競走馬の聖地として名高い北海道の新冠町に、世界最大級の油彩画と出合える場所があります。廃校となった小学校を再生した、「太陽の森 ディマシオ美術館」。既存の美術館の概念を超えるユニークな取り組みを次々と行う、気鋭の創設者に話を聞きました。
縦9m、横27m。一面に広がる超大作の迫力に、息を呑まずにいられません。黙示録のようにも、創世記のようにも思える摩訶不思議な世界。この絵の作者は、ジェラール・ディマシオ。現代の幻想絵画の鬼才と評される彼が1997年に完成させた超大作は、単独の作家がキャンバスに描いた油絵としては世界最大級です。作者の意図を汲み、天地左右の壁面や床面は鏡張り。無限に広がる絵の世界に入り込んだような感覚は、唯一無二の体験です。
さらに、この絵には特別な仕掛けが施されています。1日8回、展示空間が暗転し、壮大な音楽をBGMに、次々と変化する光が絵を照らすのです。一部だけが妖しく浮かび上がったり、ワントーンの光が全体に当たって、絵の印象がガラリと変わったり。幻想的な世界観がおのずと膨らんでいくような、エンターテインメント感あふれる演出に驚かされます。
世界最大級の油彩画を、ユニークな演出で魅せる試みを行うのは、この作品が展示されている「太陽の森 ディマシオ美術館」の創設者であり、理事長を務める谷本勲さん。
「ディマシオとの出合いは43年前。パリのギャラリーで彼の個展を見て、あまりの美しさに衝撃を受けました」。過去と未来、現実と夢とが交錯するようなディマシオの世界に、無限の想像力を喚起されたといいます。
いつしか谷本さんのコレクションは200点を超え、美術館をつくって多くの人に見てもらいたいと思うように。作家自身も奮起し、展示のメインとして精魂込めて描いた作品が、この世界最大級の油彩画なのです。とはいえ、超大作が収まる規模の場所探しは難航。10年以上経ったある日、谷本さんは、新冠町の廃校校舎がネットオークションにかけられるというニュースに遭遇します。
すぐさま現地に赴いた谷本さんは、地区の開拓者として尽力してきた長老の「ぜひここを再生してほしい」という熱意に心打たれました。
「開拓者魂が乗り移ったんでしょうね。これからは、鍬の代わりにアートでこの地を開拓しようと決意しました」。立派なつくりの校舎は補修の必要もなく、体育館は絵がほぼぴったり収まるサイズだったため、改装は急ピッチで進み、2010年に美術館としてオープン。
「この地は豊かな自然が財産。だから、なにより大切にしたのは自然との共生です」。そうした思いから、校舎の窓を活かして外光を採り入れているのも、美術館としては型破りな試み。作品はUVカットフィルムで保護され、日の移ろいによって表情が変わるさまを楽しめるようになっています。
さらに、自然との一体感を意図してつくられたのが、今春オープンした「ガラスの美術館」です。敷地内の元プールを改装したこの美術館は、全面ガラス張りのつくり。作品を鑑賞しながら外の緑を眺めることも、外に設けられた遊歩道から中の作品を眺めることもできるという、まさに自然と一体になった美術館です。
ここでは、ガラス工芸の巨匠、ルネ・ラリックのコレクションが150点ほど展示されている他、日本の近代ガラス作家・壹谷旭(いちやあきら)の作品も充実しています。壹谷旭は、熱により銀箔を金色に発色させる「窯稀彩(ようきさい)」などの独自の技法を編み出し、日本のガラス工芸界に大きな功績を残した作家です。
日本でも有数のラインアップを誇るラリック作品は、見応えたっぷり。ディマシオ美術館内にも展示スペースが設けられており、こちらは黒一色の室内という空間。ラリックが好んで使った、半透明や乳白色の「オパルセント・ガラス」と呼ばれるガラスが放つ、神秘的な美しさが際立つ展示です。両方の対照的な空間で、立像「シュザンヌ」や花瓶「バッカスの巫女たち」をはじめ、数多くの代表作をゆったり鑑賞することができます。
一方、壹谷旭の作品は、大胆な造形や彩りの多彩さが圧巻。窯稀彩のきらめきや、うねるような動きを閉じ込めた作品を見ていると、ガラスが生き物のようにも感じられます。優美なラリック作品とは対照的な、躍動感あふれるガラスの魅力を堪能することができます。
教室を活かした空間で出合える、 さまざまなアーティストの作品。
さらに、ディマシオ美術館館内には、谷本さんが収集してきた、さまざまな作家の作品が展示されています。道産のカラマツがふんだんに使われた内装は、かつての小学校時代のまま。教室や廊下が、展示室として活かされているのです。心象画家の河島真規子の部屋もそのひとつ。壁一面に広がる「太陽の森」は、美術館がある太陽地区をイメージして描かれた作品。
陶芸家の山崎正裕の展示室では、ミニチュアのヨーロッパの街並みや田園風景がまるで本物のようで目を奪われます。瓦葺きの家屋や刈り込まれた樹木、教会に集う人々や農場の動物たちなど、陶器でつくられているとは思えないほどの精巧さ。箱庭の中に息づく平和で穏やかな暮らしの光景に、作者の温かな視線が感じられます。
エントランス近くの廊下に展示されているのは、陶芸家のm.yam(エム・ヤム)の作品。イラストレーター出身の彼女が生み出す、可愛らしくも奇抜な世界観は独特です。作品一つひとつにストーリーが込められていて、「鳥を放す日」「肉球あわせ」など、ユニークなタイトルにも想像力をかき立てられます。
北の大地の自然と共生し、校舎をそのまま活かした展示で個性派アーティストたちの作品を鑑賞できる「ディマシオ美術館」。一見、型破りな自然光の採り入れやガラス張りの空間、光と音の演出も、「美術館の使命は、作品の魅力が100%以上伝わるような見せ方をすること」と語る、谷本さんの熱意の賜物なのです。
さらに谷本さんは、宿泊施設の併設も構想中。「いわば、美術館版オーベルジュ。“泊まれる美術館”にして、夜間も作品が見られるようにしたいんです」との計画も楽しみです。札幌から高速道路を使えば、90分でアクセス可能。ぜひ気軽に足を運んでみてはいかがでしょうか。
ディマシオ美術館
住所:北海道新冠郡新冠町字太陽204-5
TEL:0146-45-3312
開館時間:9時30分〜16時30分
定休日:月、火、水(祝日の場合は開館)、11月26日~(冬季休館)
※4月26日~5月6日、7月26日~9月30日の期間は無休、開館時間:9時30分~17時
※団体の場合は、曜日にかかわらず開館。詳しくはお問い合わせを。
入場料:一般¥1,100(税込)