ADC賞から読み解く、クリエイティブにおけるオンスクリーンの可能性と未来。

  • 写真:大河内 禎
  • 写真:中村彰男(INDUSTRIAL JP)
  • 文:山田泰巨
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去る7月、ギンザ・グラフィック・ギャラリーとクリエイションギャラリーG8でADC展が開催されました。広告やデザイン作品から選出される同賞は、日本のクリエイティブの現在を知ることのできる賞のひとつ。今年よりオンスクリーンメディア部門が加わり、作品の幅が広がった同賞の受賞作品を紹介します。

一般作品の展示が行われたクリエイションギャラリーG8
ADC会員の作品が展示されたギンザ・グラフィック・ギャラリー

ADC賞なる賞を聞いたことはあるでしょうか。

アートディレクターを中心に、フィルムディレクター、クリエイティブディレクター、コピーライターなどで構成される東京アートディレクターズクラブ(以下ADC)が毎年、1年間に発表された広告やデザイン作品から優れた作品を選出する賞。ポスター、新聞・雑誌広告、エディトリアルデザイン、パッケージ、CI・マーク&ロゴ、ディスプレイ、テレビコマーシャルなどといった多様なジャンルが対象となっていますが、今年はここにウェブや映像を対象とする「オンスクリーンメディア部門」が加わりました。今年度の受賞対象は、2016年5月から2017年4月までに制作された作品。先ごろ、約8000点の応募作品から75名の会員投票で受賞作品が選ばれました。

グランプリを獲得したのは町工場6社による工場音楽レーベル「INDUSTRIAL JP」のウェブサイトと映像。初の審査で注目を集めたオンスクリーンメディア部門より出展された作品で、町工場に光をあてた社会性、機械の部分アップの連続で構成される映像とオリジナルの音楽の融合が高い評価を得ました。そう、ADC賞の審査対象となる作品の多くは時代をうつす鏡でもあるのです。オンスクリーンメディアの魅力とともに、今年度の受賞作品を見てみましょう。

グランプリ作品は、新設部門から。

http://idstr.jp/

グランプリに選ばれた「INDUSTRIAL JP」は、町工場6社による音楽レーベルのウェブサイトと映像作品が評価されました。アートディレクターの下浜臨太郎さん、サウンドディレクターの木村年秀さん、アートディレクター(ウェブ)の坂本政則さん、フロントエンドエンジニア(ウェブ)の村山健さんが受賞対象の制作者として選ばれました。一般的な人々にとって馴染みの少ない町工場の魅力を、工作機械の映像と一定のリズムを引用したクラブミュージックを繋げることで視覚化。より広い層へと届く試みを行なっています。

写真左から、アートディレクターの下浜臨太郎さん、サウンドディレクターの木村年秀さん、アートディレクター(ウェブ)の坂本政則さん、フロントエンドエンジニア(ウェブ)の村山健さん。TシャツはINDUSTRIAL JPのアイテム。

今年より新設されたオンスクリーンメディア部門は、コンピュータメディアや映像メディアを主体としたアートディレクションを対象にしています。今回、グランプリとなった「INDUSTRIAL JP」は、さまざまな技術をもった町工場とクリエイターたちがつくりだしたユニークな音楽レーベル。町工場への関心を高めることを目的に立ち上げられ、工作機械が刻む動作風景や音に注目し、両者を組み合わせた映像と音楽作品をレーベルとして配信していくというもの。これを発信するウェブサイト、そして映像が高く評価されて受賞につながりました。

「中小製造業を盛り上げていけないだろうかという相談を、知人を通じて知り合った町工場の社長に持ちかけられたことが発端です」と話すのは、アートディレクターとして「INDUSTRIAL JP」をまとめあげた下浜臨太郎さん。

「限られた予算で魅力を伝えるために現場でリサーチから始めました。その一環で町工場が集う商談会というものに参加した際に、INDUSTRIAL JPにも参加していただいた小松ばね工業さんが自社の製造工程を映像にして流していました。中毒性のある映像で、一定のリズムを刻む作業音が四つ打ちのミニマルミュージックのように思えてきたんです」

下浜さんは、機械の作業風景と音楽を組み合わせた映像がつくれないかと、サウンドディレクターの木村年秀さんに相談を持ちかけます。DJとしても活躍する木村さんは「一度きりのプロジェクトで終わるのではなく、継続的なものにしたい」と、それらの作品で音楽レーベルを立ち上げるのはどうだろうかと提案しました。

「ただのコンテンツの羅列から逃れるためにも、コミュニケーションの構造の中心をずらし、広がりを持たせた方がいいと思ったんです。広告のフィールドではなく音楽のフィールドで、ネットレーベルとして運営することで、音楽ダウンロードサイトをはじめ、音楽サイト、音楽番組、イベントやTシャツの物販といった新たな接点が生まれます。音楽レーベルとして、キュレーションサイトの性格を併せ持ったプロモーションサイトを目指すことにしました」

こうして油まみれのなか動く機械の姿などを映像に収め、実際に工場で響き渡る音を採取して中毒性のある映像音楽作品が生まれました。音楽は、DJ TASAKAやDorianなどといったクラブミュージックのクリエイターたちが楽曲を制作。楽曲も、デトロイトテクノを意識した作品からアンビエントやポップな作品まで、工場のもつ個性とともに幅広く表現されています。またYouTubeの字幕表示機能を使うと、それぞれの作品でピックアップされた工場の作業を解説する文章が表示されます。バネやネジなどの製造工程を伝える様はまるで教育番組のプログラムのようで、フェティッシュな映像とともに知的好奇心を刺激します。日本のものづくりを支える町工場の実態をユニークな手法で一般の人々に伝える社会性も高く評価された所以です。

左:DJ TASAKA 右:Dorian

「音楽が好きな人、工場フェチの人、そしてパッケージとして作品を気に入ってくれている人。他にも僕たちの思いもよらぬ人が音源を購入してくれていて、町工場と一般の方々とのあいだにこれまでにない接点を産むことができています」と木村さん。ただし、映像作品を単体で並べてもまとまりはでません。そこで生まれたのが、これら作品を包括するウェブサイト。

「世界観をしっかり表現する必要がありました。映像に映し出される、油のぬるっとした感じや金属がカットされる雰囲気。しっかりとしたものづくりを表現したほうが共感を得られるように感じたんです。これをウェブでも表現したかった」と下浜さん。そこで声をかけたのが、デザインファームDELTRO代表の坂本政則さん。偶然にも実家が機械設計事務所という坂本さんは、もともと工作機械の世界に詳しかったといいます。

「工作機械特有の動きと音のアルゴリズムに対して、テクノ・ミュージックを組み合わせるという、そもそものアイディアの良さがあったので、ウェブサイトは本来シンプル・ミニマルな印象でも十分成立する強度があったのです。しかし、日本の町工場をレーベル化するプロジェクトという課題に対して、より、その世界観を体現できるパッケージにしたいと考え、工業機器、CAD、電子回路図、製図用テンプレート、打刻文字、DAWソフトウェア、フィジカルコントローラーなど、工業~音楽周辺のフェティシズムな要素をミックスしたアートディレションを施しました。どんなデバイスで閲覧しても最適な形態で表示され強度も保つ、それでいてコンテンツ特有の良さを見た目だけでなく、演出としても機能させることを目指した構造設計を、村山と共に吟味していきました」と坂本さん。

「コードを書いて、どのように見せると効果的かをスタディする。その際に技術が目立つのではなくアートディレクションの世界観の中でバランスを取ることは、昔から心がけています。今回は、特にスマートフォンで見たときにも、この映像の迫力が伝わることを強く意識しています。」と、フロントエンドエンジニアの村山健さん。

INDUSTRIAL JPはスマートフォンで開くと映像は縦方向で表示されます。これで「より没入感が高まる」と村山さんは語ります。木村さんの目もまた冷静。「メディアアートはいま、1〜2年で表現が古くなってしまいます。現状の環境に過度に最適化していく危険性もあります」と指摘。下浜さんも、「そもそもこのサイトは町工場の人たちが楽しめないといけない。限定的な楽しみ方はたとえばイベントなどで発展させることもできますが、まずは日常的に見ることができ、この美しい製造過程を楽しんで欲しかった」。サイトの立ち上がりで他の工場の動きを見て楽しむ町工場の人々も多いそうです。

「INDUSTRIAL JPは、映像だけでも、ウェブサイトだけでもない。メディアに軸に幅があったことが評価につながったのではないでしょうか。“コンセプトがよい”という話もありましたが、実は工場萌えのフェティシズムの世界なんです。だから、ふわっとしていて入りやすい(笑)。フェチをもった人たちが集まって、フェチを語り合いながら制作しているんです。さらに、外の世界に活動が広がっていってもフェチからはじまったものなので共感度が高いのかもしれません」

現在、3本の作品を制作しているところで、これから順次公開を始める予定だそうです。また実際に工場で行われるイベントの参加なども予定されており、オンスクリーンをきっかけに町工場のさらなる広がりをINDUSTRIAL JPは担っていくことになりそうです。

尽きることのない、紙での表現のクリエイティビティ。

2017年1〜3月にギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催された仲條正義さんの個展「IN & OUT, あるいは飲&嘔吐」に出展されたポスター新作22点、ならびにPUNCTUMのブック&エディトリアルがADC会員賞を受賞。80歳を超え、「MOTHER & OTHERS」をテーマに若々しく、みずみずしい仲條さんの作品に票が集まりました。
ADC会員賞を受賞した、井上嗣也さんによるパルコミュージアム「PARCO “SHIBUYA, Last Dance_”」のポスター。2016年8月をもって一時休業となった渋谷パルコのパルコミュージアムで開催された、休業前最後のグループ展『SHIBUYA, Last Dance_』。井上さんは展覧会ポスターに加え、作家としてポスター作品を出展。
原弘賞を受賞したのは、「アートディレクター 江島任 手をつかえ」のブック&エディトリアル。アートディレクターとして『ミセス』『ハイファッション』『装苑』『PLAYBOY日本版』のエディトリアルデザインを手掛け、男性誌『NOW』を創刊し実質的な編集長を務めた江島任。全656ページというボリュームで、日本の雑誌界にエディトリアルデザインの礎を築いた名アートディレクターの功績を追った書籍。木村デザイン事務所の木村裕治さんによる作品。
ADC会員で審査員の菊地敦己さん

今年のADC賞を審査した会員はどのように作品を読み解いたのか。ADC会員であるグラフィックデザイナー・アートディレクターの菊地敦己さんにお話を聞きました。

「今回は、仲條正義さんと井上嗣也さんというADC会員のなかでも異才の2人の受賞が印象的でした。なかでも仲條さんは、グランプリを受賞したINDUSTRIAL JPと対照的な存在だといっていいかもしれません。アートディレクションというのは、自らの手でつくる人もいればチームで挑むものもあります。前者である仲條さんが、この展覧会でさらに新しい表現を展開しています」

仲條正義さんは、2017年1~3月にギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催された自らの個展「IN & OUT, あるいは飲&嘔吐」に出展したポスター新作22点、ならびにPUNCTUMのブック&エディトリアルでADC会員賞を受賞。展覧会開催時に83歳を迎えたとは思えぬほどに若々しく、みずみずしい作品は会期中から話題を集め、今回の評価にもつながったといいます。

「造形ももちろんですが、ポスターという限られた紙の中でまだこんな空間のつくり方があったのかと驚かされました。オンスクリーンが一般化するなか、実はポスターという紙表現の照度や定着感への感覚も変わってきています。仲條さんもそういった状況に敏感に反応しつつ、ダイナミックな編集をもってまだまだ平面表現に可能性が残されていることを提示しています。一方、井上さんのパルコのポスターは、意味に収まりきらないビジュアルの強さがあります。1970~80年代、新しいものはパルコから生まれるという存在であったことを今あらためて想起させられます。もちろん今の井上さんだから、出てくる表現がそこにある。こうしたことを含めての評価だったのではないでしょうか」

今回新たに新設されたオンスクリーンメディア部門について、「もともとウェブでメディアを審査することはこれまでも何度も議論されていたんです」と菊地さんは言います。

「私たちはこれを、コンピュータメディアを使った大きな枠組みとして捉えています。ウェブや映像作品、プロジェクションマッピングなども含まれるでしょうか。まだまだ成長過程にある表現のため、会員内でもさまざまな意見が交わされました。すでに2~3年前でも今とずいぶん表現が違います。しかし僕たちADCはあくまでアートディレクターズクラブなので、評価をするのは技術ではなくアートディレクションです」

今回、オンスクリーンメディア部門に出展されていた作品は、こうしたディレクションの視点から良作が揃っていたのではないかと菊地さん。

「たとえば、インターネットの拡大によって尺の長いCMが一般的になっています。テレビだけではなくさまざまなメディアで視聴できるので、連続性をもつもの、シリーズを多く制作するものなども増えています。またウェブメディアの表現では、ウェブらしくない書物のような見せ方をするものがいくつか見られました。受賞には至りませんでしたが、東京国立近代美術館で開催されたトーマス・ルフ展の公式ホームページは、ウェブならではの方法で構成しながらも、テキストの中に注釈を入れ込むなどエディトリアル的なデザインを施しています。書物的なデザインをオンスクリーンメディアへと翻訳する方法が非常に丁寧で完成度の高い作品でした」

一方で、グランプリを獲得した「INDUSTRIAL JP」は総合的なバランスの良さが評価のポイントだといいます。

「とはいえ、審査員側によって読み解き方も随分違う作品でもあります。工場の機械の規則的な動きを引用するという、情報が氾濫しているインターネット上でもあまりない情報を採取しており、ネタの掴みかたに巧さを感じました。また、音楽販売サイトへの導線など、外部への広がりも意識されています。映像や音楽の完成度は高く、ウェブサイトのデザインも念入りにつくられています。ひとつひとつがものすごく新しいわけではないかもしれませんが、既存のサービスやツールをうまく統合的に組み上げて、フットワークの良いディレクションがなされています。町工場・テクノ・インターネットという組み合わせも、ちょっと憎たらしいくらい文脈がきれいにまとまっていますね(笑)。今後こういったかたちのプロジェクトは増えていくだろうと思います。世の中にある現象をコンテンツに昇華して流通させるというこのモデルは、拡張性が高く今後の展開にも期待させられます」

オンスクリーンメディア部門を新設したことからもわかるように、ADC賞がクリエイターに求めているのは、何か新しいものが見たいという欲求にこたえることではないかと菊地さんは言います。

「会員も幅が広いですから、見ているものも、センスも、時代もすべてが違う。けれどみなに共通しているのはそこです。広告であっても、なにか新しいチャレンジを自律的に行う。それを、結果を出しながらつくり続けていくことが重要なんです。ADCという団体が、時代の隆盛や経済効果とはまた違う可能性を担保することで次世代の実験性やクリエイティビティへとつないでいく。それこそがこの賞の目指しているものではないでしょうか」

非会員による一般作品の、多様な発想力。

ADC賞に選ばれた、アートディレクター・岡室健さんによる六本木ヒルズ「FLOTICON BALLOON」のデザイン。クリスマスシーズンに設置された光のバルーンは、光を乱反射する風船に特殊な電子回路を閉じ込めており、雪の結晶や星などのクリスマスモチーフが宙を漂いながら輝くというもの。ADC展会場ではそのバルーンが実際に展示されました。
ADC賞を受賞したパルコ「2016AW-2017SSシーズンキャンペーン」のポスター、コマーシャルフィルム。2014年からパルコのキャンペーンでクリエイティブディレクターを務めるM/M(Paris)がアートディレクションを行い、ヨーガン・テラーが撮影を担当しました。グリム童話へのオマージュで、一年を通じて連続する内容のキャンペーンを展開。
ADC賞受賞のトヨタ自動車「NEW TOYOTA 86」ポスター、雑誌広告、コマーシャルフィルム。アートディレクターに池澤樹、フィルムディレクターに山本一磨、クリエイティブディレクターに野添剛士、フォトグラファーにステファン・フォン・ボルベリー、内田将二が参加。4年ぶりにビッグマイナーチェンジを行った86の新登場キャンペーンで、青空や海、白いアスファルトと86という、グラフィカルで疾走感のある表現を行なっています。

長野巡回展 2017ADC展(会員・一般作品)

市立小諸高原美術館・白島映雪館
住所:長野県小諸市大字菱平2805-1
開催期間:2017年12月23日(土・祝)~2018年2月12日(月・祝)
開館時間:9時~17時
休館日:月曜(祝日の場合は開館)、祝日の翌日休館
入館料:無料