週末の展覧会ノート17:六本木の21_21 DESIGN SIGHTで開催中の「そこまでやるか」壮大なプロジェクト展。ディレクターを務めるのは、お馴染みの青野尚子さんです。今回は特別編として、ご自身によるナビゲートでこの企画展を紹介します!
普段はライターとして展覧会を取材する立場なのですが、今回は展覧会ディレクターとして企画を手伝いました。21_21 DESIGN SIGHTで開催中の「そこまでやるか」壮大なプロジェクト展は、クリストとジャンヌ=クロードをはじめとする文字通り“壮大な”作品をつくっている人々の展覧会です。いつも表側をお伝えしている展覧会の舞台裏をちょっとだけ、お見せします。
国内外8組の作家による、壮大なアート作品が集結。
21_21 DESIGN SIGHTで10月1日(日)まで開かれている「そこまでやるか」壮大なプロジェクト展は、クリストとジャンヌ=クロードが昨年実施したプロジェクト『フローティング・ピアーズ』から始まりました。クリストたちは21_21 DESIGN SIGHTディレクターのひとりである、三宅一生さんとは長年の友人です。クリストから送られてきた『フローティング・ピアーズ』の写真やスケッチを見た三宅さんは、わずか16日間だけイタリアの湖に現れた幻のようなアートを日本の人々にも見てもらいたいと考え、この展覧会がスタートしました。クリスト以外にこの展覧会に参加してくれたのは国内外7組の作家たち。いずれもさまざまな意味で“壮大な”作品を発表しています。
クリストとジャンヌ=クロードの展示はこれまでの彼らのプロジェクトを網羅したコーナーから始まります。実現したプロジェクトは『フローティング・ピアーズ』を入れて23。ひとつのプロジェクトを着想してから完成するまで数十年がかりということも珍しくありません。彼らはスポンサーをつけず、プロジェクトの経費をすべてクリストのドローイングを販売するなどの手段で調達していますが、膨大な予算だけでなく、許可を得るために多くの労力を費やします。1991年に茨城県常陸太田市、日立市、里見村で行った『アンブレラ』では450以上の地権者と交渉しました。「お茶を6000杯飲みました」と冗談を言っているぐらいです。
続く展示室では『フローティング・ピアーズ』などのドキュメントと、今年2月にニューヨークのスタジオで収録したクリストのインタビュー映像が3面スクリーンで流れます。全部で1時間近い長編なのですが、これが面白い! クリストのインタビューはもともと、2時間以上ありました。彼はその間立ちっぱなし、しゃべりっぱなしです。80歳を超えているとは思えないエネルギッシュさです。彼らは、誰かに依頼されたプロジェクトを行うことはありません。すべて自分たちで「こんなものがつくりたい」と考え、場所を探し、さまざまな交渉を重ねます。その動機は「自分たちがその“美”を見たいから」。また、「そこにはなんの目的もない」と言います。こんなことを言い切られると一瞬、びっくりしてしまいます。でも彼らの作品を目の当たりにすると、なぜか不思議と納得してしまう。クリストとジャンヌ=クロードの途方もないアートにはそんな力があるのです。
彼らのプロジェクトの大半は期間限定です。ある一定の期間が過ぎると幻のように消えてしまいます。でもなくなってしまうぶん、見た人の記憶には強く残る。改めて考えると、人生に起きることはすべて同じことの繰り返しではありえません。彼らの作品はそんなことも思わせます。
制作のプロセスに驚き、また作品の規模に圧倒される。
地下の大きなスペース「ギャラリー2」には半透明の浮かぶ洞窟のような妙な物体が。クロアチアとオーストリアの3人組「ヌーメン/フォー・ユース」のインスタレーションです。実はこれ、どこのオフィスや家庭にもある粘着テープでできています。工作などに使うアレです。その幅の広いものをぐるぐると巻き付けてつくってあるのです。芯材になにかを入れているわけではないので、あの薄いテープをひたすら巻き付けていくという地道な作業でつくられました。
出来上がった作品には人がふたりまで入れます。中に入ると乳白色の洞窟が続く、ちょっとSFっぽい景色が広がります。床の大半は斜めになっていて、ゆらゆらと揺れます。無重力空間に入っていったような気持ちになれるのもSF的です。
制作にあたって彼らは設計図のようなものを携えてきましたが、模型の写真にマジックで大まかな線を引いただけに見えました。天井や白い枠に付けた輪や、もとからある柱のどこにテープを巻き付けていくかの指示はしてありますが、どのぐらいの厚みまで巻くかは現場で決めているようです。
彼らの作品では有機的なかたちであることがポイントのようです。そう言われてみると動物の巣かなにかのようにも見えます。植物の中を顕微鏡で見るとこんな感じになるのかな、とも思えてきます。彼らはもともとインダストリアル・デザイナーとして出発、ビニールなどを使った舞台美術で脚光を浴びました。いまではアート・ユニットとして、観客が巨大な網の上を歩くといった大がかりなインスタレーションを展開しています。そのきっかけのひとつは舞台でダンサーが紐のようなものを持って踊るというシーンだったそう。紐がダンサーの動きを記録しているように見えて、そんなアートやオブジェをつくってみたいと思ったのが始まりだったと言っていました。
薄くて高い壁のような構造体は建築家、石上純也が中国で進めている教会の模型です。縮尺は約10分の1。実物は幅1.35m、高さ45mになります。屋根はなく、上から光も雨も降ってきます。奥のほうがぷっくりと膨らんでいるので、奥に進むほど明るくなります。この教会はなだらかな丘に挟まれた谷に建てられるのですが、丘の高さは教会の半分ぐらいなのだそう。鋭い刃物のようにそびえ立つこの模型を見てリチャード・セラの彫刻を思い出した人もいるそうです。
石上さんの作品はこんなふうに、極端なプロポーションをしていることがあります。彼が注目を集めるきっかけになった作品は、極薄なのに天板が大きいテーブルでした。『神奈川工科大学KAIT工房』では薄い屋根をたくさんの細い柱が支えます。柱のかたちや位置はあえてバラバラにしてあり、人が集まったり、ひとりで作業したりとそれぞれの行為に応じて自然と適した場に動いていくようにつくられています。この教会も光に誘われて奥へと進むうちに、神に導かれるような気分になれるのではないでしょうか。
展示環境を考慮し、再構築された作品の魅力。
『ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ』は空気で膨らませると約500人が入れるホールになり、空気を抜いて畳むとコンテナ1台に収まるという、移動式のコンサートホール。東京ドームの屋根のような丈夫なビニールでできています。東日本大震災の復興支援プロジェクトとしてスタートし、2013年から15年までに宮城県松島町と仙台市、福島市の3カ所で公演を行ってきました。
このプロジェクトはルツェルン祝祭管弦楽団のミヒャエル・ヘフリガーの発案で始まったもの。彼は震災の翌日に友人であり、クラシック音楽のイベントを企画している梶本眞秀さんに電話をかけ、「なにかできることはないか」と尋ねました。梶本さんは建築家の磯崎新さんに相談したところ、アーティストのアニッシュ・カプーアを紹介され、3人の協働で膨らむ移動式のホール『ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ』が生まれたのです。
「ギャラリー2」の奥の壁一面に絵を描いたのは淺井裕介。日本全国から集めてきた土で描いています。実はこの絵、昨年ヴァンジ彫刻庭園美術館で描いたものを格子状に分割し、シャッフルして、さらにその上に描いたもの。シャッフルする際に天地を逆にしたりしたものもあるそうで、元の絵はほとんど判別できなくなっています。
淺井さんはいつまでも描いていたいタイプで、この絵も「分割してその上に描くことで永遠に描き続けることができる」と嬉しそうでした。が、土を分厚く盛り上げたところがあり、その部分は描き足すのが難しくなるかな、とのこと。彼の作品の隣にはヌーメン/フォー・ユースの“粘着テープの洞窟”がありますが、そちらにも描いてみたくなったそう。もしかすると将来、意外なコラボレーションが実現するかもしれません。
歩く・試す・過ごしてみる、体感型のアート作品たち。
イスラエル出身のダニ・カラヴァンは今年で87歳、クリストたちと並んで長いキャリアを誇ります。クリストとジャンヌ=クロードとも仲がよく、一緒に食事をすることもよくあったそう。会場では彼の“彫刻作品”を2点、紹介します。ひとつは彼の原点ともいえる作品となった『ネゲヴ記念碑』。大きさは100m四方あります。もうひとつはパリ郊外にある『大都市軸』。こちらは長さが3.2kmあります。彫刻というにはスケールの大きい作品です。
『大都市軸』は2度、訪れたことがあります。この作品は「展望塔」や「白いピラミッド」など12のポイントから構成されているのですが、1度目は全体像がよくわかっていなかったので、次々とオブジェが現れるのに圧倒されました。歩いても歩いてもまだ先があるのです。私たちは日々どうでもいいようなことに悶々としたりするのですが、それが文字通りどうでもいいと思えてくる爽快な作品でした。
ジョルジュ・ルースはアナモルフォーズ(歪像)の手法を用いて、空間に幾何学的なかたちや文字などを出現させるといった作品をつくっています。今回、本展のために彼がつくってくれたのは、ある1点から見ると完璧な円になるという作品です。場所は1階から地下に下りる階段の脇、サンクンコートに面した三角形のエリア。彼は建物をひと目見て、この場所しかないと思ったのだそう。ただし最初は、赤や青といった原色を組み合わせたものを考えていました。が、最終的にはコンクリートとそこに入る光から、白い色がふさわしいと考えてこのかたちになりました。
ダニ・カラヴァンとジョルジュ・ルースは日本文化にも造詣が深く、カラヴァンは初めて来日した時に京都の寺の石庭を見て「私はこの無の空間で生まれたのだ」と感じたそう。ルースもたびたび来日しており、金沢の寺で座禅の修行をしたことがあるそうです。クリストはかなり情熱的なタイプですが、カラヴァンとルースはどちらかというと控えめな、物静かな感じ。そんな違いも面白い体験でした。
今年の3月末から21_21 DESIGN SIGHTが運営している「ギャラリー3」はまるごと、西野達のカプセルホテルに生まれ変わりました! カプセルは工事現場で足場を組むのに使う単管と、発泡スチロールでできています。カプセルホテルといえば予算を節約したい旅行者の強い味方ですが、安藤建築に出現したこのホテルもそれにふさわしいリーズナブルなつくりです。でも照明も壁に飾られたアートも西野さんのアート作品。期間中、そこでひと晩を過ごすイベントもあります。考えようによっては豪華なホテルです。
今回の展示では壮大さを表現するために、それぞれの作家に「100,000㎡の布」(クリストとジャンヌ=クロード)、「長さ3,200mの彫刻」(ダニ・カラヴァン)など、数字を使ったキャッチフレーズをつけました。西野さんには「実現不可能性99%」というもの。彼は「球場を盆栽の鉢に見立てて巨大な盆栽をつくる」とか、「太陽系の星を的玉に見立ててビリヤード台をつくる(穴はブラックホール)」、「東京タワーにラム肉を刺して串焼きケバブにする」といったプランも温めており、そういったものも入れると99%は実現しないんじゃないか……と思えてくるのです。
今回はディレクターとして設置作業も見ていたのですが、壮大さを身体で感じてもらうために体感型の展示を目指したので、そのぶん設置作業も大がかりでした。淺井裕介さんは6日間描きっぱなしです。太い刷毛も使いますが、あの大画面の大半は私たちが学校の美術の時間に使っていたような細い筆で描かれているのです。ヌーメン/フォー・ユースはただひたすらテープを巻いていました。こちらも6人がかりで1週間かかっています。西野達のカプセルホテルでは、ギャラリーをホテルにするためにシャワーブースを新設したりと大工事になりました。そんなプロセスにも“そこまでやるか”感があると思います。子どもも大人も楽しめる展示になっているので、ぜひ皆さんお越しください!
「そこまでやるか」壮大なプロジェクト展
21_21 DESIGN SIGHT
住所:東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン
開催期間:開催中~10月1日(日)
開館時間:10時~19時(入場は18時30分まで)
※六本木アートナイト特別開館時間:9月30日(土)10時~24時(入場は23時30分まで)
休館日:火曜
入場料:一般¥1,100、大学生¥800、高校生¥500、中学生以下無料
www.2121designsight.jp