デスティネーション ショップ10:御茶ノ水の知られざる場所で、“自分の好きな服だけ”を並べる「NEST」。
わざわざ行くだけの価値が絶対あるショップを紹介する「デスティネーション ショップ」の第10回は、東京・御茶ノ水からお届けします。
1970年代、ガロが歌った『学生街の喫茶店』はこの街が舞台という説があります。その頃は学生が集い、洒落た喫茶店や古書店が並ぶ街でしたが、いまでも昔ながらの書店街を中心に若者から大人まで賑わいを見せる街です。最近は飲食関係の店がメディアに取り上げられる機会が多くなりましたが、実は御茶ノ水はファッションの真空地帯です。スキーやスノーボードなどスポーツショップが集まり、それを目当てにお洒落な若者が集いますが、不思議なことに洋服関係のショップは皆無。
そんな御茶ノ水で店主がひとりでディレクションし、「自分の着たい服だけ」を集めているセレクト店、「NEST」を紹介します。
「好きな服だけでは商売にならない」と忠告されたのですが(笑)
スポーツショップが立ち並ぶ御茶ノ水の靖国通り。「NEST」があるのもこの通りです。でも、目立った存在ではありません。それは目立たないビルの2階に店を構えているから。1階のスノーボードショップ脇の階段を上がっていくと、踊り場には古いワークブーツと小さな看板が。
ガラスの扉を開ければ、店内にはハンガーに商品が所狭しと吊られ、棚にはきれいに畳まれたシャツやパンツ類が並んでいます。ここが「NEST」です。
どこか’70年代の上野・アメ横や渋谷・百軒店にあったインポート店を思い起こしますが、「NEST」のオーナー、小黒達矢さんは上野のファッション関係のショップで10年近く働いた後、独立して御茶ノ水に店を構えました。今年5月で10年目を迎えます。
「御茶ノ水というと学生の街というイメージをもつ人が多いのですが、意外と大人がたくさんいらっしゃるし、文化的な匂いもします。そんな落ち着いたイメージが好きでこの街を選びました。確かに洋服屋はありません。でもなにもないところでやりたいと思って。近くに店があったりすると(仕入れが)バッティングするために自分が欲しいものが入れられないことも。そうすると理想とする品揃えができないんですよ。店を始める時に、先輩から『お前の性格だからどうせ自分の好きなものしか入れないだろう、そんなことで店がやれるほど商売は甘くはないんだよ』とアドバイスされたんです。でもそれを実践している店って、意外と少ない。この人がやっているからこの商品があるんだ、と思えるような店にしたかったんです」。オーナーの小黒さんはそう語ります。
「NEST」のオーナー、小黒さんは、商品の仕入れから販売まですべてをひとりでこなしています。「品揃えのこだわりは、自分が好きかどうか。流行はあえて考えないようにしています。自分の考えとかスタイルで商品を買い付ければ、自信をもってお客様に売れますから。完全にひとりでやっているんで、ほかの大型店とは違うことをやりたいんです」と、個人経営の強みを話す小黒さん。確かに、商品にオーナーの嗜好を感じるユーズドショップはありますが、新品を扱うショップでこれだけオーナーの“顔”が見えるショップは、いまどきの日本では珍しいと言えます。
こだわりの「メイド・イン・ジャパン」ブランドが集結。
「NEST」に並ぶ商品は実にさまざまです。「アメリカのブランドならばアメリカ製で、シェットランドのセーターならばスコットランド製、そこをやはり意識することはありますが、『どこそこ製』ばかりにこだわっていては、いまの時代なにも着られなくなりますから」と小黒さんは笑います。
「NEST」で最近増えているのが、「メイド・イン・ジャパン」のクオリティの高いブランドです。それも他店では見かけないブランドを多く取り扱っています。たとえば「NEST」でロングセラーを続ける「RO TO TO」というソックスブランド。「一生愛せる消耗品」をコンセプトとしたブランドで、日本のソックスの産地、奈良でつくられています。このリネン×コットンのリブソックスは、特殊な技術で内側と外側を編み分けており、内側には肌ざわりがいいコットン、外側は通気性、速乾性、熱道率に優れたリネンがくるように編み立ててあります。コットンが汗や蒸れを吸収し、リネンがそれを逃してくれるのです。中には色を別注したソックスもあり、「NEST」では年間を通してロングセラーを続ける商品です。
「MOJITO(モヒート)」は、同名のカクテルを愛した文豪アーネスト・ヘミングウェイにオマージュを捧げ、デザインされたブランドです。
「NEST」はデビュー以来このブランドを扱い、シーズンを前に新作の受注会を開くほどの人気ブランドです。すべての商品はヘミングウェイに因んだネーミングが付けられていますが、この「AL’S COAT Bar.10.0」の「AL(アル)」は、彼の短編『殺し屋』で描かれたヒットマンの名前から。「Bar.10」はこモデルの10代目という意味で、素材を変えて毎年バージョンアップしたものがリリースされます。「Bar」は普通ならば「Ver=バージョン」と書くところを、カクテルに因んで「Bar=バー」に。歴代のモデルを買うお客さんがいるほど、「NEST」で人気のコートです。
「ARAN(アラン)」は、「NEST」のラインアップのなかでは比較的新しく加わったブランドです。これも「メイド・イン・ジャパン」で、奈良に本拠地をもつブランド。ブランド名を逆さまにすると「NARA=奈良」となります。この「FIELD SHORT JACKET」は、昨年に続いて発表されたモデルで、素材は撥水加工を施したナイロンタフタ。ディテールにハンティングジャケットのモチーフが採用されていますが、洗練されたデザインなので、都会的な着こなしにも応用できます。「このジャケット、7つもポケットがあります。フロントに4つ。ハンドウォーマーが両サイドに。背中にもジッパー付きのポケットまで付きます。コストパフォーマンスも抜群です」と小黒さんが解説してくれます。
お客様が安らげる場所として、「NEST(巣)」と命名。
「NEST」とは英語で「巣」の意味です。上野で勤めていたのは小さな店で、お客さんとゆっくり会話もできなかったので、「店を安らげる場所に」と付けられました。2階に店を構えたものもそういった意味合いです。「この店でゆっくりとリセットしてもらえれば」と小黒さんは話しますが、お客さんの要望に合わせて小黒さんがいろいろな商品を出してくれるので、お客さんの滞在時間も長く、小黒さんと服談義を楽しむために遠方よりやってくる常連も多いと聞きます。
ネイビーのイージーパンツは、前のページで紹介した「ARAN」がデザインした「EASY RUGGER」です。「昔ながらのラガーショーツをそのままロング丈にデザインしたもので、腰まわりにゆとりがあり、先が細みになったシルエットで、とても穿きやすいですよ」と小黒さん。どの商品に対しても、小黒さんの知識は豊富です。これだから、お客様の滞在時間が長くなるのも頷けます。
「NEST」のブログは毎日のように情報がアップされますが、これを書くのも小黒さんです。ブランドの説明から、素材やデザイン、ディテールの解説まで、商品の情報が詳しく掲載されています。「小黒さんくらい、展示会で商品の詳細を尋ねる人はいない」とメーカーの人が言うほどです。
「comm.arch(コムアーチ)」は日本発祥のニットブランドですが、「そのカーディガンの素材は中国のトルファン綿で、デザイナーの方は北イングランドまで直接出掛けてハンドニットの職人さんに編ませるほどのニットマニアです」と、次々とブランドや商品の情報、マメ知識まで小黒さんの口から飛び出してきます。昔、ショップに行く楽しみのひとつがそうしたプロならではの話が聞けることでした。ときにはネットを探しても聞けないような“裏話”まで小黒さんから聞けることもあります。服好きのお客様が集う理由はここにもあると言えます。
独自の審美眼こそ「NEST」の真骨頂ですが、それがよく表れた例がこの「インディビジュアライズドシャツ」です。アメリカを代表するシャツブランドで、頑なにアメリカ製を守り、日本でも人気がありますが、「NEST」に並ぶのは同社がつくるシャツでも「CLASSIC FIT」のモデルだけです。「日本ではやや細身になったモデルの方が人気で、どの店もそれを扱いますが、CLASSIC FITは元になったオリジナルモデルですからね。ボタン位置など、バランスはこれがいちばんだと僕は思うんです。すごく太身と思われるかもしれませんが、90年代のアメリカ製シャツのように大きくはないですから、普通に着られますよ」と小黒さん。扱うシャツはすべて別注品で、お薦めは白×白の同色ストライプのシアサッカー。「オックスフォード素材のシャツは厚いので、夏はなかなか着にくいでしょう。その代わりになると思いオーダーしたんです」と小黒さん。
「好きなものだけ」を集めた「NEST」は、小黒さんそのもののショップです。店に並んだ服は、いわば小黒さんのクローゼットともいえ、服は小黒さんの分身のような存在です。でも、好きで仕入れた服でもすぐには着ないのが小黒さんの流儀です。「自分が着ていれば説得力があるのでしょうが、すぐに着ちゃうと、お客様の分がなくなってしまうと困るので。僕の店は追加しても入ってこないものが多いので、大好きな服が入ってきても1ヵ月は絶対着ないんです。入荷してから一ヵ月して、それでもお気に入りの一枚が残っていたら着ますけれど(笑)」
1970年代から80年代まで、インポート商品などを扱う個性派ショップは、宝探しをするようなワクワク感が漂っていました。次にどんな商品が入荷するか、それが楽しみで訪れ、自分が知らないブランドやほかのショップにはない商品を見つけるとなにか得した気分になりました。ショップのスタッフから特別な話を聞くのも楽しみで通ったものです。あの頃、そうしたショップは確実に情報を発信し、服好きが集まる聖地だったのです。「NEST」は、まさにそんな気分を味わえるショップいえるでしょう。オーナー自身のクローゼットともいえる「NEST」であなた好みの一着を見つけられたら、きっとワクワクした高揚感でハッピーな気分になれるはずです。(小暮昌弘)
NEST authentic dry goods
東京都千代田区小川町3-2 水野ビル2階
TEL:03-3233-7888
営業時間:12時〜21時
定休日:火曜(祝日の場合は営業)
http://ameblo.jp/nest-drygoods/