映画ファンの声に押されて復活を遂げた、街の映画館。その魅力を知るために、新進の映画監督・枝優花さんと各所を訪ねます。今回足を運んだのは、旅情をかきたてる蔵の街・川越にある「川越スカラ座」。「小江戸」と呼ばれる伝統を大切にする街の映画館は、どのようにして甦ったのでしょうか。
映画監督、またフォトグラファーとして、「いま」をみずみずしい感性で切り取る枝優花さん。クラウドファンディングによる映画の製作はもちろん、撮影現場の環境改善や子役の演技レッスン、新しい上映方法の模索など、常にチャレンジを続けています。その枝監督とともに、一度は閉館するものの、市民の声で復活を遂げた「川越スカラ座」を訪れました。都心から離れた立地にもかかわらず、訪れた監督や俳優たちがみんなファンになってしまうという同館。枝監督自身の視点で、この劇場の魅力に迫ります。
NPO法人として、新しいスタートを。
さてはて後半戦。早稲田松竹の次は、埼玉県にある川越スカラ座へ行ってきました。都心から電車に揺られること約30分。窓の外が一面、田園風景に。これはもう小旅行です。駅に着き、風情ある小江戸を抜けると川越スカラ座とご対面。外観の趣がすごいわけで、館内もまた味があります。売店や手作りボードや寄せ書きノート……。このお手製感がたまりません。当時のまま残っているかのような雰囲気の川越スカラ座。いったいどんな歴史を辿ってきたのか。館長の舟橋さんにお話を伺ってきました。
もともと川越スカラ座は、明治38年に寄席としてスタート。その当時、「文化・芸術に対してお金を出そう!」という地元の旦那衆によって、たくさんの芝居小屋が建てられたそう。そして徐々に、芝居小屋は映画館に改築されていきました。けれどもテレビの普及が始まってからは、一気に斜陽産業となってしまいます。
舟橋さんが小学生の時は、川越スカラ座の他に「ホームラン劇場」という映画館があったとのこと。川越スカラ座は洋画、ホームラン劇場は東映や角川映画を中心に上映していて、週末にはどちらかの映画館に足を運んでいたそう。完全に地元の娯楽施設だったんですね。だけど、中学生になると新宿や池袋に通うようになって、だんだん地元の映画館から足が遠のいていく……。そして2006年にホームラン劇場が閉館し、さらに台頭してきたシネコンによる逆風も。前支配人の年齢のこともあり、07年5月に川越スカラ座も閉館を余儀なくされてしまいます。昔の人たちが守ってきた文化が、時代の流れによってなくなってしまう。続けていくことと新しい風を生み出すことの両立は、どうしてこんなにも難しいんだろうか……。
閉館前には、地元の有志が集まって、川越スカラ座でレイトショーのイベント等を行なっていました。監督や俳優を呼んでのトークショーも開催。その時、ちょうど地元に帰ってきた現支配人の舟橋さんも、このイベントを手伝っていたそう。そのうち「スカラ座を継続するためにNPOにしないか」という声が上がり、閉館後に一口1万円で賛助会員を募ったところ、なんと3カ月で約500万円が集まったのです。こうした応援もあり、8月には川越スカラ座はNPOとして再スタートを切ったのです。
心振るわせるような体験、してますか?
川越スカラ座の成り立ちや、閉館から再スタートまでの流れを伺うと、地元の人たちの支えや応援があって、いまの川越スカラ座があるということがわかります。文化って、つくり出すことも受け継いでいくことも、そして壊すことも、私たち自身によるものなんだよなあ……。当たり前だけれども、そんなことを思いました。
蔵の街でもある川越ですが、蔵造り古くてボロボロのイメージがあるからと、かつては看板などで隠していたそう。けれども、視点を変てみると、古さには人の手ではつくり出せない年月の味がある。それを隠すなんて勿体ない。おばあちゃんのコートが一周回ってイケてたり、おじいちゃんのキャップがイカしてる!なんてこともよくあります。私の周りの友人たちも、祖父母からのお古をよくもらっていたりする。そこには「古い」なんて考えはないんだ。かっこいいものはかっこいい。ただそれだけ。
こうして次第に、看板を取り外し、「古いことこそがいいんだ」と川越は蔵の街を標榜するようになったのだそう。この話を聞いてから、もう一度スカラ座の外観を眺めると、さらにグッときます。
舟橋さんの話を伺っていて、とても印象的な言葉がありました。それは「映画館は、特別な時間や夢を買いに来る場所」という言葉。川越の映画館がなくなりそうになった時、舟橋さんは街の人たちに対して「ここから文化がなくなってもいいのか」と思ったそう。だけど蓋を開けてみたら、声をかけた賛助会員ほぼ全員が「協力するよ」と言ってくれた。特別な時間も夢も、人がいなければつくれない。だからこそ、川越スカラ座は「人との繋がり」をとても大切にしているのです。応援したい監督たちの映画はずっと上映するし、イベントも開く。良いと思ったものを届けたい、という舟橋さんの愛はロビーに並ぶ沢山の監督や俳優たちのサインが物語っています。愛は伝染するし、それは特別な時間や夢に繋がる。
ところで、こんなにも愛されている川越スカラ座にはどんなお客さんが来るのでしょう。
2008年、川越スカラ座で是枝裕和監督のトークショー付きで『歩いても歩いても』を上映した時のこと。当日は平日の夕方にもかかわらず結構お客さんが来ていて、中にはネギが飛び出した買い物袋を下げた主婦の方がいたりしたそう。想像しただけで最高……。本当にふらっと来た感じがするし、シネコンじゃ絶対ありえない光景。
その一方で、若い子は来ているのでしょうか?(早稲田松竹がぶつかった壁でもあるわけだが……。)
なんと、川越スカラ座の高校生料金は500円だそう。安すぎるよ! 理由を聞くと「高校生がほとんど来ないから1000円だろうと500円だろうと変わらない。ならば安くしようと思って。だっていまの若い子たちが映画館の未来をつくっていくのだから!」と。心意気よ……! 私も高校生の時に通いたかったなあ。
以前、菅田将暉特集上映を開催した時に、女子高生がやって来たそう。ミニシアターが初めてだった女子高生から「スクリーン1はどこですか?」と聞かれ……。川越スカラ座はスクリーンはひとつだけなんです(笑)。川越スカラ座の古い外観を「インスタ映えじゃん!」ってバシバシ写真を撮って帰ったそう。私もミニシアターで自分の映画が公開された時、「前売り券はどうやって座席予約できますか?コードはありますか?」と高校生から質問されたことがあった。「前売り券は窓口に直接行かないと席の予約ができないんだ……。ムビチケじゃないからね……」と伝えたら、本当にびっくりしていました。
でも、それでいいんだと思う。「スクリーンひとつしかないんかい!ウケる!」とか、「え? 結局窓口行くなら前売り券じゃなくても良くね?」とか。むしろ最高だとすら思う。すんなり飲み込めない経験って、絶対心に引っ掛かってずっと残っていたりする。いまの時代、あまりに障害が少ない。回り道や失敗をしなくて済むように、できるだけ綺麗に舗装された道が用意されていて、うまく歩けることが当たり前になってる。だから自分たちの想像の範囲の出来事しか起きない。80%の確率で美味しくて面白くて安心できるような体験たち。最悪すぎる0%や、喉が震えるくらいに興奮する120%を叩き出せるような圧倒的体験はできない。それってどうなんでしょう。
いま、「そこそこ不満のない生活」を送っている人たちに問いたい。本当に最悪で布団から出たくないと思ってしまうような失敗、最近してますか? 思い出しただけでにやけが止まらない、胸がいっぱいでご飯が食べられなくなるような幸せ、最近感じてますか? あんなに絶望と最高を毎日行ったり来たりしていた学生時代は良かったなあ〜なんて思ってないですか? 若い頃は多感だし、だから大人は仕方ない…なんて言い訳していないですか?
大人になると、目の前にあるものが美味いか不味いかはなんとなく想像がつく。人間はとても頭の良い生き物だから、同じ失敗はしないようにって学習する。だからわざわざ不味そうなものを食べないし、苦労も絶望もゴメンだ。
だけどたまに、ゴミだと思っていた貝殻の中に真珠が混じっていたりする。でも貝殻を手に取らないと、そして開こうとしないと、真珠には出会えない。
いくつになっても、特別な時間や夢は触れることによって、私たちに愛を与えてくれる。なんだか元気が出ない、と思ったら。不満はないけど満足できない日々ならば。スマホをオフにして、ちょっと電車に乗って、川越スカラ座の愛に触れて欲しい。売店で”コエドビール”を買って、映画を観ながら飲むもヨシ。帰りは、小江戸の美味しい鰻や甘味で、お腹も満たして。部屋のパソコンで映画を観て過ごす休日もいいけど、何も考えずにふらりと過ごす休日も良いんじゃないかな。
あ、そうだ。火曜日は定休日だから気をつけてくださいね。
川越スカラ座
埼玉県川越市元町1丁目1−1
TEL:049-223-0733
http://k-scalaza.com/