レモンサワーブームを巻き起こしたバーオーナーの田中開(かい)さんと食通も集うレストランのオーナーシェフとして飲食界を牽引してきた森枝幹(かん)さん。プライベートでも仲がいいふたりが、食をめぐる話題を毎回お届けします。Vol.1は、「いま最も予約が取れない」と言われる中華の店へ。その魅力をひも解いてくれました。
バーのオーナーとレストランのシェフ、90年代生まれと80年代生まれ、作家の孫と写真家の息子……。プロフィールを見ると、どこか通ずるところがありつつ好対照をなすふたり。しかし根っからの食いしん坊、日本人離れした長身、酒好きなど、いくつもの共通点がある彼らは、よく一緒に食べ歩き、飲み歩く盟友です。店での会話からアイデアが生まれることも多く、そこで吸収した知識や味覚がクリエイティブの源泉になっていると言います。食カルチャーの最前線を走るふたりは、いまどんな店に注目しているのでしょうか? 実際にいま気になる店に同行し、彼らの視線や頭の中をのぞき見する連載シリーズ「食のカイ・カン」。第1回は、オープンと同時に予約が取れない店となった恵比寿の中華料理店「サエキ飯店」へ。ふたりと世代が近い店主の佐伯悠太郎さんと話しながら、その魅力をひも解きます。
クラシカルでありながら軽い、‟香港のまかない料理”。
田中 開(以下、開):最近、昔みたいにレストランとか予約したりする?
森枝 幹(以下、幹):いやあ、すっかりしなくなったなぁ。そんなに外食してないような……(と言いつつ、スマホを開く)。
開:(幹のスマホをのぞき込みながら)。たくさん行ってるじゃない、ほら! 結構たくさん……。最近行って、リピートしたいと思った店は?
幹:中華の「サエキ飯店」かな。
開:恵比寿の?奇遇だな。まさに僕もいま一番注目している店だ!
――ということで、ふたりの意見が共通した「サエキ飯店」を訪れたふたり。今日は、店主の佐伯悠太郎さんが特にお薦めする3品をふるまってくれることに。
開:中華は、神田の「味坊」とか恵比寿の「coyacoya」とか、日頃から結構行ってるけど、ここはまた全然違う感じ。なんて言うのかな、コンセプトが際立ってるんじゃなくて、ごくごく普通に見えるのに、実はとてつもなく美味いみたいな……。
幹:中華も、辺境中華とか最近はどんどんマニアックな方向に向かう店が多い中で、ここは王道的。
――厨房から佐伯さんが会話に加わります。
佐伯:「うちの店は何々料理」と、わざわざ主張はしてないんです。中国各地のいろいろな料理の要素が混ざり合って独自のジャンルを生み出した、香港の料理に近いとは思います。たとえるとすれば「香港の厨房で出てくるまかない料理」かな。
開:まかないか。なるほど。
幹:確かに自分も、主張が強過ぎるものは最近あんまり食べたくない気分だな。「賄い」感がちょうどいいのかもしれない。
開:この店は、奇を衒うものなんてなにもない。でも、なにを食べても美味いし、ジョージアワインと一緒に! っていう独自のアプローチもあるのがいいよね。
――まずは一品目の大根餅が登場。
幹:この大根餅、食感のコントラストが凄い! 外はクリスピー、中はトロトロ。見た目はまったく飾らないのに。
開: 本当に。見たところ、ごく普通なのにね。
幹:凄いとか面白いとかは客側が思うことで、料理人や店のほうからアピールし過ぎるものではないと思わされるね。
開:カッコつけてる感じって、実はいちばんカッコ悪いのかもしれない。
佐伯:香港て、広東からの移民の人や、インド人、ネパール人とか、いろんな国の人がいる。その要素がミックスされてできた味です。
幹:だから、エスニックな葉っぱとか使ったりするんだ。
開:大根餅をジョージアワインと一緒に食べると、さっき乾杯した時に飲んだ味と全然違う感じがする。
幹:ジョージアワインて、お茶っぽいし、出汁っぽくもあるよね。それがいっそう強調される。
開:香りなのか、味なのか?
幹:香りも、味だしね。
開:味っていうか、感覚じゃない?!
ジョージアワインと中華の鮮やかな出合い。
開:佐伯さんがジョージアワインに出合ったのはどういうきっかけですか?
佐伯:神宮前の「楽記」の料理長を退職した後、世界の食を巡ろうと思って放浪してた頃があったんです。南アメリカのアルゼンチンとか、ヨーロッパとアジアの交差点にあるジョージアとか……。
幹:では、本国で出合ったんですね。
佐伯:シェフを務めていた「楽記」は、自然派ワインの伝道師と呼ばれる勝山晋作さんの店でしたから、ナチュラルなワインの味には慣れていたはずだったんですけど……。
開:それでも衝撃的だった?
佐伯:次の朝に起きて、ぶり返すおいしさって生まれて初めてでしたね。
開:二日酔いじゃなくて?(笑)
佐伯:もちろん(笑)! 飲んだあと、どんどん魅力が増してくるんです。
幹:素材のよさをとことん活かして、シンプルで骨太なワイン。どこか、この店の料理との共通点があるのかもしれない。
――ふたりが待ちわびていた、本日のメイン、スッポン料理が登場。
開:スッポン、どう!?
幹:いま、まず椎茸食べて、ウマい!と思った。
開:(スッポンを口に入れて)ウマい!!
佐伯:これは雄の2.5kgのスッポンを使いました。天然物はなかなか手に入らないんですよ。
幹:ラッキー! いいタイミングだったね。
開:スッポンの味付けは?
佐伯:揚げニンニクとオイスターソースくらい。シンプルですよ。
開:肉をガーッと食べる感じがいいなぁ。
佐伯:スッポンはゴリゴリした肉々しさが欲しい。だから使うのは絶対に雄。雌は卵がいっぱいで肉が薄っぺらなんです。時々、唐揚げなんかもつくりますよ。
開:うわ、唐揚げ食いたい!
幹:和食だと、スッポンを使う時は肉を食べるというよりスープの美味さを追求するよね。
佐伯:和食でスッポンを使う時は、きれいな味を出しやすいという理由で、養殖を使ったりすると聞きました。肉を食べたいわけじゃないから。
開と幹:なるほど。
開:ところで広東料理って、そもそもどういうものなんだろう?
幹:そう。普段なにげなく言ってるけど、実はよくわかってない。「World of Chinese Cuisine」みたいな中華料理をひも解く本があるといいのに……。
佐伯:広東省には21の市があって、地名が付いてるような名物料理がそれぞれにあったりするんです。だから、その味を確かめたくて、ワーキングホリデーの1年間が終わった後、2カ月かけて全21市を回ったんです。
開:すごいですね! それでどうだったんですか?
佐伯:僕としては、広東料理は大きく4つに分けられると思ったんです。で、僕が最も影響を受けたのは、その中の広州料理。
幹:それがいちばん日本人好みの味っていうこと?
佐伯:いま興味があるのは、香港の潮州料理です。九龍城近くに名店があるので、この秋、そこの厨房に勉強しに行くんです。
開:えーっ! それは、どういう料理なんですか?
佐伯:海で獲れた魚を海水で煮て、香港の多彩な醤(ジャン)で食べる、みたいな……。
開:美味そう!
開:前菜から始まって、大根餅などの点心、ハムユイ蒸しのハンバーグとか食べて、土鍋煮込みにジャスミンライスを投入したとしても、〆の蕎麦や炒飯は欠かせないよね。
幹:もちろん。この麺みたいに、見た目そのままで絶対にゴマカシがきかない料理っていちばん難しい。こんなの食べさせられたら、この店が黙っていても流行るのがわかるなぁ。
開:とにかくシンプルで気取ってない、味が軽やかなのにガッツリ骨太。通っちゃうよね。
幹:素材の活かし方とか、味を入れるタイミングとか、今日はいろいろ勉強になりました。ご馳走さまです!
佐伯:うちの店は、自宅に招いて料理を食べてもらうような感じです。またいつでも来てください。
幹:潮州料理も楽しみだなぁ、佐伯さん帰国後の予約を早く取らなきゃ!
開:あれ⁉ 最近はレストランの予約なんてしないんじゃなかったっけ?
幹:そうだった!(笑)