90年代から東京のストリートを牽引し、国内外で高い評価を得てきた「アンダーカバー」。映画『時計じかけのオレンジ』をモチーフとした今季から、そのクリエイションに新たな要素が加わっているようです。4つのルックを紹介しながら、なぜいまアンダーカバーに注目が集まるのか、その魅力をひも解いてみます。
“ストリート”がまだまだ勢いのある、今シーズンのファッショントレンド。そこで特に注目したいのが、90年代裏原ブームから東京のファッションシーンを牽引し続けているアンダーカバーです。2019年秋冬のコレクションモチーフとなったのは、スタンリー・キューブリック監督が1971年に公開した映画『時計じかけのオレンジ』です。狂気渦巻く名作の世界を見事に表現。さらに、ブランドを代表するダークなテイストに加え、カジュアルなテイストの中に気品漂う“大人が着たい”服が揃っています。創立30周年を目前にした、アンダーカバー。進化を止めない“ドメスティックブランド代表”の魅力はどこにあるのでしょうか?
ショー開催で勢いを増す、メンズのクリエイション
1990年、デザイナー高橋盾が文化服装学院在学中に立ち上げたアンダーカバー。宮下貴裕がデザインしていた当時のナンバーナイン、藤原ヒロシらと90年代の裏原ブームを牽引し、約20年を経た現在のストリートブームへとつながる地盤をつくったといっても過言ではありません。
その後アンダーカバーはしだいにモードな気風を帯び、ウイメンズに力を入れ始めます。東京ファッションウィークでショーを開始し、2002年からパリファッションウィークに参加。特に「BUT BEAUTIFUL(バット・ビューティフル)」と題した、醜いものを高橋盾の美の観点から表現した一連のシリーズは2000年代のアンダーカバーを代表するコレクションです。彼の審美眼から表現されるダークでポップな世界観は、その後も通奏低音のように常に流れています。
一方、根強いファンをもつメンズラインは、ウイメンズとともにパリで展示会を行っていましたが、 2010年春夏に一度、メンズ見本市「ピッティウオモ」 でショーを開催した以外は ランウェイでの発表は行っていませんでした。ところが、2018年秋冬に再びピッティの地で、盟友である宮下率いるタカヒロミヤシタザソロイスト.と合同ファッションショーを実施。メンズシーンが盛り上がっている時代性もあってか、これを機に以降のシーズンはメンズのみでランウエイショーを行います。
そして、ショーを定期的に実施することで、クリエイションの強さがぐっと前に出てきました。なにより、描くメンズの世界観がルックブックの写真だけよりも伝わってきます。
『時計じかけのオレンジ』のアイコン、ボーラーハットとステッキを手に。
3回目のメンズショーとなった2019年秋冬のテーマは「ザ・ドルーグス(THE DROOGS)」。1971年公開の映画『時計じかけのオレンジ』で主人公たちのチームを表した、“仲間”を意味する造語です。スタンリー・キューブリック監督によるディストピア世界を描いたこの映画はいまもシネフィルに支持される不朽の名作。宮下と合同ショーを行った2018年秋冬でもキューブリック監督『2001年宇宙の旅』がモチーフに使われました。今回、アンダーカバーの仲間たちはどんな装いをしているのでしょう?
『時計じかけのオレンジ』のアイコンといえば、ボーラーハットとステッキ。白の上下にまるで英国紳士のようなアクセサリーを携え、主人公アレックスらドルーグスは毎夜暴虐の旅へと繰り出します。アンダーカバーの紳士なスタイルは、ブランドらしくひねりを加えたブラック・スタイル。ドレッシーにならない着やすさが魅力です。いままであまり印象のなかったシックなスタイルが登場し、それを素材感とレイヤードで崩します。クラシカルなフロックコートはニットでやわらかく、洒脱な雰囲気に。ボトムはコーデュロイのイージーパンツ仕様でカジュアル。ナイロンのフィッシャーマンズベストを重ね、重厚感に軽やかさをプラスするアンダーカバーらしいレイヤリングです。劇中多用される英語とロシア語、ロンドンの方言などを掛け合わせた造語「ナッドサット語」のようにさまざまな要素を組み合わせています。
チェスターコートにフラノパンツというシンプルなルックも登場。生地を加工するでもなく、縫製をパッカリングするでもなく、クリーンなフェイスが新鮮です。深い色合い、上質な素材使いと機能性、レイヤリングなど気品を感じます。大人の男がタウンユースで着こなしたいスタイルでしょう。デザイナーの高橋がいま着たい服と掲げた、より大人向けのシンプルなライン「ザ・シェパード アンダーカバー」に通じる雰囲気です。
チェスターはその軽さと暖かさから、昨今では男女問わず人気のダブルフェイスファブリックの仕様。シーズンを通して重宝すること間違いなしの佇まいです。しかも取り外し可能なフリースのライニングが付属する一石二鳥なディテールで真冬まで活躍します。ドロップショルダーの少し丸みを帯びたシルエットが大人の男らしい余裕とリラックスを感じさせます。インナーにはニットを2枚重ねたノーブルなレイヤリング。色と素材のナッドサットです。
貴族的なダマスク柄を、UFOパターンにカスタマイズ
ヴァレンティノとは2018年11月に日本で発表された2019年プレフォールに続いて2度目となるコラボレーション。2019年秋冬メンズはこのプレフォールの2ヶ月後に発表されたもの。クチュールメゾンとの協業により、これまでのアンダーカバーのダーク&カジュアルなテイストに、素材やスタイルでラグジュアリー感が加わったのではないでしょうか。
また、ヴァレンティノのデザイナー、ピエールパオロ・ピッチョーリが高橋のグラフィック・クリエーションを気に入っているのか、このコラボラインのキャンペーンビジュアル制作にも高橋が立ち上げたアンダーカバープロダクションが担っています。
では実際のルックはというと、ポップな気品を感じさせます。インテリアに用いられる貴族的なダマスク柄をUFOパターンにカスタマイズしたジャカード生地はアンダーカバーらしいツイストを利かせた逸品。重厚感あふれるコートはサイドがジップで開閉し、多様な着こなしを楽しめます。いま旬のロングニットも、挑戦したいアイテム。分量豊かなバルーンシルエットは1枚で着てもスタイリングの主役となります。シルクチュールのロングストールを折りたたんでサッシュのように合わせて、将校のようなスタイルに。フェンシングの籠手のようなアームカバーがノーブルな雰囲気をさらに引き立たせます。
クリアフーディベストにボア付きパーカ、ドローストリングで調節できるチェックパンツなど従来のアンダーカバーらしいカジュアルでディテールの利いたルックももちろん登場しました。ただ、そこに載るプリントがクラシック音楽の楽聖ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンということには度肝を抜かれました。というのも、ベートーヴェンは劇中のキーとなる要素で、主人公アレックスがかの名曲・交響曲第9番合唱付き、通称“第九”を愛聴するのです。この平和への賛歌とも捉えられる名曲中の名曲を暗黒の主人公が好むというのも大変皮肉なのですが、『時計じかけのオレンジ』は管理社会と自由社会のせめぎあいを風刺している物語。ベートーヴェンは当時大変斬新でパンクな作曲家でした。その彼の曲を聴き本来の自分を取り戻すアレックス。この構図は東京のストリートファッションからパリモードという権威あるファッション社会へと乗り込み、10年以上にわたり独自視点の美をプレゼンテーションし続け、ヴァレンティノとのコラボなど、いまやパリモードをのみ込みつつあるアンダーカバー自体のスタンスとリンクするように感じます。
ちなみにベートーヴェンは来年で生誕250周年。アンダーカバーも創立30周年のアニバーサリー・イヤーです。裏原宿から発祥して30年で西洋のラグジュアリーものみ込み、ユースから大人の気品までさまざまなエッセンスを取り込んだアンダーカバー。映画『時計じかけのオレンジ』を通したダークさは、官能的で退廃的な貴族感を漂わせます。リアリティも色気も可愛さもある、ほかにはないメンズ服でしょう。映画の狂気を内在するホラーショーであり、ファッションの高揚感をハラショーに表現した2019年秋冬。アンダーカバーの新たな一面が気になったなら、今季はドルーグスの契りを結んでみませんか。