語れる服 Vol.12 : 着る人にも生産者にも配慮したエコなデイリーウエアブランド、「スキンウェア」。2016年春夏シーズンより始まったメンズを、デザイナーの可児ひろ海さんがナビゲートします。
趣味のごとく暮らしを充実させる人が増え、“ナチュラル志向” もますます広がりを見せています。毎日食べる食材選びを生産者の顔がわかるものにしたり、無農薬栽培にしたり。その料理を、作家が手がけた手づくりの器に盛り、観葉植物で飾った空気のキレイな室内でいただく。都市生活者にとってヘルシーなライフスタイルは、余裕のある人のみが実践できるある種の贅沢なもの。一昔前は豪勢な暮らしを意味した、“ラグジュアリー” の定義付けが変わってきています。
衣食住の“衣”であるファッションにおいても、同様の変化が表れてきました。見た目の奥に秘められた意味が問われるようになってきたのです。今回の「語れる服 Vol.12」でご紹介する「スキンウェア(Skinware)」も、そうした現代的なコンセプトのブランド。“ワンマイルウエア” と称されるデイリーユースの服で、素材は無農薬栽培のオーガニックコットン。この2016年春夏シーズンに待望のメンズがスタートしました。
オーガニックコットンの認定を受けた素材は、栽培される土地の環境保全が行われており、生産者の健康にも結びつき、“フェアトレード(公正取引)” でもあります。着る人も安心して身につけられます。さらに、他のオーガニックコットンブランドに対して「スキンウェア」がひと味違うのは、都会的な “洒落た服” であること。オーガニックであり、スタイリッシュでもある服は、世になかなか見当たらないものです。
次ページより、長年ファッション界で働いてきたデザイナーの可児ひろ海(カニヒロミ)さんの優れたバランス感覚が色濃いコレクションを、ご本人が解説します。なぜオーガニックコットンなのか、どんなメリットがあるのかの疑問にもお答えします。
女性らしい繊細なデザイン
「スキンウェア」のメンズコレクションは、シャツ、ブルゾン、パーカ、Tシャツ、スウェットパンツといった、日常生活で頻繁に着るアイテム。デザイナーの可児さんが、ご自身の周囲にいる男性が着ている姿を思い描きながらデザインしています。
「男性のワードローブに溶けこむアイテムを目指しています。どの服にも、ひと目で『スキンウェア』とわかる要素はないと思います。ロゴマークを表に出してもいませんから」と可児さん。
一般的に男性向けのデイリーウエアブランドは、古着やアメカジといったルーツに基づくものが多く、カジュアルなデザインが主流です。ですが「スキンウェア」は、無国籍で都会的で、すっきりとスマート。ミリタリーやワークのエッセンスは感じられますが、知る人でないとわからないほどのさりげなさ。しいて言い表すなら、「フレンチシックな印象のあるミニマルモダンな服」といえるでしょうか。このセンスはやはり、女性デザイナーだから?
「確かに、有名なフレンチデザイナーのブランドの仕事をした経験もありますし、自身でモードブランドを立ち上げて東京コレクションで発表していたことも。その経験がデザインに反映されているのかもしれません。それでも、服を男性に見せるときは緊張するんですよ。男性がこだわる服になっているのかな、ファッションっぽくなりすぎていないかな、ベーシックからの変化球になりすぎていないかな、といつも気にしています。クリーンで知的でソフィスティケートされた大人の男性が、リラックスしたいときに『スキンウェア』に袖を通してもらえたらと願っています」
コレクションの中からまずは、高品位なシャツを2点ご紹介します。ブルーのシャツは生地も仕立てもドレスシャツですが、両サイドにポケットがつき、胸ポケットにはペン差しもついています。普通にシャツとして着てもいいですし、ボタンの開け方を工夫してカバーオールジャケットのようにアウターとして着ることもできます。
「画家が筆をポケットに入れて作業着として着ている様子をイメージした服です。そのように着ていただけたら嬉しいですね」
両胸にポケットがついた白シャツは、フロントがボタンを隠す比翼仕立てで、シャープな印象が強いデザイン。素肌で着たときにポケットが胸の透けを防いでくれますから、下着を身につけることなくこれ一枚で過ごしたい人には手放せない一着になるでしょう。ブルーシャツと白シャツはどちらも、襟が小さくポケットのカッティングも直線的でクール。こうしたディテールのバランスが入念に計算されていることに、洗練されたムードが漂う理由の一つがありそうです。
“洗練” のもう一つの理由は、生地の高級感にあります。どちらのシャツも旧式のシャトル織機を使いながら高密度に織り上げた、日本製のブロード生地です。もととなる糸は、インドなどの海外で綿花が栽培され、スイスで糸に紡績されたオーガニックコットン。世界基準の「GOTS(Global Organic Textile Standard)」認定を受けた糸です。
「上品な光沢が、洗濯を繰り返しても長く持続する生地です。店頭での見栄えをよくするために、糸に溶剤を上乗せして光沢を出した人工的な生地も世の中には存在します。そのような生地は洗うと溶剤が流れ出て光沢が消えてしまいますが、このシャツはそんなことはありません。洗うほどに風合いがよくなっていくのは、農薬や化学肥料による痩せ細りがない糸を使っているから。オーガニックな素材は決して土臭いものばかりではないんです」
染めもまた、天然由来。
可児さんがレディスのルームウェア/ランジェリーのブランドとして「スキンウェア」を立ち上げたのは2004年。まだ、オーガニックな服の認知度が低かった時代です。2008年に一度ブランドを休止し、さまざまなファッションブランドのプロジェクトに関わったあと2014年春夏シーズンにリローンチ。
再スタートすると取り扱い店舗が増え、レディスは現在、「伊勢丹新宿」や「髙島屋」といった百貨店から、「バーニーズ ニューヨーク」「ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ」「デミルクス ビームス」といったセレクトショップにいたるまで全国80店舗に拡大。
このことは、オーガニックに関心を寄せる人が増えた社会の動きと関係しています。優れた服でも時代と合致しなければ市場に出回らないものです。この春にデビューしたばかりのメンズはまだ取扱店が限られますが、「フレッドシーガル」「エリオポール」らで販売されています。
可児さんが再出発を決めたのは、休止している期間に社会に変化が生じて生活の意識が高まり、日常着にも気を配る人が多くなったことが理由のようです。
「いまは、洗練された空間でシェフが一生懸命つくった健康的な食材のおいしい料理を味わうことが好まれる時代。『スキンウェア』もオーガニックな素材を使うことだけが重要とは考えていなくて、オーガニックコットンの可能性を感じさせるお洒落な服にしたいのです。私がこの仕事をしている出発点はファッションやモードです。昔は“オーガニック” と“ファッション” は相容れないものだと考えていました。現在は素材のバリエーションが増え、品質も安定して生産背景を整えられ、望むような服づくりができるようになりました」
ここでご紹介するのは、深みのあるデリケートな色が魅力のジャケットとスウェットシャツ。「スキンウェア」は天然の植物染料を使う“ボタニカルダイ” の手法で染められた、肌にも環境にも気を配った生地を用いています。オーガニックコットンの認証を受けた糸で織られた生地の特性を活かすやり方です。
コスト面でかなり割高になるデメリットはありますが、それだけの価値が感じられる美しさです。コットンツイル生地のジャケットのうちネイビーは、フランスの皇帝ナポレオン・ボナパルト(1769-1821)のジャケットにも用いられたといわれる、樹木の「ログウッド」から抽出された染料の染めです。ベージュ(カーキ)はハーブで知られる「ローズマリー」から抽出された染料です。
メンズには珍しい半袖のスウェットシャツも、「ローズマリー」で染められた生地です。襟元の汗止めの3角パーツがスウェット好きの男ゴコロをくすぐります。ユニセックスアイテムとして女性でも似合う繊細さがあり、男女の感覚が近づいてきたジェンダーレスな現代にフィットする服です。
自由に服を選べる時代だからこそ。
ショートパンツとパーカの素材はともにスウェット素材で、ルームウエアとして着やすいようにつくられています。
「毎日着る服ですから、生地には洗濯すると立体的にふわっとした風合いになる素材を使っています。農薬を使わず栽培されたコットンならではのよさです。型崩れも少ないですし、着て伸びてしまっても洗えば繊維のもつ本来の力でもとのカタチに戻ります」と可児さん。
ちょっとした外出にも着ていける工夫もあります。パーカはフードが二枚重ねになっており、スウェット特有の裏側(裏毛)が表に出ない仕立て。さらに、ヘタリがちなポケット口はヘリンボーン織りのコットンテープで補強され、シャープさをキープしています。カジュアルな印象になりがちなパーカが、さりげなく高品位に仕上げられているのです。
可児さんいわく、「メンズ服は、ちょっとしたリブの太さや、肩線の入り具合で印象が大きく変わりますね」
パーカも上写真のセーターも、袖、襟、裾のリブの色をわずかに変えて、微妙なニュアンスを与えています。このセーターは細い糸で編まれたニットです。でもディテールはスポーティなラグラン袖のスウェットシャツ。素肌にそのまま着ることが考えられたつくりで、これもパーカと同様に、ラフすぎない大人な着こなしのバランスが計算されています。 “部屋着” というより、“部屋でも着たくなる” 心地いい服です。
ファッション界の枠組みの中で、年に2回コレクションを発表するサイクルに違和感を感じ、服が消費され続けることにも疑問を抱いた可児さんは、定番的な服をオーガニックな素材でつくることに活路を見出しました。オーガニックコットンの認定システムには、綿花を栽培する人たちを守る役割もあるといいます。
「この認証には、“フェアトレード”も含まれています。適正価格の取引により、生産者の自立の支援にもなるのです。実は綿花は世界の農作物のうち10%ほどなのに、農薬は世界の25%もの量が使われているといわれています。収穫のときに枯れ葉剤を撒くこともあります。その畑に子どもたちが入り、足の皮が剥けて病気になることも。薬漬けの土地は種が実らず、新たに次の栽培用の綿花の種をお金で購入する必要があるから、それが悪循環になって生産者の暮らしも向上されません。こうした現状は、劣悪な環境の栽培や低賃金の縫製工場を描いたドキュメンタリー映画『ザ・トゥルーコスト~ファストファッションの代償』などを通じて、少しずつ社会に知られるようになってきました。私の『スキンウェア』はアパレル産業の中で小さな存在ですが、ファッション界に広がる格差を是正することにもつながるオーガニックコットンの活動を続けていこうと思っています」
巷には安いものから高価なものまでさまざまな服があふれ、時代の移り変わりも激しく、何を着ればいいのかわからなくなっている人もきっと多いはず。そんなとき服の奥に広がる背景に目を向けて、「同じ着るなら意義を感じるもの」という考えをもつのも一つのやり方です。自身の健康や着心地のためにオーガニックコットンを選ぶのもいいでしょうし、開発途上国の人々の生活を意識した服選びを行ってもいいでしょう。自分なりの“サステイナブル(持続可能な)” なやり方が見つかれば、社会との関わりにつながる新たな道が生まれるかもしれません。(高橋一史)
可児ひろ海
Hiromi Kani
上智大学文学部卒業。2001年にレディスブランド「COCOON(コクーン)」を立ち上げ、東京コレクションで発表を続けた。2004年にオーガニックに特化した「Skinware(スキンウェア)」もスタート。2008年にブランドをともに休止させ、個人でさまざまなファッションのプロジェクトに参画。2014年春夏シーズンで「Skinware」をリローンチ。
問い合わせ先/AWA TEL:03-6434-9005
http://skinware.jp