デスティネーション ショップ12:オーダーメイドも手がける、職人による靴工房「グレンストック六本木店」。
わざわざ行くべき価値がある店をリポートするデスティネーション ショップ第12回は、東京・六本木にある「グレンストック六本木店」の紹介です。
最近、ファッションの大型店が次々と進出して話題の六本木エリア。シューリペア専門店の「グレンストック六本木店」は、同じ六本木でも奥まった場所に店を構え、看板も外に出していないので、一見しただけではなんのショップかわかりません。しかし靴好きのみならず、近隣の住人までも愛用の靴を持って訪れる店です。オープンしたのは今年4月ですが、いまでは顧客の8割以上が外国人という、リペアショップのなかでは異色の存在。
今回はそんなシューリペア店の若きオーナー、五宝賢太郎さんから大好きな靴にかける情熱と未来について話をうかがいました。
東京・六本木の路地裏に誕生した靴リペア店。
北欧の国、スウェーデンではモノの修理に関する付加価値税を半減し、“買い替え”を基本とする現在の経済活動に歯止めをかける法案が可決されようとしています。
日本でもモノが売れないと言われる昨今の状況に反して、服からデジタルツールまでリペアショップは大繁盛。最近、東京・六本木にオープンしたセレクトショップにはリフォーム店が併設されるなど、モノを売るだけでは済まなくなっているのがいまの時代なのです。シューリペア専門店の「グレンストック六本木店」があるのは、六本木5丁目のアクシスビルの裏手。繁華街の近くに、こんな場所があるのかと思うほどの閑静な街並みです。
「この店があるのは1964年に建設されたビルの1階。向かいは『暮しの手帖』の本社があった場所で、そんなロケーションを狙うべくして狙いました(笑)。64年は東京オリンピックが開催された年。そんな60年代に、靴のリペアショップがここにあったらどんな店か、そんなことを想定してつくりました」
こう語るのは、オーナーの五宝賢太郎さん。店内に並ぶテーブルや椅子などの調度品も60年代をイメージしたもので統一されていますが、その話は後ほど。まずは五宝さんの紹介から始めます。
「グレンストック」を運営する五宝さんは、35歳。徳島県出身で、小学校の頃、ティッシュボックスでつくった6面体の形状がクラークスの「ワラビー」に似ていることを発見してから靴づくりにハマったという、筋金入りの靴職人です。
国立茨城大学でプロダクトデザインと人間工学を学び、エルメスの「ケリーバッグ」と靴を合体させた独創的な作品などを発表し、ジャパンレザーアワードで賞を獲得した実績もあります。
大学在学中から靴業界では著名な職人、稲村有好さんに師事。稲村さんは数々のシューズブランドを立ち上げ、メーカーの靴製作も手がけてきた人物で、埼玉・蕨にある稲村さんの靴工房「時代屋」を引き継いで「グレンストック蕨店」を設立しました。
筆者が五宝さんと知り合ったのはまだ店の屋号が時代屋の頃で、商店街にあるその店でオーダーメイドの靴製作や、有名ブランドの靴の修理を手がけていました。つまり靴をイチからつくれる職人で、しかもオーダーで靴をつくることと同じくらい靴のリペアが大好きな稀有な人なのです。「リペアが好きな理由は、修理をすれば靴の内部構造まで見ることができるから。こんな経験ができるので、やめられませんね」と五宝さんは笑います。
そんな五宝さんが最初に見せてくれたのが『はきもの』という本です。岩波写真文庫から刊行されたもので、初版は1954年に出版。「マウンテンリサーチ」などのブランドを手がける小林節正さんからいただいた本ですが、小林さんのデザイナーとしての出発点はシューズデザイナーで、いまでも靴を展開する、いわば靴のプロです。
「小林さんがリペアの依頼で、蕨店までジェイエムウエストンの靴を送ってくれたのです。僕は大ファンだったので修理を終えた時に、小林さんが紹介された雑誌の切り抜きを集めたものをカラーコピーし、靴にラッピングして送りました。そうしたらお礼として、小林さんがこの本をプレゼントしてくれたのです。足の骨格の話から世界の民族が履いている靴まで特集している、すごくいい本ですよ」
筆者が五宝さんを紹介されたのは、インポートアイテムを取り扱う会社の方からでした。蕨の店は昔からファッション好き、靴好きが集まるショップでもありました。靴をデザインする小林さんまでも来店するほど、リペアの腕はプロフェッショナルたちから信頼されていたのです。
店内の調度品まで、徹底してこだわっているのが「グレンストック」の特徴です。「1960年代を想定して」と前述しましたが、ここで詳しく紹介しておきましょう。奥の壁に掛けられているのが「ストリングアート」と呼ばれるもの。現代アート作品のように見えますが、実はピン(釘)と糸を用いたものでオプティカルな柄を描きます。60年代にアメリカで流行っていたそうです。
テーブルの上に置かれたガラスの灰皿。ガラス細工で世界的に知られる、イタリア・ヴェネツィアのムラーノ島で製作された貴重品です。
「加熱中に下から気泡を出して、冷ます瞬間に器をツイストさせてガラスの中に封じ込めるのです。現代では製作が難しく、それを手がける職人もいない。海外の方がこの灰皿を見つけて驚かれたこともありましたね」
店の照明もハンス・S・ヤコブセンが手がけた64年製。ソールやヒールなどの補修パーツを並べた棚も、デンマーク製で60年代のものです。テーブルは東京・自由が丘の家具店で購入し、椅子は岐阜県の飛騨で特別オーダーしてつくられたもの。テーブルの脚は木材にスチールを接いだ、いまでは見られなくなった技法が用いられています。大学でプロダクトデザインを学んだというだけあって、本当にプロダクト好きです。靴もプロダクトとして捉えているのでしょう。「こういった調度品を外から見て気になり、店に入ってきてくれる人がいてもいいかと、いろいろな仕掛けをしています」と五宝さんは笑います。
名作靴からスニーカーまで修理が可能です。
「勝手な捉え方かもしれませんが、リペアはアーカイブがないとできないものではないでしょうか。修理を依頼された靴は、これは何年製で、どこのモノかがわからないといけない。もちろんそれによって補修パーツも異なる。いろいろなことを精査してリペアするのが、僕らの仕事です。だから修理をする側の責任として、この靴の過去、アーカイブを知っておく必要がある。靴のことをもっと詳しく知りたいと思うのは、僕がストック役、つまりこの靴の過去の管理者になれれば、きっと顧客がここに安心して戻ってくることができるのでは、と考えているからです」
自身が考える靴のリペア術を語る五宝さん。店内には修理を終えた靴が並んでいますが、「修理を依頼される靴は、本当に面白いものが多いですね」と取り出してきたのが、ジェイエムウエストンのローファーです。そのローファーには英国製の「ダイナイトソール」が付いていますが、これはレザーソールを当初からラバーソールに替えて使用していたもので、今回はその張り替えを依頼されました。
「ジェイエムウエストンのローファーにはラバーソール仕様のモデルもありますが、それだとこの方はやわらかく感じて、最初からダイナイトソールに張り替えて履かれていたのでしょう。フレンチブランドの靴に英国製ソールを張っていますから、まさにドーバー海峡を渡ったコラボレーション(笑)。この依頼主のように自身がチューニングする方法を知っている場合もありますが、そういうことを提案することも僕たちの仕事なのです」
靴のプロ中のプロと言える五宝さんでも、「靴のリペアは難しいことだらけ」と話します。たとえば新品の状態を10とします。それが履いていくうちに、9、8、7とポテンシャルが下がっていきます。性能が落ちた時に修理に出すわけですが、リペアすると7まで落ちたものが10に戻ると思っている方が多いのだそうです。しかし修理をする側は7まで落ちた靴の傷んだ部分を取り除き5まで落とし、そこから治療するように直していくわけです。リペアで靴がどの程度まで性能を回復できるかは、実際にやってみないとわからないと五宝さんは言います。筆者も以前、アメリカの老舗シューメーカーで、世界中から送られてくる靴をリペアする工房を取材したことがありますが、職人たちは「修理より新品をつくるほうが簡単だ」と口を揃えて語っていました。五宝さんも「新品をつくるよりも難しいですね。傷んだ箇所を取り除きすぎると、大変なことになりますから」と笑います。
リペアの依頼でいちばん多いのが、やはりソール=靴底の修理です。このソールの修理にも職人技が隠されています。
「魚をさばくように、ソールに(革切り)包丁を入れていきます。ソールをなるべく傷つけないように、開いていくことが重要です。そしてオリジナルに近く直すのが基本。だから靴の構造を知らなくてはいけない。中底にコルクなどを敷いてその人に合わせてチューニングを施し、外観はオリジナルに近くなるように復元します。修理と修復は異なるものです。修理=リペアはある程度できますが、修復=リフォームは難しい。表面にクラックが入った革を元通りにはできませんから(笑)」
五宝さんによれば、ソールを修理すればどうしても硬くなってしまうもので、当然履き心地も以前とは変わってくるとのこと。それをどうすればもとの履き心地に戻せるかも考え、修理方法や補修パーツを選んでいく。だから靴のリペアは難しいのです。
「これは普通の靴店では絶対見られないミシンかもしれませんね」と話す五宝さん。カウンターの後ろにあるのは「ポストヘッド」という名のミシンです。「アッパーの縫製を中心に、いろいろな部分に利用できるのです」と嬉しそうに解説してくれます。ソールの修理が大部分ですが、時にはアッパー、つまり表革の修理の依頼もあります。アッパーに穴が開いた、小指の部分が擦れた時などに活躍するのがこのミシンです。内側のライニングが擦れた部分に、革のパッチを当てて縫製する時にも使用します。
カウンター内の通りに面した場所にある、大きなポリッシャーはドイツ製です。ソールを削ったり、磨いたりする時に使います。研磨面の粗さが異なるもので徐々に仕上げていきますが、回転するリングに靴を当てるのは手の感覚のみ。これも職人技と言えます。瞬く間にソールの接合部分がきれいになっていきます。
「昔からこのたぐいの靴店は下町にありました。蕨店はいわばそんなショップです。六本木の、しかも裏通りで、靴のことならハイブランドからワークブーツ、スニーカーまで対応できる、“靴のよろず相談所”のような場所になれればと思っています。店名『GRENSTOCK』の『STOCK』は在庫、靴のアーカイブを表しています。『GREN』は谷を意味しますが、それだとスペルはGLENですよね。あえてLをRにしたのは洒落ですが、頭の隙間にあるイメージをカタチに――。そんな意味合いで店名をつけました」
ちなみに修理を依頼する靴は持ち込みか、郵送でも受け付けてくれて、見積もりも可能です。オールソール、つまりソールをすべて張り替えて¥11,556、ヒールの交換で¥3,780。公式ホームページに具体的な修理例も紹介されています。
リペア職人が手がけるオーダー靴の魅力。
前述のように「グレンストック六本木店」は1964年に建てられたビルの1階にありますが、このビルに店を構えた理由がもうひとつある、と五宝さんは話します。
「2020年に東京で、もう一度オリンピックが開催されますよね。海外の方がたくさん東京に来られるでしょう。偶然このショップを見つけて、自分の国に帰った人たちが六本木の路地裏にある、このような店をやってみようとか、思い出してくれたらいいなと思っています」
店を始めて五宝さんが感じたのは、この街の住人はいいモノを長く使っている人が多いということです。モノを長く使うことは、デザインが進化して生き続けることにも通じます。“ファスト化”した時代だからこそ、逆にモノをいたわってあげることが大事。自分がどうしても手放したくないモノもいつかは枯れていきます。自分で管理できないものは誰かに頼ることも必要です。その頼る場所がちょっとしたお洒落な場所ならば、誰かが、日本だけでなく世界中でこのビジネスを引き継いでくれるのでは、と真剣に考えているのです。
六本木店はシューリペア専門ですが、五宝さんはオーダーメイドも手がけます。仕事の6割はオーダー靴をつくることなのだそうで、その製作にも触れておきましょう。蕨店もそうですが、オーダーで靴をつくるといっても店内に見本は置いていません。普通は「ハウスモデル」といって、その店、その職人なりの理想のカタチがあって、それを見本に発注します。しかし五宝さんの場合、依頼主とコミュニケーションをとりながら、要望を念頭に置いて靴をデザインし、つくる――。これが五宝さん流のオーダー靴です。
「製法をはじめ縫製の細かいピッチ、靴底は何層なのかなど、そういった技術は靴職人として当たり前のこと。それよりも依頼主の思い描く靴をつくることが大事だと思います」
そう言いながら取り出してきたのが、ハンドウェルテッド製法でつくったストレートチップです。繊細なステッチ、靴底は丸みを帯びています。接地面を点として捉えた歩きやすい形状は、見事としか言いようがありません。アッパーの形状も独特で、外側は外羽根式で、内側が内羽根式という異色のデザイン。しかしこれはデザインのためのデザインではなく、独自のロジックによるものです。外羽根は中足骨などを守るために、内羽根が描くカーブはより美しく見せるためにこの仕様で仕上げています。なぜ靴はシンメトリーでなければいけないのか。過去ばかり見ずに未来を目指さなければならない――。靴についてそんな風に考えているのです。
スニーカーも五宝さんの手にかかれば、このように洒落たデザインになります。このスニーカーは『Pen』のスニーカー特集の取材を受ける前、わずか4時間で製作したものです。90年代に流行した「レザースニーカー」をいまつくったらどんな靴になるのか、ということをイメージしてデザインしました。右がカンガルーレザーを、左がシープスキンを使用したモデルです。ライニングのレザーは高級素材で、履き心地は極上です。ヴァルカナイズ製法ですが窯ではなく、なんとオーブンで焼いてアッパーとラバーソールを接着させたそうです。
「もちろんスニーカーもリペアできますよ。いま取り組んでいるのが、3Dプリンターでスニーカーのパーツをつくることです。これが完成すれば、靴で“次世代工芸”のようなものが提案できます。アッパーはハンドクラフトレザーで、靴底は3Dプリンターのラバーソールというような新しいカタチになるはず。僕らのような工房の規模でもスニーカーがどんどんつくれるようになるはずです」
店内には古い自転車が置かれています。五宝さんは自転車も大好きなのだそうです。この自転車はフランスの「ポーター」というモデルのもので、新聞やワインなどの運搬用に使われた折り畳み式です。自転車好きの人がこれを見つけて店内に入ってくる場合もある、と五宝さんは話します。
「靴でも自転車でも、プロダクトデザイン全般が好きですね。実はいま、ドアノブもつくっています(笑)。とある煙草ブランドのショールームと、外苑前に今度オープンする飲食店のノブも木材を削って製作しています。ドアノブは、入店する際にファーストタッチするもの。そういったものをつくれるということは、なんだか得した気分にもなれますね」
家具職人でも時計職人でも、その道のスペシャリストは“直す”ことから入った人が多いといいます。“直す”ことは、モノの構造や基本を知る近道でもあるからです。ファッションデザイナーのようにデザイン画を描くことができる人は、それをカタチにする人に依頼しますが、職人たちは自らつくらなければなりません。モノを分解してはまたつくり上げ、その繰り返しを続けながら自分なりのカタチを見つけていくものです。
「デザイナーのアトリエには、画を描くためのデスクと資料を収めた書棚がありますよね。僕の場合は、靴を修理することがその書棚みたいなものなのです」
アーカイブをひも解き、最新の3Dプリンターまで使って、靴の過去と未来を行き来する靴職人、五宝賢太郎さん。靴をリペアすることも、オーダーで靴をつくることにも垣根を設けず、靴のすべてを学ぼうとする愛と気概が、彼とこの店にはあふれているのです。(小暮昌弘)
グレンストック六本木店
東京都港区六本木5-16-19
TEL:03-6277-7435
営業時間:11時~20時
定休日:日曜
http://grenstock.org