日本酒を日常の中でもっと楽しみたい。そんな人がいま、確実に増えています。お薦めしたいのは「純米酒」。ピュアな日本酒をリラックスして楽しむ、「ふだん飲み」に注目しました。
突き詰めると奥深い日本酒の世界において、米と米麹と水だけでつくられている純米酒は、最もピュアに「香り」と「旨味」を実感できるもの。純粋な酒だからこそ、蘊蓄を語らず、肩肘張らず、日常の中で解放的な気分を楽しめるのがいいのです。コクのある純米酒の濃厚な香りと味わいが、リラックスした自分らしい時間や空間にあふれ、満たされていくことを想像してみてください。その時、あなたは気がつくはずです。純米酒は、ふだん飲みしてこそおいしいと。
懐の深い純米酒が、イタリア料理によく合う。
もてなしは、日本酒とイタリアンの共演で。
片岡宏之 「リストランテ アルポルト」シェフ
庖丁や鍋を手にするのは、コックコートを着ている時だけ。プライベートの時間まで、料理のことを考えたくない――。そんな話をするシェフは思いのほか多いようですが、片岡宏之さんは違います。休日、普段着でキッチンに立つ様子を見ていても、その仕草から楽しげなオーラがひしひしと伝わってきます。
父親は、日本のイタリア料理界を牽引してきた片岡護さん。1983年に「リストランテ アルポルト」を開業、「物心ついた頃から父がテレビで活躍している姿を見てきた」と片岡さん。それは息子にとって誇らしく、いつかは自分も、という目標になったそうです。
「なによりも、人一倍食べるのが好きな子どもだったんです。だから小学生の時から料理の道を志していました」
修業時代には厨房のなか特有の厳しい人間関係に直面、心が折れかけるも、料理への情熱が勝ったと教えてくれました。イタリアへ渡るなどの経験を経て、いまは父親の右腕として店を切り盛りしています。「好き」から始めたからなのでしょう、片岡さんはプライベートでも料理をすることを厭いません。休みの日に知人を家に呼び、食事会を開くのが楽しみのひとつ。その時にこだわるのは、上質な食材を使うこと。
「今朝も早起きをして築地へ行きました。その日来る人たちのことを考えながら、どんな料理をつくろうか、どんなお酒を出そうか、あれこれ思い巡らせるのは本当に楽しいですね」
つくるのはもちろんイタリア料理をベースにしたもの。築地ではメインのアクアパッツァ用にキンキを入手。一方、お酒は日本酒を用意することに。
イタリアンとマッチする、懐深き純米酒の味。
かつては当たり前のようにワインでもてなしていた片岡さんですが、最近は日本酒を選ぶ頻度が増えたとそう。
「個人的にワインと同じくらい日本酒が好きなんです。イタリア料理との相性でいえば、純米酒が実によく合う。それだけ懐の深いお酒なんですね」
この日招いたのも、近頃、日本酒のおいしさに目覚めたという面々。若い世代の間に、日本酒という選択肢が浸透しつつあることを肌で感じています。
「近年はイタリアでも日本酒が注目されているんです。現地でイタリア料理と日本酒のコラボレートディナーを開く機会がありましたが、想像以上に好評で驚きました」
もちろん、そんな潮流は料理人魂を刺激。日本酒というキーワードが、手慣れたイタリアンをひと味違う料理へと導いていきます。この日はどんなメニューを用意したのか、その一部を教えてもらいました。
オードブルは、明太子のカナッペ。
「薄切りの食パンにバターと辛子を塗り、明太子をのせてトースターで焼くだけ。ポイントは、バターの前に生のニンニクをパンにこすりつけることと、明太子に粉チーズをふってから焼くこと。コンビニにある食材で、日本酒に合う前菜が簡単につくれますよ」
パスタは、塩辛風味のボンゴレ。
「一般的なボンゴレと違うのは、刻んだ塩辛を入れることと、ワインではなく日本酒でアサリを蒸すこと。アサリの酒蒸しをパスタに絡めるイメージなのですが、塩辛と日本酒が驚くほど味に深みを与えてくれるんです」
オフの日にゲストにふるまう料理は、良質な素材にこだわりつつ、簡単につくれるものばかり。
「プロとして食材は吟味したい。でも、調理は素早く済ませたい。みんなと話す時間が増えますから。それに、気に入った料理があれば自宅でもつくってほしい。つくり方が簡単なら、レシピ自体がおみやげになりますし」
やがてゲストが到着し、休日の宴がスタート。イタリアンと日本酒の組み合わせながら、料理はすぐに減り杯がぐんぐん進みます。あの「アルポルト」のメニューに、いずれ日本酒が登場するかも? 和やかな光景を前に、そんな予感がチラリと頭をよぎっていきました。
Hiroyuki Kataoka
1982年、東京都生まれ。「リストランテ アルポルト」オーナーシェフ片岡護の長男として生まれる。「ドン アルポルト」から修業をスタート。2006年にイタリアへ渡り、トスカーナなどで修業を積む。09年より「リストランテ アルポルト」勤務。
自宅での日本酒が、なによりのリラックスタイム。
穏やかな時間を演出する、お気に入りの器。
友田晶子トータル飲料コンサルタント
お酒と食にまつわる情報を続々と発信、幸せの輪を広げている友田晶子さん。女性らしいしなやかな解釈と、わかりやすい語り口に定評があります。飲食の業界に飛び込んだのは、30年近く前のこと。フランス留学を経てソムリエ試験に合格、当時、女性としては数少ないワインのプロとして活動を開始しました。いざワインの世界にまっしぐらかと思いきや、すぐ、ある疑念を抱きます。
「ソムリエとしてワインに詳しいのは当たり前。日本で活動するなら、日本酒や焼酎のことも知らなくてはいけないのではないか、と。だって、同じように素晴らしいお酒なのですから」
持ち前の探究心を発揮し、精通するジャンルを徐々に拡張。いまや飲料全体のプロとして地位を確立しています。
講演や著書などを通してさまざまな提言をしてきた友田さんですが、自分でも「大好き」という日本酒に関して印象的な話が数多い。たとえば、0℃~60℃という幅広い温度帯で楽しめるお酒は、世界的にも稀有であること。ひやおろしやしぼりたてなど、季節を感じるお酒が醸されていること。
「近年は日本酒がブームなこともあり、だいぶ知られるようになってきました。でも私が日本酒にかかわり始めた頃は、まだ酔うための酒という認識が一般的。だから最初は、誰も言わないなら私が!という感じでスタートしました。ワインと比較してみたり女性の視点で眺めたりすると、日本酒の新たな一面が見えることもあるんです」
ふたりの寛ぎタイムは、温めた純米酒とともに。
飲料を仕事にする友田さんだが、普段はどのようにお酒を楽しんでいるのでしょうか。
「私もそうですけど、夫もかなりの呑兵衛で。ふたりで食事をする時には、もれなくお酒が付いてきますね」
仕事が多忙でなかなか時間が合わないものの、自宅で夕食をとる時は友田さんが料理を担当するそう。
「話の始まりは、今夜何を飲もうか、というところから(笑)。日本酒に決まれば和食で魚系、ワインなら洋食系という感じで料理の準備を始めます」
日本酒を飲む時には、さらなる楽しみが。それが、器選びです。器の形状によって、同じお酒でも味の感じ方が変わるからです。
「縦にスッと細長い器で飲むと、すっきり爽やかな味に。底が浅い平皿タイプだと、コクのあるお酒がおいしく感じる傾向にあります。香りのよい吟醸酒には、ワイングラスが最適です」
初めて出合った日本酒なら、まずはテイスティングから。気に入れば特徴を引き出す器を選び、逆に、器の力で自分好みの味に近づけることも可能。魔法のような酒器選びは、プロフェッショナルならではの特権です。
「とはいえ、いちばん気分がいいのは、飲み慣れた日本酒を、お気に入りの器でいただく時でしょうか」
お気に入りの器とは、口の広い平皿タイプ。福井県出身の友田さんが、懇意にしている越前焼の窯元で特別に焼いてもらったもの。持ってみると、陶器とは思えない軽さで、まるで紙でできているかのようです。
「大ぶりにしてもらったのは、家で飲む時に何度も注ぐのが面倒だから。あまり行儀よくはありませんけれど、軽いので片手で持ち、武士のようにクイッと飲むのがたまりませんね」
この器には布製の美しい専用袋があるので、マイ酒器として外飲みの際に持ち歩くことも。一方、ご主人は丸いグラス製の器を好んで使うのだとか。
仕事柄、自宅でお酒を試飲することも多いという友田さん。仕事でなければ、普段は落ち着いた純米系を好みます。
「香りが華やかな吟醸酒は、ハレの日のイメージ。普段は味と香りに落ち着きがある純米酒を、お燗にして飲んでいます。気を張らず、ゆったりと。なによりのリフレッシュタイムです」
ふくよかな米の雫が、飲料のプロを優しく癒やしているようです。
Akiko Tomoda
福井県生まれ。シニアソムリエ、酒学講師、日本酒きき酒師、焼酎きき酒師の資格をもち、お酒と食の専門家として活躍。6月に一般社団法人日本のSAKEとWINEを愛する女性の会(通称:SAKE女の会)を設立。『日本酒 渾身の一滴』など著書多数。
酒の文化を醸し続ける、大関の新しい挑戦。
カップ酒を発明し、「ふだん飲み」の酒文化をリードしてきた大関の新しい挑戦は、新開発の「味みらい醴製法」による酒づくり。その誕生の背景に迫ります。
「ワンカップ大関」や「はこのさけ」を開発し、日本の酒文化をリードしてきた大関は、昔から一貫して「ふだん飲み」の酒を提案し続けてきた蔵元。一升瓶が主流だった時代に手軽に持ち運べる画期的な容器を開発した魁(さきがけ)の精神は、昨年、「味醴(みらい)製法」という新しい酒づくりの製法を開拓しました。その技術を使って醸された純米酒「醴(らい)」は、味わい深さと飲みやすさを併せもつ、新しいタイプの酒です。
そんな純米酒「醴」の構想が生まれたきっかけを、取締役生産本部長の中村甚七郎さんは次のように話します。
「最近は一升瓶で昔ながらの飲み方をする人が減り、週末にこだわりの酒を飲みたいというニーズが増えています。また、国内でも海外でも、米、米麹、水だけでつくられる純米酒が受け入れられる傾向がある。先の時代を見据えると、よりナチュラルに、麹菌、酵母、乳酸菌によって、お酒をつくる技術開発が必要だと思ったのです」
新開発の味醴製法による、味わい深さと飲みやすさ。
中村さんの意向を受けて現場から発案された新しい酒のコンセプトは、「しっかりしたコクのある味わいをもちながらもクセのない、飲みやすい純米酒」。多彩な日本酒に触れる機会が増えた昨今の人々は、「少量で満足できる味わい深さと飲みやすさをもったタイプ」を好む傾向にあるためだそう。
それからというもの、大関の若手技術者は社内外の古い資料や文献、昨今の論文を参考に、試行錯誤を開始。そうして採用されたのが、約100年前の明治時代に考案された「酸基醴酛(さんきあまざけもと)」という製法でした。
「酸基醴酛製法とは、醴(甘酒)を酒母(酛)づくりに用いる方法です。昔の方法を復活するだけでは〝魁〞の精神を重んじる大関らしくないので、この酸基醴酛に、約50年前に当社が実用化した〝酵母仕込〞を融合させました。これが〝味醴製法〞です。味醴製法の開発には、2年の研究期間を費やしました」と中村さん。 酒母とは、酒づくりのスタート段階で酵母を育成する工程のこと。この時、蒸し米と米麹に水と乳酸を加えてベースとする速醸酛(そくじょうもと)が近年の主流ですが、酸基醴酛では蒸し米と米麹を高温で撹拌糖化し、原料の旨み成分が溶け出した醴(甘酒)をつくり、ベースとします。そこに乳酸菌を加え環境を整えた後、酵母により発酵をさせるのが、味醴製法。だから味醴製法の酒母には蒸し米と米麹の旨み成分、そして発酵によって生まれたコクがあります。そこに、酵母仕込による「飲みやすさ」が融合していることが、最大の特長です。
この味醴製法は、大関に代々伝わる方法とはまったく違うつくり方。ゆえに、寿蔵(ことぶきぐら)の責任者である丹波杜氏の小田原利昭さんにとって、味醴製法を採用することは大きな挑戦だったそう。
「これまでの大関の醸造法では、乳酸菌を使うことはなかったんです。乳酸菌は微生物ですから、蔵の中で下手に繁殖したら、すべての酒がダメになってしまう。リスクに対する気苦労はありましたが、若い技術者の『新しい日本酒づくりに挑戦したい』という熱意に動かされて決行しました」
リスクを怖れず前進する姿勢は、まさに大関の魁精神です。
肉料理との相性もよい、乳酸菌発酵の純米酒。
乳酸菌発酵の難しい点は、乳酸菌の性質によって、香りに善し悪しが出てしまうこと。そのため、味醴製法では大関が厳選した乳酸菌だけを使用し、芳醇な香りを実現させています。
「乳酸菌を使っているということから、海外の方にはヘルシーなお酒という印象をもたれています」
そう語るのは、海外事業部次長の笹倉哲子さん。大関は1979年に米カリフォルニア州での酒づくりを開始し、業界初の海外進出を果たした蔵元であり、もともと海外への展開には積極的。そんな大関の酒の中でも、「醴」は特に好評だといいます。
「ラベルに描かれた漢字一文字のデザインと、鮮やかな紫色のお洒落なボトルが、お客様の目を惹いているのだと思います。また、『醴』の肉料理との相性のよさも海外で好評な理由のひとつです。海外の人たちはお酒を選ぶ時に食事との相性を重視しますが、『醴』特有のコクと旨味が、鴨やフォアグラなどの濃厚な肉料理に合い、またイタリアンやフレンチとも相性抜群です。日本食のみならず、より幅広いジャンルのレストランへの販売を目指しています」
「醴」のもつしっかりしたボディとコクのある味わいは肉料理との相性が抜群ですが、「醴」の中にあるすっきりした味わいは、魚料理ともよく合います。さまざまな料理とともに楽しめる幅の広さも、食の多様化が進む現代の「ふだん飲み」にうれしい要素です。
「大関のお酒の特長は、飲み飽きないこと」と、生産本部長の中村さん。たしかに、「醴」はどんな料理と合わせて飲んでも、単体で飲んでも、飲み飽きることがありません。
大関が現在「味醴製法」でつくっているのは純米酒「醴」だけですが、今後はさらにラインアップを広げ、これからの大関の酒づくりの核となる技術に育てていく予定だとか。魁の精神とともに進化する「ふだん飲み」のお酒の未来に、期待は高まる一方です。
「一麹、二酛、三造り」という製法工程こそが要となる。
クセのない飲みやすさと、コクのある深い味わい。「醴」に個性をもたらしているのは、大関独特の「味醴製法」です。
その特長は、先に述べたように、酒づくりのスタート段階の酒母(酛)づくりにあります。まずは、酸基醴酛の手法で米麹と蒸し米を糖化させて醴(甘酒)をつくり、乳酸菌で環境を整える。さらに大関伝統の「酵母仕込」で酵母菌を発酵させ、酒母をつくる。醴をつくる際に重要なのは、「麹米の質」です。
「麹米は、蒸し米に種麹(麹菌の胞子)を植え付けてつくるのですが、その際、麹菌は米の中へ菌糸を伸ばして繁殖します。このことを〝破精込み(はぜこみ)〞といいますが、破精込みがよくないと麹米に甘みが出ません。甘み=糖分ができないということは、後で加える乳酸菌が繁殖するのに必要な栄養分がないということ。だから、麹米に麹菌をよく破精込ませることが大切なのです」
そう教えてくれたのは、酒づくりに携わって41年以上のベテラン杜氏、小田原利昭さん。さらに、種麹を植え付ける蒸し米を理想的な状態に保つ必要もあると言います。
「麹菌というのは水分を求める性質があるので、蒸し米に麹菌を植え付けると、麹菌は米粒の中の水分を求めて内側に入っていきます。粒の中心までの入り方は、蒸し米の状態によって変わります。米粒の中心が水分の残ったやわらかな状態になれば、その水分を求めて麹菌が破精込むようになるのです」
蒸し米の状態は、もろみを仕込む際の溶けやすさにも関係するため、蒸したての熱い米を手でこねて、米粒の潰れ具合をチェックする「ひねりもち」という作業も欠かせません。
酒母に力強さがあるから、コクと香りが生まれる。
日本酒づくりで重要とされる工程は、「一麹(こうじ)、二酛(もと)、三造り(つくり)」と言われるが、麹の次の酛(酒母)づくりの工程とは、どんなものでしょうか。
「大切なのは、乳酸菌により環境を整え、酵母菌の働きを最大限に活かすこと。酛の役目はいかに微生物にとってよい環境をつくるかということです」
酒母づくりを行う場所は、ゆえに蔵の中でも特に衛生管理が徹底され、扉の開閉も極力抑えられています。
そして、つくりで重要なのは、「もろみ」の仕込みと発酵管理。
「もろみは、酒母に米麹、蒸し米、水を3回に分けて仕込む〝三段仕込み〞が基本です。この約18日間の間で最も神経を使うのは、温度管理。純米酒の場合、雑味が出るのを避けるために温度はあまり上げたくないのですが、低すぎると酵母の働きが悪くなって、うまく発酵が進みません。その点、『醴』は味醴製法でつくられた酒母が力強く、もろみの発酵が旺盛だったため、温度を抑えた低温発酵で仕込めました」
もろみを圧搾してできた「醴」の原酒は、雑味がなく香り豊か。製造工程を振り返れば、ますます味わい深く、旨さがしみるのでした。
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