デスティネーション ショップ08:自分たちのものづくりのストーリーを表現した、石蔵づくりの「GEA」。
山形県寒河江市。東京から新幹線に乗り約2時間半で山形駅に。左沢(あてらざわ)線に乗り換えて30分弱で山間の小さな街、寒河江に到着します。駅舎の目の前に石蔵づくりの素敵な店があります。「GEA(ギア)」です。素敵なのは建物だけではありません。2棟ある店には、世界中から集められたファッションアイテムや雑貨、インテリアグッズなどが並んでいます。中には東京でもなかなかお目にかかれないようなモードな服、この店のためだけにつくられた特別な商品もたくさん揃っています。
誤解を恐れずに言えば、同じ山形でも、山形市や米沢市でもない、寒河江市に、どうしてこんな洒落た店ができたのでしょうか。デスティネーション ショップの第8回は、旅をしてでも行く価値があると断言できる、山形・寒河江にオープンした「GEA」にまつわるお話をお届けします。
糸づくりの伝統が残る街に、一級の名品が並ぶ。
「GEA(ギア)」が山形の寒河江市にグランドオープンしたのは、2015年の4月です。
この店をつくったのは、地元で繊維メーカーを営む「佐藤繊維」です。1932年に創業された歴史ある会社で、「GEA」の建物は、もともとは工場として使われていたものです。その昔、2代目の社長が西日本の倉敷を訪ねた時に、「クラボウ」という紡績会社が石蔵の中で糸を紡績しているのを見て、寒河江市にあった大谷石の石蔵を移築して紡績工場を建設したのだそうです。
佐藤繊維は、原毛の調達から紡績、ニットを中心にした製品の製造まで一貫して行う日本でも稀有なメーカーです。日本だけでなく世界的にもその名は知られ、2009年、オバマ米大統領の就任式で夫人のミシェルさんが着用した黄色のニットも佐藤繊維が紡いだ糸を使い製造されたものです。ヨーロッパの高級メゾンがこぞって使うほど、佐藤繊がつくるオリジナリティあふれる糸は有名です。
「山形はもともと養蚕農家が多かったのです。昔、シルクは重要な輸出品でした。しかし段々着物が売れなくなり、羊を飼い始めたのがこの地の紡績の始まりです。しかし広大な土地がなかったので農家では2頭ぐらいずつしか羊を飼えませんでした。原毛も少ししか採れません。初代社長がいろいろな農家を回り、集めました。最初は手紡ぎで糸をつくり、祖父の代で工業化しました。父の代で、糸だけつくってはダメだとニット製造に乗り出しました。25年前に私が家業を継いだ時には山形に450もの会社がまだありましたが、いまでは20数社に減ってしまいました」
こう話すのは4代目の佐藤正樹社長。多くの繊維メーカーがアジアに拠点を移す中、佐藤さんはこの地に残る繊維産業の灯火を消してはいけないと考えました。大量生産で糸や製品をつくっていてはアジアにはとうてい敵わないと、原料から自分たちで探し出し、この工場に残る古い機械を駆使し、誰も見たことのない糸や製品をつくり、世界に打って出ていまのポジションを勝ち取ったのです。そうしたこの街のものづくりのストーリーを表現するために、2015年、このショップをつくりました。店名の「GEA」は、糸を紡いでくれる古い機械の歯車とデジタル用語で次のステージに進むことを意味する「ギア」から付けられているのです。
ふたつある建物のうち、ファッションアイテムを集めた棟は、「GEA#1」と呼ばれています。2フロア構成で、1階がメンズとウィメンズ、ファッション雑貨などが並ぶフロアで、商品はどれもつくり手の立場から選ばれたものばかりです。「リック・オウエンス」「ラグ&ボーン」「コディ サンダーソン」「デ ボン ファクチュール」「サルヴァトーレ ピッコロ」「オニキ」などの海外のハイブランド、職人的なブランドが並びます。加えて「トリコ コム デ ギャルソン」「カラー」「サージュ デ クレ」「オールドジョー」「ブラウンズビーチジャケット」「カーリー」「08サーカス」などの国産ブランドなどが勢揃いしています。
モダンな店内を2階に上がると、ショップ・イン・ショップのような形で「メゾン マルジェラ」の商品が集められています。2階の奥が佐藤繊維のオリジナルブランドで、佐藤さんと夫人がデザインを手がける「M.&KYOKO」のコーナー。とても凝った糸、編み地を使った商品が並びます。1階のディスプレイ用の什器は古い紡績機械を改造したもので、什器のサイドから歯車=ギアが覗きます。店内の壁は大谷石がそのまま使われています。
「工場の壁を剥いだら昔の石壁が出てきまして、その風合いがいいと思いまして、自分たちで1カ月もかけてタガネで石壁を打って、職人さんとともにこの内装を完成させました。おかげでショップのオープンが遅れてしまったのですけれど」
笑いながらこう話す佐藤さん。並んだ商品の中には佐藤繊維の糸を使った製品も多数あるそうですが、製品は通常のルートですべて集められているそうです。「自分たちの糸を使ってデザインしているつくり手の立場を尊重したいですし、リスペクトしたいですから」と。自分たちがつくった糸で編まれたセーターを手にしながら、佐藤さんは話します。
山形・寒河江に世界一を目指した店をつくりたい。
「GEA#1」がファッションを集積しているのに対して、隣接する「GEA#2」は、ライフスタイルをテーマにしたショップです。食器や雑貨から家具、ステーショナリー、書籍なども扱っています。海外から集めたものも並びますが、「GEA#2」でフォーカスしているのは「日本」です。
日本の美しさや和の文化、洋風の暮らしの中でも合う食器や雑貨をおもに集めています。寒河江市の隣町、天童市でつくられる「天童木工」に特別に注文した椅子なども販売、椅子の座面に使われている布地は地元の職人さんと一緒に製作したものだそうです。老舗や有名ブランドというよりは、若いアーティストや新鋭のブランドの商品が集められているのも「GEA#2」の品揃えの特徴といえます。
「GEA#2」のもうひとつの特徴が、店内に設けられたカフェスペースといえます。ここで出されているコーヒーやジャムなども地元の企業、ショップと組んで提供していますし、山形のさくらんぼを使ったジャム、これは酸味が強いのでジャムには不向きといわれている素材ですが、それも佐藤さんの発案で現在開発しているところです。カフェには天童木工で製作した椅子も使われています。
「ここで扱っているのは、ほとんどが自分たちでものを売っているような、地元の人たちがつくる食材だったり、それを使ったものばかりです。やがては彼らの食材もブランドにしてあげられれば、と思っています。食事を出す許可も取れましたので、今後は、コーヒーや紅茶だけでなく、ランチなども出したいと。メニューをいま、つくっているところです。ステップ・バイ・ステップですが、ここにレストランやプチホテルなどもつくっていければと思っています」
カフェに座りながら、「GEA#2」の将来について話す佐藤さん。いずれは寒河江市の山にある牧場を買い取り、英国から羊を連れてきて、原毛から製品まですべて「メイド・イン・寒河江」のものづくりを目指したいとも話します。イタリアなどに行くと、地方の小さな街にも一番店と呼ばれる洒落た店がよくあります。その品揃えはミラノやフィレンツェのブティックにも負けない、いやそれを上回るものであった記憶が筆者にはありますが、それを思い出されるような店づくりであり、オーナーの志ではないでしょうか。佐藤さんは世界で最高の店、一流のブランドに、自分たちの糸や製品を提供したいとずっと思い、それを実現しました。自分たちで店をつくるのならば、大都市にある一般的なセレクトショップではなく、世界でも最高の店をこの街につくらないと意味がない、それでこんな洒落た店をつくったのです。
「地方でものづくりをやっていくには、トータルで考えることがとても大事なんです。私たちが糸づくりから、素材、縫製、デザインまですべてやっているように、製品づくりからプロモーション、ネットビジネスまで自分たちでやっていくことが重要なんです。eコマースが進んでいますので、この場所にあっても、いいもの、高感度のものを扱えば、全国、いや全世界にお客様はいるわけですから。山形に住む私たちがトータルでやることが、本当の意味で地方再生につながるのです」
最近では、会社の話、繊維の話を聞きたいと学校の特別講師として招かれることもあるという佐藤さん、地方活性化についても熱く語ります。佐藤さんの目論見通り、4月のオープンから東北はもとより、東京からもお客様が続々この店に訪れています。この佇まい、この規模と品揃え、「GEA」は、ほかの街ではなかなか見ることのできないショップといえます。石づくりのこの店には、寒河江で糸づくり、服づくりをやってきた人たちの「固い」意志が積み重なっているともいえます。地方から世界一を目指すこのショップを見るために、ぜひ寒河江に!(小暮昌弘)
GEA
山形県寒河江市元町1-19-1
TEL:0237-86-7730
営業時間:11時~19時
定休日:火曜
http://www.gea.yamagata.jp