日本人にとって身近な「グッドデザイン賞」ですが、その内容を詳しく知っている人はわずかかも知れません。あらためてこの賞の価値をひも解く特別企画、まずは前編をお届けしましょう。
創設から60年目を迎え、日本人のおよそ85%が知っているといわれる「グッドデザイン賞」。
社会に広く知られたこの賞の2016年度の受賞デザインと「ベスト100」、そしてグッドデザイン大賞候補が、9月29日に発表されます。Pen Onlineでは今年、グッドデザイン賞の1次審査、2次審査、およびベスト100の選考会に同席。その緻密なプロセスをつぶさに目撃してきました。
時に立ち止まり、議論を重ねながら、「現代の社会における『GOOD』とはなにか?」を考え、アップデートしていくなかで、デザイナーはじめ各分野の専門家はどのような思いを抱き、どのような「気づき」を得ているのでしょうか?
76名の審査委員による約3ヶ月にわたる試行錯誤と対話の様子、そして審査委員長を務める永井一史氏と副委員長の柴田文江氏へのインタビューから、この賞がなにを評価し、伝えようとしているのかを探りました。
「今年のGOODとは?」の議論から、1次審査はスタートする。
主催者の公益財団法人日本デザイン振興会は、毎年4月にグッドデザイン賞の応募受付をスタートします。今年の応募数は3900点を超え、過去最大規模となりました。膨大な「デザイン」からどのように良さや先見性を発見し、すくい取るのか。まず審査の流れからグッドデザイン賞について見ていきましょう。
メガネやステーショナリーなど生活小物から、家具や家電、住宅や建材、そして情報システムやサービスから社会におけるさまざまな取り組みなど。応募された多岐にわたるデザインはジャンル別に「ユニット」に分けられ、リーダーを含めた4〜6人で各ユニットが審査されます。今年は15のユニットに分類されました。
オンライン上の書類選考(1次審査)に続き、7月末に東京ビッグサイト会場で、実際にデザインやパネルのプレゼンテーション(主に住宅・建築、プロジェクトなど)を見ながら3日間にわたり2次審査を行います。ここでは審査委員全員が集まり、約1000点にものぼるグッドデザインとベスト100の候補を絞り、8月18日、19日には審査委員長の永井一史氏と副委員長の柴田文江氏、ユニットリーダーとフォーカス・イシューディレクターが、特別賞と大賞候補を確定していきました。
1次審査がスタートする直前の6月8日に、まず審査委員全員が集まって全体会議が開催されました。永井氏が「今年は例年になく初参加の審査委員が多いですね」と挨拶したように、審査委員は3年が最長任期のため、毎年必ず新しい顔ぶれが加わるのです。長期にわたる審査のため、仕事の都合で休んで翌年から再度参加する場合もあるそうです。
昨年のグッドデザイン大賞や特別賞は1980年代生まれの経営者が手がけたものなど、領域だけでなく創造する世代の広がりも顕著だったとか。「デザインの新しい面を発見しながら審査を進めてほしい」と永井氏が挨拶すると、柴田氏は「審査では素晴らしいアイディアに出会えます。それを各々のフィールドへとフィードバックして発展させていくことも、グッドデザイン賞の役割だと思います」と続けました。
その後ユニットごとに分かれたテーブルで、審査委員たちはさっそくコミュニケーションをスタートしました。挨拶もそこそこに、1次審査、それに続く2次審査の軸はどのようなものか、真剣かつなごやかなディスカッションが繰り広げられていました。
各ユニットは2次審査終了まで、その分野における「GOODとは何か?」をキャッチボールし続けるチームメイトのようなもの。
ユニット1(生活プロダクト・小物類)のリーダーを務めるプロダクトデザイナーの倉本仁氏は、「グッドデザイン賞は審査プロセスでお互いに価値観や社会観をキャッチボールできるのが面白い。
1次審査直前にユニットのメンバーと初顔合わせするこの場は、自分たちのユニットの GOODを“これだ”と決めつけるのではなく、“これでGOODだろうか?”と疑問符をもちながら話し合い、合意を探る場だと思っています」と話します。
実際、初参加する審査委員はGOODの軸を自分自身の中に設定するのに戸惑うこともあるそうです。そのためにこの全体会議は、2年目や3年目の経験者と初参加の審査委員がユニット内でコミュニケーションをとり、昨年までのプロセスを伝える場にもなっているのです。
ちなみに応募デザイン以外に、審査委員が「この商品は」「このプロジェクトは」と思ったものを推薦できる制度があるのですが、今年からこの審査委員推薦枠に関して2次審査まで応募手続きや登録料が無料になったため、良質のプロジェクトやプロダクトだけど予算規模が小さいところでも参加しやすくなったそう。このような審査のプロセスも、毎年アップデートされているのです。
ユニット一覧
ユニット01 生活プロダクト(小物類)
ユニット02 生活プロダクト(趣味・健康用品)
ユニット03 生活プロダクト(生活雑貨・日用品)
ユニット04 生活プロダクト(キッチン・家電)
ユニット05 情報機器
ユニット06 家具・住宅設備
ユニット07 モビリティ
ユニット08 医療・生産プロダクト
ユニット09 店舗・公共プロダクト
ユニット10 住宅・住宅工法
ユニット11 産業公共建築・建築工法・インテリア
ユニット12 メディア・パッケージ
ユニット13 一般・公共向けソフト・システム・サービス
ユニット14 BtoBソフト・システム・サービス・取り組み
ユニット15 一般・公共向けの取り組み
※その他台湾、中国(香港)・韓国、海外デザイン賞との連携応募に対する審査、そしてユーザーと審査委員からの推薦によるロングライフデザイン賞にそれぞれ担当者がつく。
iPadを片手に、広大な会場を縦横無尽に移動する2次審査。
7月26日、いよいよ2次審査がスタートしました。
例年、東京ビッグサイトの大きな会場で行われる2次審査は、審査委員たちにとって、iPadで応募作品の情報をチェックしながら、デザインからデザインへと歩き続ける3日間です。
1日目はユニットごとに審査を行い、2日目に任意で参加した応募者の説明を3分間ずつ聞くという「対話型審査」が行われます。
この「対話型審査」の制度は2014年にスタートしたもの。3年目となりましたが、年々参加希望者が増え、今年は70%弱の応募者が参加したそうです。専門性の高いものや、説明が必要なプロジェクトの応募の増加が背景にあって取入れられたこの仕組みは、当事者の説明には、デザインの主体ならではの大切なものがある、と審査委員に評価されています。
各ユニットでグッドデザイン賞の候補を選んだ後、最終日の3日目は「ベスト100」候補をユニットリーダーがひとつひとつ説明していくツアーのような場です。ここで受けた説明をもとに、後日開催されるベスト100選考会と特別賞選考会を行うので、審査委員はそれぞれのデザインの背景をきちんとキャッチアップする必要があるのです。
ユニット10の「住宅・住宅工法」を担当した建築家・デザイナーの長坂常氏は「何が新しくてイノベーティブか、そして何をしたいと思っているか、考え方が明確かどうかを見極めるように心がけました」とコメント。
同ユニットのリーダー、建築家の手塚由比氏も「ものの背景を大切にすることを、社会が評価するようになったからこそ、審査でもかっこいいことではなく、社会的な意義や社会のテーマに沿うかどうかで判断できるようになりました」と話します。
「一般・公共向けの取り組み」のユニット15のリーダー、五十嵐太郎氏は、「手塚さんたちが評価した建築のデザインは、実は我々のユニットに当てはめても評価できるものが多いんです」と社会的な課題へのアプローチが、評価のスタンダードになっていることを強調しました。その上で、「形がないデザインの最たるものがユニット14や15の取り組みです。審査委員同志、事業主体が誰か、資金の出所、取り組みへの姿勢、そして設立時期や継続性があるかどうかなど、複数の要素で判断するようにしました」と続け、新しいジャンルとして審査を試行錯誤していることを話してくれました。
2次審査会の約2週間後、「ベスト100」の審査、金賞と特別賞の選考会が東京ミッドタウンで開かれました。参加する審査委員は、ユニットリーダーとフォーカス・イシュー・ディレクターというメンバー。議論の対象は先の2次審査会で候補とされたものに、海外現地審査で選ばれた候補作品が加わります。「ベスト100や金賞・特別賞は日本のデザインがどのようにアップデートされているかが問われる、いわばグッドデザイン賞の象徴のような存在。暮らしや技術的な観点も含め、それらを“まとう”ようなものが例年選ばれています」と永井氏が言うように、審査委員によって2016年のGOODが集約するのは、この2日間なのかもしれません。
今年はフォーカス・イシュー(後述)を事前に共有していたこともあり、ユニットを横断して候補を絞り込む作業は比較的スムーズだったようです。しかし最終的に受賞デザインを絞り込んでいく過程で、デザインそのものへの疑問や法律上の課題点の指摘など、審査委員からはシビアな意見も上がっていました。そのひとつが海外での審査で選ばれたデザインに対しての意見です。イシューディレクターのドミニク・チェン氏が、アジアデザインへのアプローチの必要性をコメント。日本の賞でありながら、国際的な視点をどのようにもつか、という問題提起がされたのが印象に残りました。
よりオープンで、フラットに審査する「開かれたグッドデザイン賞」へ。
約3ヶ月に及ぶ国内と海外の審査終了後、2016年に集まったグッドデザイン賞候補を審査委員長と副委員長はどのように見たのでしょうか? 審査後、日をあらためて行ったインタビューで、まず永井氏は「コミュニティや防災、地方の問題など社会的な課題に関わるデザインが上位に入っているという印象を受けました。近年何かひとつのデザインが突出することが少なくなった一方で、全体にひとつひとつが丁寧に考えられ、背景にストーリーを持ったり日常の緻密な部分まで目配りしているデザインが増えてきていることを感じました」と全体を俯瞰しました。
一方の柴田氏も「応募デザイン全体から受ける印象は“ほがらかさ”や“あたたかさ”でした。また一部のナショナルブランドからは力のあるデザインが復活していました」と、充実した審査だったと振り返りました。
昨年からグッドデザイン賞では「デザインが今向き合うべき重要な領域」としてフォーカス・イシューを設定しています。今年は「地球環境と共生」、「都市と社会基盤」、「地域社会とローカリティ」、「技術と情報」、「医療と健康」、「安心と安全」、「教育と学び」、「ビジネスモデルと働き方」、「文化と生活様式」の9つです。永井氏はこのフォーカス・イシューの存在で、多岐にわたるデザインの領域を、審査委員が横断的に捉えてくれたことを感じたそうです。
柴田氏は、「フォーカス・イシューが浸透してきて、審査委員のみなさんがものの背景にあるものや社会的な役割をより大切に審査されていたと思います。また、ユニットリーダーに若い世代が多く、同時代的な価値観をもってファシリテートしていた。“デザインとは? GOODとは?”ってみんなで探し当てるような、議論を深めるような雰囲気でした」と話します。フォーカス・イシューを通じて、さまざまなカテゴリーをデザインの視点で横断的に見通すことが、グッドデザイン賞の役割として定着しつつあるようです。
3ヶ月近くに及ぶグッドデザイン賞の審査は、コミュニケーションの積み重ねそのものでした。デザイナーでも普段なかなか話題にしない「デザインとは?」という基本的な問いかけを、デザインに関わる者同士でもっとも議論する場だと、審査委員のひとりは言っていました。そのような緻密なプロセスを経て、グッドデザイン賞は、未来の社会をより良くする「もの・こと」をすくい取り、アワードによって広く社会と共有しつつ巻き込んでいく、そのようなオープンな存在になろうとしていることを感じました。
いよいよ9月29日に「グッドデザイン賞」「ベスト100」そして「グッドデザイン大賞候補」が、また10月28日には「ロングライフデザイン賞」が発表されます。柴田氏の「長く愛されている形の展示なのに、次のものが生まれる可能性を感じます」と語る「ロングライフデザイン賞」にも注目しましょう。これまでグッドデザイン賞では選ばれてこなかった家具のマスターピースも登場しているようですから、その内容に期待が高まります。永井氏は「日常の中の防災をグッドデザイン賞として新たな課題とする『そなえるデザインプロジェクト』というものを準備しています」とのこと。グッドデザイン賞全体の取り組みでもさらなるアップデートがありそうです。
受賞発表に関連して、今年は展示やイベントが都内4カ所で開催されます。私たちがデザインに参加できる接点がますます増えているグッドデザイン賞。この秋の動きに注目しましょう。(小川 彩)