週末の展覧会ノート14:横浜美術館の「村上隆のスーパーフラット・コレクション」が話題を呼んでいます。日本を代表する現代美術家が蒐集した、圧倒的な物量と多様性を誇るコレクション展を訪れました。
膨大な数のアート作品を蒐集するコレクターでもある、アーティストの村上隆。そのコレクションの一部を公開する、異色の展覧会が横浜美術館で開かれています。一部といってもその数は約1100点にも上る、この「村上隆のスーパーフラット・コレクション」。今回の「週末の展覧会ノート」は、本展のキュレーションを担当したゲストキュレーターの三木あき子さんとともに“宝の山”に分け入ってみました。
個人蒐集の枠を超えた、壮大な作品群。
横浜美術館の入り口を入ってすぐ、「彫刻の庭」と名付けられたスペースには、数メートルものサイズになる大作がいくつも出迎えます。ここでまず、コレクター村上隆のパワーにノックアウトされてしまいます。このエントランス空間は天井の高さが10m以上もあるのですが、それさえも小さく感じられるほど。しかも展示作品はアンゼルム・キーファー、李禹煥(リ・ウーファン)、グレイソン・ペリーなどビッグネームばかりです。
ここで面白いのは、側面に豪快な穴が開いた金庫。イタリアのアーティスト、マウリツィオ・カテランの作品ですが、村上さんはこれを「とてもイタリア的な作品」と言っているそう。
「作品は『-(マイナス)74,400,000』というタイトルなのですが、これはこの金庫から盗まれた金額だそうです。単位はおそらく“リラ”ですね。中身のない壊れた金庫に、普通は価値はありません。でも、その残骸をアートにすることで新たな価値が生まれる。村上さんは、そうした価値生成の不思議さに関心があるそうです」と三木さんは解説します。
それにしてもここに並ぶ作品は、高価なものであることは間違いありません。アートは数千円から購入して楽しむことができる、意外と気軽な趣味なのですが、村上さんはまったく桁が違います。ただしこの展覧会には、「彫刻の庭」にあるような高価な作品ばかりが並んでいるわけではありません。
「村上さんにとっては高名な作家の作品も、700円で買った張り子の虎も等価のようです。市場の価値とは違うものさしでアートを見ているということでしょう」
骨董の世界で見つけた、日本美の系譜。
「日本・用・美」というコーナーにある呼継ぎ茶碗は、村上さんが骨董のコレクションを始めるきっかけになったという品です。
「北大路魯山人旧蔵というこの呼継ぎ茶碗を高値で買って、友人の茶人に見てもらったところ、『高すぎてもったいない』とさんざんな言い方をされたとのこと。それが悔しくて大阪の老舗の骨董屋に通い詰め、『そろそろお売りしてもよろしいやろ』と言われて売ってもらったのが、隣に展示されている鼠志野茶碗なのです」
村上さんの貪欲な学習意欲には驚くばかり、と三木さんは話します。
「骨董の世界には現代美術とは違うしきたりがあり、簡単には入っていけないもの。知りたいのならお金をつかって“食べる”しかない。村上さんはそうして、骨董の世界を学んでいるようです」
この展示室には、白隠慧鶴の達磨図なども並びます。村上さんは白隠の“自由さ”に憧れていて、あの自由さの境地に達したいと考えているようです。一方で、ちょっと身につまされるものも。掛け軸に表装された豊臣秀吉の書状には、食糧・武器調達を指示、催促するような文言が書かれているそうです。
「天下を取った秀吉が、こんなに些細なことまでお付きの者に任せたりせず、自ら書状をしたためている。カイカイキキで200人ものスタッフを率いる“中小企業の社長”である村上さんは、これを見て大いに慰められたり、鼓舞されたりしたそうです」
玉石混交、ノーロジックな体験空間。
次の「村上隆の脳内世界」と題されたコーナーは、ある意味でこの展覧会の趣旨を最もよく表しているのかもしれません。薄暗い展示室の中で目を凝らすとフィギュア、器、絵画、雑貨、古着など雑多なものがぎっしりと積み上げられています。アート作品だけではなく、アフリカのズールー族が纏うスカートやネパールのお経が入った箱など民族学的資料も。あらゆるものを等価値なものとして捉える、“スーパーフラット”というコンセプトにふさわしいスペースです。
また「スタディルーム&ファクトリー」と名付けられた、インスタレーション空間も見逃せません。
ミカ・ロッテンバーグのインスタレーションは、昨年のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に出品され話題になった作品。小さな真珠の工房を模した空間で、中国とおぼしき工場での選別工程とオフィスで働く白人女性を映した映像が流れます。そしてこの作品の隣のガラスケースには、証明書つきの真珠が展示されています。そのケース内の真珠は、アメリカのレストランで客が食事中にクラムチャウダースープの中から発見したもの。高値でオークションにかけられたそうです。ミカ・ロッテンバーグのインスタレーションの工房スペースには、束になったたくさんの真珠が積み上げられています。大量の真珠の中でも、高い価格がつくのはほんのひと握り――。
“レストランの真珠”は真珠としては価値がないものですが、“食事中に出てきた”というストーリーが付随することで価値をもつわけです。価格や価値をめぐるこんなからくりが、村上さんを惹き付けているのです。
独自の文脈をたどる、私的現代美術史。
展覧会を準備しているあいだ、村上さんは何度か「ノスタルジー」という言葉を口にしていたそうです。この企画展には、自らの来し方を振り返るという意味もあったようです。「1950-2015」と題されたセクションでは、例外はありますが原則として、さまざまな様式や作家の作品が年代順に並べられ、村上さんの目から見た現代美術史のような様相を呈しています。
ここでは“私写真”というジャンルを打ち立てた荒木経惟や九州派の菊畑茂久馬のように、日本の美術史のなかでも独特の生き方をしてきた人への関心がうかがえます。
「ホルスト・ヤンセンの作品からは、自画像の重要さを再認識させられたそうです。大竹伸朗の作品は、学生時代に彼の個展を見て現代美術作家になることを決めた思い出につながっています。
展示室の最後の部分は、「村上さんが自ら絵を描くような感じで、ものすごくこだわっていました」と話す三木さん。
この展覧会と森美術館で開催されている個展「村上隆の五百羅漢図展」をキュレーションした三木さんは、「村上さんはもう少し大きなことを考えているような気がしますね」と分析します。
「村上さんは作品を売って得たお金の大半を、作品の制作やコレクションといった芸術に関することにつぎ込んでいるのではないでしょうか。創作者として、極限まで自分を追い込むことも必要でしょうし、自分の興味を満たすだけでなく、考えをどう若い人に伝え、状況を変えていけるかということにも意欲的です。
『僕のコレクションを見てインスピレーションを受ける人がひとりでもいてくれたら、そのひとりに賭けたい』という意味のことも話しています。村上さんは自身でギャラリーを運営したり、企画展を開催したりしています。自分がつくっているものだけで完結させず、いろいろな角度からアートにアプローチすることで、社会における芸術の意味や重要性について考えていこうとしているように思います」
村上さんはアートを活性化させる自身の取り組みについて、「失敗もあった」と語っています。それでもなお手を変え品を変えて、芸術に反応してくれる人を探し求め、アートに人生を捧げるそのエネルギーに感服させられてしまうのです。(青野尚子)
村上隆のスーパーフラット・コレクション‐蕭白、魯山人からキーファーまで‐
横浜美術館
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
会期:開催中~4月3日(日)
休館日:木曜
開館時間:10時~18時(入場は17時30分まで)
入場料:一般¥1,500
TEL:045-221-0300
http://yokohama.art.museum