の形やサイズを決めていきました」とエリカさん。
今回、エリカさんは刺繍入りの巾着袋も制作しています。「巾着袋は布探しから始まりました」と話す北村さん。「浴衣を着たときに持つ巾着のイメージで、生地はナチュラルな木綿か麻、色はフェニカのカラーであるインディゴブルーと藍色にしました」
アイヌの刺繍の手法は幾つかあり、地域によっても違いがありますが、道東では色のついた生地に直接、刺繍をする「チンジㇼ」が多く採用されていたようです。
「子供の頃から、アイヌの踊りや刺繍はいつも身近にあったものでした。祖母も母もチンジㇼが得意で、儀式やお祭りで着る着物を始め、日頃使うものによく刺繍をしてくれました。私の作品もチンジㇼが中心です。アイヌの伝統だからというより、母から受け継いだものだから私も同じように娘に教えてあげたい。そんな思いで続けています」とエリカさんは言います。
オヒョウの樹皮から編んだ、現代版の「サラニプバッグ」
オヒョウの樹皮からつくった糸を編んだ「サラニプ」は、長い紐がついていて、ポシェットのように肩から掛ける袋状のバッグ。樹皮を茹でて乾燥させ、裂いたものを紡いでいくという糸のつくり方は、先述のエムシアツと同じです。制作者の木村多栄子さんが初めてサラニプを編んだのは、高校生の時だったそうです。
「祖母と母から習いました。携帯とお財布とハンカチを入れて、ちょっと遊びに行く時によく使いましたね。畑に祖母が植えたオヒョウの木があって、紡いで糸にする“カエカ”の作業は小学生の時から手伝いでやっていました」
今回の依頼を受けて、改めて昔のサラニプのつくり方を知りたいと思い、旭川市博物館に行って展示品と所蔵品を全て見たという多栄子さん。
「そこで驚いたのは、どれ一つとして同じものがないということ。昔の人たちも、自分が必要としているものを形にしていたんだということがよくわかりました」
こうして出来上がった多栄子さんの新しいサラニプバッグ。持ち手の部分にはチシポやエムシアツの技法が採用されています。
──伝統を継承しながら独自の感性を取り入れてつくられたアイヌ クラフツの新作。「約2年にわたるフェニカとのコラボレーションを通して、たくさんの気づきもあった──」。制作を終えたつくり手の皆さんが、口々にそう話していたのが印象的でした。これらの新作は、10月12日(土)から東京・新宿のビームス ジャパンで開催されるアイヌ文化を紹介するイベントに並びます。ぜひ、実物を見に足を運んでください。
アイヌ クラフツ 伝統と革新-阿寒湖から-
新宿「ビームス ジャパン」5Fの「fennica STUDIO」と「Bギャラリー」にて、アイヌ文化を紹介するイベントが行われます。アイヌクラフトの新作展示とともに、アイヌ音楽のライブやトークショーも期間中に予定。
開催期間:会場によって異なります。下記をご参照ください。
fennica STUDIO/2019年10月12日(土)から10月20日(日)まで
Bギャラリー/2019年10月12日(土)から10月27日(日)まで
開催場所:新宿「ビームスジャパン」5F「fennica STUDIO」「Bギャラリー」
新宿区新宿3-32-6 5F
TEL:03-5368-7300
営業時間:11時〜20時
不定休(会期中は無休)
①アイヌ音楽・ライブイベント
日時:10月13日(日)18時~18時30分
出演:Kapiw & Apappo(カピウ&アパッポ)
会場:ビームス ジャパン 5F Bギャラリー
予約定員制:先着30名様(無料)
※ご予約はBギャラリーまで(Tel:03-5368-7309)
②トークイベント
日時:10月20日(日)18時〜19時30分
会場:ビームス ジャパン 5F Bギャラリー
ゲスト:下倉洋之(彫金作家)、瀧口健吾(木工作家)、鰹屋エリカ(刺繍作家)
北村恵子、テリー・エリス(共にfennicaディレクター)
予約定員制:先着30名様(無料)
※ご予約はBギャラリーまで(Tel:03-5368-7309)