週末の展覧会ノート16:いま横浜美術館で、身体をテーマにしたユニークな展覧会が行われています。日本、東南アジアにヨーロッパ、アフリカなど、注目のアーティスト6人をピックアップした展示をご紹介します。
「自分も他人も同じ」という幻想にとらわれていると、ほんのちょっとした違いに大きな違和感を感じます。その感覚が広がれば、果ては紛争にまで発展してしまう。でも私たちはそれを脱ぎ捨てたり、そこから逃げることはできません。日本、東南アジアにヨーロッパ、アフリカなど、注目のアーティスト6人をセレクトした横浜美術館の「BODY/PLAY/POLITICS」展には、そんなやっかいな一面ももつ「身体」をテーマにした作品が並びます。身体、遊び、政治という言葉を並べたタイトルには何が隠されているのでしょうか? 展覧会を企画した横浜美術館主任学芸員の木村絵理子さんに聞きました。
さまざまな矛盾が、作品の裏側に潜んでいる。
最初の展示室で観客を出迎えるのは、ロンドンで生まれてナイジェリアのラゴスで育ち、現在はイギリスで活動しているインカ・ショニバレMBEの作品です。彼が素材にしているのはろうけつ染めの布。通称「アフリカ更紗」などと呼ばれるものです。
「模様のきれいなこの布はインドやインドネシア、北アフリカ諸国の名産として親しまれていますが、ヨーロッパへは大航海時代にもたらされた歴史があります。やがてアジア・アフリカの植民地から輸入した綿をヨーロッパで加工し、それをインドネシアや北アフリカに輸出して売るという皮肉なことが起きるようになったのです」と木村さん。
カラフルな更紗はそれぞれの国のアイデンティティを象徴するかに見えますが、グローバリゼーションによって事態はより複雑なものになっています。この矛盾した状況はショニバレのもう一つのモチーフである双子にも現れています。
「双子は、文化によっては不吉なものとして嫌われることがあり、逆に神として崇められることもあります。ショニバレはナイジェリアでの教育は、ナイジェリアを植民地支配していたイギリス由来のものだったことを強く意識しています。双子の頭部にある地球儀が、かつての英国植民地を赤く示していることにも表れています」
次の展示室に進むと思わず「貞子がいる!」と声が出そうになります。
「まったく関係ないことではないかもしれません」と木村さんは言います。マレーシアの作家、イー・イランが作った映像に出てくる長い髪の女性は「ポンティアナック」と呼ばれる女性の幽霊がモチーフです。
ポンティアナックは東南アジアの諸国に伝わる伝承で、国や地域によってバリエーションがありますが、妊娠や出産時に亡くなったり、レイプされて殺された女性の霊だとされています。女性であるがゆえに非業の死を遂げた人々がその恨みを忘れきれず、この世をさまよっているのです。そのおどろおどろしさとは裏腹に、映像では女性たちがガールズトークを繰り広げています。恋人、結婚、出産など、ありふれた日常会話が交わされているのです。
「そういった等身大の会話の中に、マレーシアを始めとする国々が抱えているジェンダー問題が見えてきます」と木村さん。しかし日本でも残念ながら、似たような問題に苦しむ女性は少なくありません。日本でもポンティアナックが恨みをこめてさまよっているのです。
“燃えさかる扇風機”という不思議な映像作品を作ったのはタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン。回る扇風機の羽根が勢いよく燃えています。
「これはポリティカルな歴史の記憶にも結びつけられる作品です。扇風機は火を吹き消すようにも、逆に火を煽っているようにも見える。彼の祖国タイでは、建国以来10回以上もクーデターがおきました。燃えようとする火と消えようとする火が拮抗する様子は国の状況を表しているとも捉えられます」と木村さん。彼はもう1つ、映像作品を出品しています。
「その作品にも炎が登場します。舞台は彼の故郷であるタイ東北部。ここはもともとラオスに近い文化圏なのですが、現在はタイ政府が領土化し、共産主義者を排斥するとの名目で爆撃も行われました」
一見、美しく幻想的な映像の背景にはそんな歴史が垣間見えます。アピチャッポンは「光りの墓」などの映画作品でも知られています。スクリーンに投影される光に重層的な意味が込められているのです。
ベトナムのウダム・グエン・チャンの作品は、バイクの排気筒にカラフルなビニールチューブがとりつけられていて、爆音とともに膨らむインスタレーションと映像とが一緒になったアートです。「ヘビの尻尾」というタイトルがついています。
「映像には『バベルの塔』を思わせる建物が出てきます。タイトルにもなっているヘビは、山にくくりつけられたヘビを神と悪魔とが引っ張り合い、その苦しみから世界が生まれた、というヒンドゥー教の創世神話など複数の歴史的イメージがもとになっています。こういった神話には世界が生まれるとき、あるいは人間の技術が発達するときは何かしら罰が与えられる、または対価を支払わなければならないという教訓が込められています」
実際に大気汚染など、文明の限界を見せつけるような事態は世界中各地で起こっています。進化に対する人々の欲望とその結果を思わせる作品です。
”身体”の後ろに隠された、不確実な物語。
次の展示室では、沖縄に住む人々のポートレートで注目を集めた石川竜一が初めて、沖縄以外のところで撮ったポートレートが展示されています。沖縄での作品同様、ストリートで声をかけ、撮影させてもらったものです。
「気になった人に声をかけるのが彼のやり方です。被写体となる人々にはどこか共通点があるように思います」
展示されている写真の中のある男性は、撮影後に亡くなったのですが、生前石川に「2度結婚したことがある」と言っていました。ところが実際には、彼は天涯孤独の身であり、結婚したことはなかったのです。その男性は石川と会う前には米軍の物資を運ぶ仕事をしたり、流しの写真家をしたりしていたと語りました。でも彼が本当のところ、どんな人生を送ってきたのかは謎のままです。
身体という一見確実なものの後ろには、嘘か本当かわからない物語が隠れている。そう考えると、いろいろなものの存在が危うく感じられてきます。
ボディービルディングの歴史から、日本のコンプレックスが浮かび上がる。
ボディービルディングが戦後、横浜から日本に上陸したことをご存知でしょうか。当時横浜にはフライヤージムという米軍専用のジムがあり、そこに出入りしていた米軍兵士の鍛え上げられた体にあこがれた少年が、実は現在の日本のボディービルディングの第一人者なのです。しかも彼は、三島由紀夫の肉体訓練の師匠でもありました。田村友一郎はそんなボディービルディングの歴史に端を発するインスタレーションを展示しています。
「戦後日本のトラウマや、コンプレックスのようなものも見えてくるかもしれませんね」と木村さん。
田村友一郎の展示室の内外には、ばらばらになった人体のパーツが展示されています。これは三島由紀夫やボディービルダーの身体とともに、2009年に横浜で起きたバラバラ死体遺棄事件や、1972年にイタリアで発掘されたローマ時代のブロンズ像と関連しています。ブロンズ像はパーツごとにわけて鋳造するため、出土した時もばらばらでした。ボディービルディングでも「今日は腕を鍛えよう」というように身体のパーツごとに鍛えるのだそうです。美術史や戦後日本の社会史が、さまざまな形で絡み合っています。
この展覧会では、身体を通じて日本やアジア、世界の複雑な歴史が浮かび上がります。そこに私たちが知らなかった政治や物語があらわになります。1人の個人として歴史や社会を見つめるアーティストの目から生み出された物語が、思いがけず深い衝撃をもたらすこともある。そんなアートの力を改めて感じさせてくれます。(青野尚子)
BODY/PLAY/POLITICS
横浜美術館 神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
開催期間:~12月14日(水)
開館時間:10時~18時
休館日:木曜日
観覧料:一般 ¥1,500、大学・高校生¥1,000、中学生¥600、小学生以下 無料