本好きとして知られる3人の愛書家が、自分たちの夢を叶える原動力となった本について教えてくれました。madame FIGARO.jp、ニューズウィーク日本版オフィシャルサイトとの特別企画です。
1冊の本との出合いが人生を変える――。今回はそんな出合いを経験したことがある、人気スタイリストの伊賀大介さん、アートディレクターの尾原史和さん、本誌編集長の安藤貴之が、それぞれ自分だけの夢へと導いてくれた3冊の本を紹介します。起業家育成のエキスパート、ティナ・シーリグ教授による『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』(CCCメディアハウス)の刊行を機に展開するこの「Book Lover’s Library」は、madame FIGARO.jp、ニューズウィーク日本版オフィシャルサイト、そしてamazon.co.jpとの特別企画でお届けします。
「大切なことは、いつも本が気付かせてくれた」(伊賀大介)
いわゆる「鍵っ子」だった幼少時代から、読書に明け暮れる毎日を過ごしていたスタイリストの伊賀大介さん。漫画からノンフィクションまで、興味がありそうなものには片っ端から手が伸びるタイプだと言い、通いつけの古本屋「流浪堂」での取材時も、大好きな落語の本に目を輝かせていました。今回は、そんな伊賀さんの夢の道しるべとなった3冊を紹介してもらいます。
やる気を加速させる、TAROの言葉。
『今日の芸術』 岡本太郎著 光文社刊
「“ボロは着てても心は錦”を地でいってた、20歳頃の金ナシ女ナシ夢だけ大ありだった、丁稚アシスタント時代。青山ABCにて平積みになっていたこの本をなにげなく手に取った瞬間から、映画『ザ・コミットメンツ』のzippo点火のごとく、文字通りケツに火が点いた。やる。やらねば。なにを? なんでも! いつから? いまだ! いま、この瞬間から! 根拠のない自信だけが頼りだった、どこにでもいるガキのハートが“LIGHT MY FIRE”ってな寸法。その流麗かつ熱いアジテーションに煽られたヤツがどれだけいるだろうか? その後、買って配ってをくり返し、余裕で100冊オー バー。TAROのように“あえて棘の道を選んで進む”のは正直、非常に苦しい。だからこそ、いつも心の中にある」
「当たり前」を捉え直すきっかけに。
『既にそこにあるもの』 大竹伸朗著 新潮社刊
「20代後半、まぁまぁ思うような仕事が回ってくるようになり、“ボチボチ一丁前かなー”なんて、アマちゃんな調子コキをしでかしそうになった俺の心を、ズバッと撃ち抜いたのがこの本である。〈既にそこにあるものとの、共同作業〉というフレーズに、自分の目指していたスタイリングの定義がバチーンとハマって、初読時とりあえず5回くらい通しで読み、アタマに叩き込んだ。(2006全景展の2カ月の間にいったい何度清澄に通っただろうか!) 日常の“常”は、常識の“常”ではないと改めて思わされ、当たり前になってからの勝負、というか備えよ“常(つね)”に。ってことになってからスタートなんだと。やりがいとか、飽きるとか、コンセプトとか言ってるうちは駄目なんだと」
感情移入してしまう、個性的なキャラクターに号泣。
『編集王』 土田世紀著 小学館刊
「脳ミソん中が、映画・漫画・音楽・本だけで構成されている盆暗な自分にとって、思春期に読んだ漫画で狩撫麻礼作・たなか亜希夫画『迷走王 ボーダー』、安達哲『さくらの唄』に並んで人生を動かされた、青年マンガの金字塔。(もち永遠のクラシックス『まんが道』『あしたのジョー』は殿堂入り!)。劇中、さまざまな漫画家や編集者が登場するが、皆それぞれの「理」に筋が通っており、年を重ね読み返すたびに違うキャラに感情移入しまくり、案の定号泣。エロ漫画編、ゲーム編なども最高だが、やはり永久に語り継ぎたいマンボ好塚編での『春と修羅』サンプリング場面が、俺の中のなにかに火を付け、未だ種火が残っている」
伊賀大介
1977年東京都生まれ。19歳の時より熊谷隆志氏に師事。22歳でスタイリストとして独立。雑誌、ミュージシャン、広告、映画、演劇のスタイリングなどを手がける。最近では、『バクマン。』『バケモノの子』『too young too die!』の衣裳を担当。band所属。
「愛を感じたり、勇気をもらったり」(尾原史和)
アートディレクターとして活躍する尾原史和さんは、さまざまな角度から物事を考察することで、周囲の人が気付かないようなデザインのヒントを見つけ出す達人。その視線はもちろん装丁や紙にも及びますが、心を打つのはやはりその本の内容だと言います。そんな尾原さんの夢を叶える原動力になった3冊は、いったいどんなものなのでしょうか?
締め付けられるくらいの愛。
『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』 ジョナサン・サフラン・フォア著、近藤隆文訳 NHK出版刊
「2001年9月11日、25歳の僕は自宅で14インチのテレビをつけダラダラと仕事をしていた。突然、テレビの画面はニュースに切り替わる。ワールドトレードセンターから煙が立ち上がっている、映画のような一幕が流れてきた。ただただ起きている状況を見つめていたあの時の心情が蘇る。天才ジョナサン・サフラン・フォアにしか書けないようないろいろな物事が絡み合い、ストーリーは進行する。そして、すべては大きな愛に集約していく。誰かのことを理解したい、近くにいたい、受け止めたい。そんな思いに心が締め付けられ、愛のもつ必要性を感じる。映画は本と微妙に違っているが、大枠は捉えていてかつ理解しやすいのでそちらもお薦め」
熱意と勇気がもたらす行動。
『青春を山に賭けて』 植村直己著 文藝春秋刊
「自分の身体で山と向き合い、人とも向き合う。ただそれだけである。『青春を山に賭けて』の著者、植村直己の熱意と行動する勇気は人の心を動かす。しかし、いまの時代ではそれがなかなかできない。インターネットによる情報の氾濫により、行動しなくともある程度は調べることもでき、行動したような錯覚に陥ってしまう。そして、自分はなにかしなければ、なにをすればいいかという義務感が心を占めているように思う。そういった、自分のやりたいことからずれてしまった思考をすべて吹っ飛ばして勇気をもらえる。自分自身が楽しむために、悩むよりも行動することを示した1冊。 SNSばかり見てモヤモヤしてる人に読んでほしい」
冷静に俯瞰して遊ぶ。
『デュシャンは語る』 マルセル・デュシャン、ピエール・カバンヌ著、岩佐鉄男、小林康夫訳 筑摩書房刊
「本の内容は100年前の話だが、いまに通ずるところがある。それは、デザインの世界でも、すべての社会において旧態依然とした体制からの脱却はこういうことが起きないと変わらない。当時のアートを取り巻く世界の中心でそのきっかけを与え、指針になった人が語る。デュシャン自身が起こしているその奇抜さがありながらも、その状況を冷静に見つめ、分析していたことがよくわかるし、つながりと断絶をどう扱い、作品とするか。行動と思考において俯瞰した目をもち、遊びをもち合わせる必要があると感じさせる。社会に合わせるのではなく、社会を自分側に変えること。物をつくり考える人たちはぜひ」
尾原史和
1975年高知県生まれ。スープ・デザイン代表。雑誌や書籍、展覧会などのデザインを中心に活動するほか、マルチプル・レーベル「PLANCTON」ではジャンルにとらわれない制作を行う。著書に『逆行』(ミシマ社)など。
「夢をつなげた、その先の10年、それぞれの1冊」(安藤貴之)
20代、30代、40代と、自身の遍歴の中で運命的な本との出合いを繰り返してきた『Pen』編集長 安藤貴之。メディアで仕事をし始めた20代の頃に憧れたジャーナリストの書、新聞記者時代に取材した事件にまつわる村上春樹のノンフィクション、そして『Pen』編集長就任以降に出合ったショッキングなタイトルの本。いずれも必読です。
来るべき30代を育んでくれた1冊。
『ニューヨーク・スケッチブック』 ピート・ハミル著、高見浩訳 河出書房新社刊
「1985年に始まった僕の20代は、“東京への一極集中化”や“脱原発社会”の是非についてディベートを繰り広げた大学時代、卒業後は新聞記者として事件事故の取材に当たる日々でした。その頃憧れていたのは、ピート・ハミル。ニューヨークの大衆紙を渡り歩いた名うての記者で、ベトナム戦争で反戦の論陣を張った気骨のジャーナリストとしても知られています。そんな彼の短編集『ニューヨーク・スケッチブック』を何度も読み返したもの。ピートは高校中退後、グラフィック・デザイナーを経て記者に採用された“貧しい家庭出身の叩き上げ”であり、無駄を一切削ぎ落としたシンプルで乾いた文章には、一流紙のエリート記者にはない庶民への温かな眼差しがあるのです。メディアで仕事をし始めた20代の自分にとって、来るべき次の10年を育んでくれた1冊。巻末に収められた、たった6ページの短い小説『黄色いハンカチ』は、1977年に山田洋次監督によって日本で映画化され、大ヒットを記録しました」
淡々と書き連ねるノンフィクションのもつ凄み。
『アンダーグラウンド』 村上春樹著 講談社刊
「1995年3月、東京を震撼させる前代未聞の大事件が起こりました。オウム真理教による“地下鉄サリン事件”です。新聞記者時代、(のちにオウム真理教の犯行と判明する)坂本弁護士失跡事件を取材した経験があった僕にとって、地下鉄サリン事件の衝撃は計り知れないものでした。村上春樹初のノンフィクションは、この事件を扱ったもの。トルーマン・カポーティがキャリアの中で初めてノンフィクション・ノベルとして世に問うた傑作『冷血』を意識して書かれたことは間違いありません。ただ、緻密な構成力が圧巻だったカポーティの作品とは異なり、インタビューした内容をただ淡々と書き連ねる手法は、従来の“ハルキ作品”との違いは明らかです。最初に読んだ直後は物足りなさを感じましたが、20年近く経って読み返してみると、まったく古びていない。著者は遠い未来に読まれることさえも想定して書いたのではないか。この作品の凄みは、これから増していくのかもしれません」
次の10年へと進む活力が蘇った作品。
『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』 ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール著、工藤妙子訳 CCCメディアハウス刊
「2005年、僕は『Pen』の編集長に就任しました。その後、社会は完全にデジタル化され、紙メディアは老兵のように消え去るしかないのか――そんな自問自答とともに始まった40代は苦難苦闘の連続でした。さらに、リーマンショックに端を発した経済不況による追い打ちで、視界はすっかり霧に覆われたのです。日本における電子書籍元年ともいわれた2010年が幕を閉じる直前、ショッキングなタイトルの本が店頭に並びました。表紙に踊った馴染みのあるイタリア人の名前は、今年2月19日に84歳で亡くなったウンベルト・エーコ。中世学者であり小説家でもあるエーコと、フランスの作家・脚本家のジャン= クロード・カリエールによる対談集は実のところ、本への愛に満ちていました。この本によって僕は自分を取り戻し、次の10年へと進む活力が蘇ったのです。ちなみに、古い書物をモチーフにした装丁は比類なき素晴らしさ。この本そのものが紙メディアのデザイン性、手触りや質感といった魅力を体現しているのです」
安藤貴之
1965年東京都生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、新聞記者、ビジネス誌の編集者を経て、1995年、TBSブリタニカ(現・CCCメディアハウス)に入社。『Pen』創刊に携わり、2001年に副編集長、2005年から現職。
Book Lover's Libraryとは……
ときに人生を一変させてしまう、それが本や雑誌の抗いがたい魅力。
各界で活躍するブックラバーズに、心の中に刻まれた大切な3冊を公開してもらいました。
amazon.co.jpとの特別企画です。
下記サイトでも「私の夢に火をつけてくれた3冊」を紹介中。
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