去る3月、約3年にわたり大規模改修工事を行っていた東京都現代美術館がリニューアル・オープンしました。注目は館内の新たな什器とサイン。これを手がけた建築家の長坂常さんとアート・ディレクターの色部義昭さんに、美術館を案内してもらいました。
2019年3月29日、およそ3年にわたる大規模改修を経て、東京都現代美術館がリニューアル・オープンしました。今回の改修は、設備の修繕を中心にエレベーターや子育て支援施設を増設するなど、ホスピタリティの向上が目的でした。そのため建築的に大きな変化はないものの、目に見えてわかる変化があります。それが、一新された館内の什器やサインです。よりユーザーフレンドリーな美術館を目指してこれらのデザインを手がけたのは、スキーマ建築計画を率いる建築家の長坂常さんと、日本デザインセンターに所属するアート・ディレクターの色部義昭さん。巨大な美術館に生まれた軽やかなリニューアル計画について、ふたりにお話を聞きました。
空間のもつ硬さを和らげ、フレンドリーな美術館へ。
三ツ目通りに面したメインエントランスから館内に入ると、まず最初にエントランスホールに置かれたコルクの円型ベンチが目に入ります。実はこのベンチも、新しいサインのひとつ。中央に差し込まれたポールでジョイントされたボードには、館内の案内表示や開催中の展覧会ポスターなどが掲示されています。
「ベンチに座って話をする人、そしてその上にあるボードを眺める人。掲示板は見るものなのに、そこに座っている人もいる。いろいろな行為が混じり合う場所になるといいなと思いました」と話すのは、長坂常さんです。
このサインと一体化した什器の登場によって、ベンチに人が集って会話を交わすという街中では見慣れた風景を、長坂さんは美術館内につくり出しました。他の什器も、工事現場などで使われる単管パイプと合板で制作されています。なぜ、こういった素材を選んだのでしょうか。
1995年に開館した東京都現代美術館は、新国立劇場や東京オペラシティなどを手がけた建築家、柳澤孝彦が設計を担当しています。長坂さんは今回の計画において、まず建物全体を覆う硬質な素材の表情と向き合うことから始めました。
「今回は建築に手を加えることができず、空間に用いられる素材の質感はどうしても90年代に建てられたという時代を物語るところがありました。既存の石やスチールとコントラストのある素材を選ぶことで、サインを目立たせることにしました」
長坂さんは、近年まで建築におけるサイン計画は空間と同化し、ひっそりと上品なほうがいいという傾向があったのではと続けます。しかし時にそれは、サインが空間に溶け込みすぎて視認性が下がる恐れもあります。今回は、あえて適切な違和感をもち込むことで、サイン本来の目的を果たすことを目指しました。
「そこで、カジュアルな板や工事用の単管パイプを用いたんです。ただ、ホールひとつとってもここは空間が大きいので、新設する家具やサインの物量が少なく見えてしまうことは大きな課題でした。素材に統一感をもたせて家具やサインに繰り返し使うことで、存在感を際立たせています」
また、1995年の開館時に本来計画されていた回遊性を、利用者に意識させることもリニューアルの目的のひとつでした。現在、同館の最寄り駅は東京メトロ半蔵門線・都営大江戸線の清澄白河駅ですが、開館時は未開通だったため、東京メトロ東西線の木場駅が最寄りでした。そのため、館内の導線は駅から隣接する木場公園を抜けて美術館へと向かうことを意識したつくりになっており、長いエントランスホールの中央にパークサイドエントランスが設けられています。しかし、清澄白河駅の開業後は多くが三ツ目通り側のメインエントランスからのアプローチが主となったため、受付もその近くに移動してしまい、ロッカーやクロークへの導線がわかりにくくなっていました。改めて受付をふたつのエントランスから確認できる位置に変更し、ロッカーの案内板など、これまで視認性が低かった部分の改善が念入りに計画されました。
「公園からのアプローチという柳澤さんが意図したであろう導線に、微力ながら戻していくお手伝いもしたかったんです。また、空間が巨大で、ホールなどの公共部に親しみを感じにくかったので、硬さを和らげる必要も感じました。中庭やプロムナードなど、せっかくの空間もスタッフのための裏動線に見えてしまう。もっと美術館を日常的に使ってもらい、お茶を飲みに来るような中で、今日は展覧会を見ようか、という使われ方に広げていきたかったんです」
エントランスホールからは、木場公園で遊ぶ子どもたちや散歩をする人々の姿も見えます。彼らが公園から気軽に入ってこられる、街に開かれた「普段使い」の美術館こそが、新たな東京都現代美術館の目指す姿でもあるのです。
変化していく美術館に寄り添う、可変性の高いサインを。
今回の計画は、長坂さんが美術館から什器やサインを含む公共部のリニューアルのコンペに参加したところからスタートしました。計画要綱を読み解き、長坂さんはグラフィックのプロとの仕事が必要になると、デザイナーを探すことに。色部さんと一緒に仕事をしたいと、真っ先に声をかけました。
「什器とサインの一体化を求められていたわけではなかったのですが、美術館の要望を読み解いていくと、そうすることで解決を図れると思ったんです。ただ、いろいろな要素が複雑に絡まり合う案件なので、同世代で一緒に着地を探れるデザイナーがよかった。実は色部さんとは初めて仕事をご一緒したんです。僕がこれまでよく設計してきた商業空間は、短期間での勢いある制作、広告的なビジュアルの強さ、ファッショナブルな要素などを必要とします。しかし、美術館は性質が異なります。制約が多い環境で、いかに安定したものを提案できるか。それをできる人が必要だったんです」
こうしてリニューアルに参加することとなった色部さんは近年、いくつもの美術館でグラフィック、ロゴ、サイン計画などに関わってきました。市原湖畔美術館、草間彌生美術館ではVIおよびサイン計画、富山県美術館とDIC川村記念美術館ではサイン計画に携わっています。色部さんは、あらためて館内を見渡し「空港のアプローチのような大空間なんですよね」といいます。
「東京都現代美術館は毎回展覧会の内容も異なり、コンテンツも日々変化します。つまり、いろいろな情報を受けとめる寛容な設えである必要があります。さらに空間が巨大なので、建築に寄り添いすぎたデザインにするとサインが全然機能しない状況になってしまう可能性があり、配慮が必要でした。使われ方やコンテンツが変化することを念頭に置いたサイン計画を考えたんです」
次々と貼り替えられていくポスター。不案内にならないように貼られる案内掲示。美術館が日々使われていくなかで、さまざまに変化していくものに対して柔軟な対応ができるように計画は進められました。たとえば什器は可変型にしてサインの更新を容易にしたり、掲示用のボードにはマグネットを使った着脱可能な仕組みを設けたりしています。グラフィック計画は、バックヤードも含めてなんと700以上の見直しが求められたそうです。
また、リニューアルオープンを記念し、東京都現代美術館では1年間限定で既存の「MOT」のロゴに変化を加え「MOT+」とした特別なロゴを使用しています。これは、オリジナル・ロゴを手がけた仲條正義が新たにデザインしたもの。MOTのロゴが好きだという色部さんは、サインの一部や担当したオープニング展のポスターにもこれを引用しています。
「今回の計画は、仲條さんのデザインと戯れる楽しさがありました。ロゴには仲條さんらしい独特の存在感や表情があります。ロゴのMの斜線は、美術館のエントランスの斜め柱の角度と揃っていることも、計画を進めながら知ってびっくりしました」
静止した空間から、動きある場所へ。
ふたりの話に耳を傾けながら、今回のパブリックスペースリニューアル計画を担当した東京都現代美術館の学芸員、藪前知子さんは次のように話します。
「東京都現代美術館は、企画展示室棟やコレクション展示室棟など4つのユニットがエントランスホールで繋がれています。これまで三ツ目通り側からは最奥にあたるコレクション展示室棟まで来場者を誘導することが十分にできておらず、計画を見直す必要を感じていました。当初、色部さんから提案されたサインのサイズを見て、あまりに大きくてびっくりしたんです。けれど実際に原寸で出力された紙で試してみると、それは私たちが求めていた視認性に叶うものでした。巨大な空間にどう響かせるか。今回の計画は違和感がないと伝わらない部分もありながら、館がもつ魅力をどう継承していくかも意識していただけました」
東京に限らず日本には数多くの施設が既にあり、今後はこれらをどのように時代に合った使い方をしていくか考えなくてはならない時代を迎えています。
「既存の建築で、どうやって新たな空間性を獲得するか。ヨーロッパでは歴史的な建造物のなかで、さまざまなトライアルが行われています。たとえばパリでは行政が路上まで席を広げているカフェから税金を徴収し、その染み出しが生み出す賑わいがパリという街に同化している。思い思いに染み出しているようでいて、計画的な仕組みになっているんです。対して日本は、計画的な仕組みではなく曖昧なモラルによって染み出し要素がつくられているので、一度ルールで規制されると途端に染み出しが減り、町から賑わいがなくなる。日本はオープンで開けた国でよいと思いますが、それを支えているのは曖昧なモラルで、人の善意によって成り立っている節があります。そのため、不確実で世の中の状況次第でどうにでもなってしまう弱さがある。東京都現代美術館では、そこへの問題意識から賑わいを計画の中で生み出していこうと考え、管理者がコントロールする家具とも建築とも言えないインターフェースを利用しました」長坂さんは語ります。
また、色部さんは先日、大阪の地下鉄「Osaka Metro」のCI計画を手がけ第21回亀倉雄策賞に選ばれました。ここで色部さんは、世界中の都市の地下鉄の色を調べ、入念に色を選んだといいます。既存の路線の色との差別化を図って採用したのは、水都を名乗る大阪らしい美しい深いブルー。長坂さんと色部さんの仕事はこれからも、都市のさまざまなインフラを支えていくことになりそうです。
あらためて、「サインがかっこよすぎて気付いてもらえない。そうではなく、伝えることが大切」と長坂さんはいいます。
「建築に限らず、完成されきったものや緊張を強いるものから、人が賑わいを求める時代へと変化しています。建築も完成を迎えてそれを留めるのではなく、時間を紡ぎ始める時代を迎えているように感じます。僕自身、変化していくことに興味がある。ぴたっと止まった静止画の時代ではないんです」
東京のさまざまな場所が時代に合わせたアップデートを進める中、変化していく東京都現代美術館で、その1シーンを体験してみましょう。
東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時~18時 ※展示室入場は閉館の30分前まで
休館日:月(祝日の場合は翌平日)
www.mot-art-museum.jp
※3月29日(金)~6月16日(日)までリニューアル・オープン記念展として、企画展『百年の編み手たち -流動する日本の近現代美術-』およびコレクション展『MOTコレクション ただいま / はじめまして』を開催中。