かつて「ic! berlin(アイシー・ベルリン)」や「MYKITA(マイキータ)」を立ち上げた眼鏡界の異端児、フィリップ・ハフマンスが新ブランドをスタート! ドイツから初上陸する「Haffmans & Neumeister(ハフマンス&ノイマイスター)」を、いち早くご紹介します。
極薄のステンレスシートをカットした超軽量フレームに、ネジを使わない特殊構造のヒンジ。こう言えば、アイウエア好きならばその姿かたちが思い浮かぶに違いありません。それまでのアイウエアの常識を覆し、いまや世界中で人気を集めるシートメタルの眼鏡フレームを生み出したのが、このフィリップ・ハフマンスです。最初のブランドの立ち上げから20年以上を経て、三度(みたび)彼が挑む新ブランド「ハフマンス&ノイマイスター」は、昨秋のアイウエアの国際見本市「シルモ」で話題をさらいました。Pen Onlineでは完成したばかりの工房を訪れ、3度目の挑戦にかけるハフマンスの思いと、日本上陸を予定する新コレクションの詳細を聞きました。
20年の経験からたどり着いた、“究極のアイウエア”
緑に囲まれたベルリンの住宅街の一角に、「ハフマンス&ノイマイスター」の工房があります。大きな窓から明るい光が差し込む開放的な空間に、作業台が並んでいます。テーブルの上には、独自に開発した部品の製作器具が置かれていました。
メイド・イン・ベルリン。 自社開発の専用器具でつくる部品。自身で立ち上げた「ic! berlin」や「MYKITA」で、最先端のアイウエアを生み出しつづけてきたフィリップ・ハフマンスがこだわっているのはこのふたつです。それは20年以上も経ったいまでも変わりません。
1993年。「ic! berlin」が生まれるきっかけとなったのは、学生を対象にした眼鏡のデザインコンペでした。同級生とともにアルミニウムシート製のフレームを考えたフィリップ。しかし、あまりに突飛な発想のためメーカーからは相手にされず、部品を加工するための器具から自分たちで試行錯誤しながら試作品をつくり上げました。
その後、医療用につくられた、厚さわずか0.5mmという弾力のある極薄ステンレス板に出合い、ネジを使わず、フレームとテンプル部分を差し込むように固定する画期的な蝶番「スクリューレスヒンジ」を考案。1997年に特許を取得しました。メタルシートをレーザーでカットするので、フレームのフォルムは自由自在で超軽量。ヒンジ部分を軽くねじってカチリと外せばすべてのパーツがほぼフラットになり、持ち運びも簡単。画期的な商品でしたが、初めて参加した眼鏡フェアでの反応は、とても批判的なものだったと言います。
「眼鏡は本来、視力補正のためのものですよね。高価な度入りのレンズが最も重要なパーツで、それを支えるのがフレームの仕事だと考えられていました。でも、私たちの発想は反対でした。薄いメタルシートでつくるやわらかいフレームに安定性を与えるための、硬いレンズ。最初はフレームの抵抗力が強すぎてレンズが割れてしまったりして……。フィット感などは二の次で、かっこよければ良いと思っていました。眼鏡界の暗黙のルールをやぶっていたんです」と苦笑するフィリップ。オプティシャンたちから辛口のコメントが集まる中、フィリップを勇気づけたのは、当時リュネット・ジュラのオーナーだった高橋一男さんだったそうです。
「高橋さんは、初めてのお客のひとり。目利きの彼が認めてくれるなら、方向性は間違ってないはずだと自信がもてたんです」
考え方の違いから「ic! berlin」を離れたフィリップは、2004年に「MYKITA」を立ち上げました。今度のアプローチは、ファッション性と機能性の両立。特にサングラスと視力補正用の眼鏡、レンズさえ替えればどちらにも使えるフレームは、画期的な発想でした。
「時代も自分たちに味方した」と、フィリップは言います。「レンズの製造技術が進み、弾力性が高くなったことで、割れにくくなりました。このことでメタルシートのフレームがオプティシャンにも受け入れられるようになり、同時にファッション性も高めました。ベルンハルト・ウィルヘルムとのコラボが話題を呼んだことで一気にブレイク。社員も300人以上に増え、顔も名前も知らない人ばかり。次々新しいデザインを、という重圧もすごかった」
しかし、そうしたすべてをリセットしたくなったというフィリップは、2013年に「MYKITA」を去ります。そして、いま再び新ブランドに挑戦するというのです。「眼鏡とはいったいなにか」という根本的な問いに対して、彼が見つけた答えとは、一体どのようなものでしょうか。
「眼鏡の原型」を求めて生まれた、究極のデザイン
「これまで2度も、『ありえない』って言われたことをひっくり返してきました。ふたつのブランドがいまも存在しているのに、あえて、また新たな一歩を踏み出す意味はあるんだろうかと、自分も悩みました」。しかし、自分の原点はやはり眼鏡づくりにあると、弟のダニエルと大学時代からの盟友、ジャン=ピエール・ノイマイスターとともに、自らの名前をつけて「ハフマンス&ノイマイスター」を立ち上げます。自らのルーツに立ち返った彼が生み出したのは、装飾を削ぎ落としたところにある芯のような、凛とした佇まいのデザインでした。
「厚みがほとんどないシートメタルで眼鏡をつくるということは、シルエットをデザインするということです。ですから、ほんの少しのディテールやカーブ、レンズシェイプと顔とのバランスでその印象が大きく変化します。そこで、定番のアイコニックピースに絞って、レンズの大きさを幅広く取り揃えることにしました」
眼鏡をつくり始めた頃を思い出そうと自らのルーツをたどるうちに、眼鏡の歴史自体に興味を抱いたフィリップは、中世から続く眼鏡のデザイン史を再検証。新ブランドの定番はどんな顔型にも似合い、また歴史的にも人類が最も長くかけていた丸型です。
「1960年代にレンズ製造技術が格段に進化するまでは、丸型以外のレンズは存在しなかったんです。丸というのはとてもグラフィカルで、インパクトのあるアイコン。ファーストシーズンでは、この丸型『Phantom』を中心に、1930年代風の下側が少し細くなった丸型の『Hazeltine』、オーバル型やバカンスの定番のサングラスのフォルムなど、眼鏡の原点と言えるデザインを追求しました」とフィリップ。フレームとテンプルをつなぐ蝶番、スクリューレスヒンジは、今回は2つの正方形を組み合わせた構造になっています。
決して立ち止まることなく次々と新しい発想を試したいフィリップにとって、工房がオフィスのすぐ近くにあるというのは、とても重要なことだと言います。
「コストを考えれば、どこか他の国で大量生産したほうがいいに決まっています。でも、自分がやりたいことは、満足がいくものはそれでは実現できない。会社自体もアットホームなほうが好き」
いまはスタッフは28人。デザインの数も、製造本数も限りがあります。「ここ20年の間に、アイウエアの買い方にも大きな違いが出てきました。店で試さずにオンラインで買って、家でかけてみて気に入らなければ無料で返却できたりする。価格やサービスでは、私たちはとても対抗できません。しかも“同様の”シートメタル眼鏡はもう既に2種類もあるわけで(笑)ニッチな分野の中でもさらにニッチという自分の立ち位置を考え、より深く、より精密な、洗練されたデザインを追求していくしかないと思ったんです」
「眼鏡は、とてもパーソナルなものですよね。その人の“顔”をつくる存在です」
同じモデルの中でレンズの大きさを幅広く揃えたのも、そこに理由があります。オンラインでは、レンズの大きさが自分の顔に与える印象の違いまではわからないので、実際に手に取ってかけて見てほしいそう。長く愛用してもらえるように、オプティシャンが調整しやすいデザインにするというのも新ブランドにおける課題のひとつでした。
「テンプルは耳のカーブにフィットするよう長めにして、ノーズパッドも交換しやすく鼻あたりもいいように……」
そして、“眼鏡デザインの当たり前”に疑問を提示することも忘れません。
「長らく、アジアの人たち向けのノーズパットを開発してきました。でもノーズパッドって本当に必要なものなんでしょうか?」。フィリップは、自分の成功に決してあぐらをかくことなく、次々と新しいものに挑戦します。
今回、ファーストコレクションはもちろん、いくつかのプロトタイプも試したところ、デザインの繊細さや美しさ、軽さに魅了されたのはもちろんのこと、顔なじみがとてもよく、見た目のインパクトからはいい意味で裏切られます。「これは私には絶対似合わない……」と思ったデザインでも、レンズの大きさを変えると似合ったり。噂のアイウエアは今年、日本へ上陸の予定です。ぜひ店頭で見かけたら手に取って、まさに自分の“顔”となる、究極の一本を見つけてください!
問い合わせ先/ハフマンス&ノイマイスター TEL:+49-30-61082280 haffmansneumeister.com