デスティネーション ショップ09:東京の下町に工房兼ショップを構え、靴を手づくりする「nakamura」。
山手線の日暮里駅から北へ延びる新交通システム、「日暮里・舎人ライナー」に乗ったことはありますか? 道路の上にある高架を自動運転で走る未来的な交通システムです。空中を走るようなその光景を見るだけでも十分楽しめますが、その沿線の江北駅近くに工房とショップを構える靴店が「nakamura」です。靴づくりのほぼすべての工程を1階にある工房で行い、2階のショップで注文を取り、オーダーメイドで靴やサンダルなどを生産するという都内では珍しいショップです。シンプルでカジュアルな靴の人気は相当なもので、製品が出来上がってくるまで半年以上も待たなければいけません。「デスティネーションショップ」の第9回は、いかにも履きやすそうな靴を手作業でつくり上げる、下町の人気靴店を紹介します。
人とは違う場所で、ショップをやりたい。
オーナーの中村隆司・民ご夫妻が江北に工房(二人は作業場と言いますが)兼ショップを開いたのが、2011年3月のことです。2005年から外国からの観光客も多く集う都内の人気スポットの谷中に店を構えていましたが、子どもが生まれたのをきっかけにして、もともと工房があった足立区のこの場所に引っ越してきたのだそうです。
「引っ越しのきっかけになったのは、新潟でソックスなどを生産・販売しているエフスタイルの人から、地方から靴を注文に来てくれる方には、谷中に店があっても、ここにあっても変わらないんじゃないかと言われたからです。エフスタイルは、地方から(こだわった)発信をされている人たちで、そういう人に言われるとそうなのかな、と思ってしまって。実は私、ひねくれ者なんで(笑)、みんなと違うところで(店を)やってみたいという気持ちがあったのも事実ですね」
こう語る中村隆司さん。隆司さんは愛知県のご出身。大学を卒業した後、服飾の専門学校でファッションについて学びました。しかし洋服は流行の移り変わりが早いので、自分の気質には合わないと、卒業後、靴のデザイナーになろうと考え、東京・文京区の老舗登山靴店「GORO」の門をたたき、修業を始めます。「GORO」では、5年間、登山靴の「底付け」を徹底して学んだそうです。靴のアッパーを縫えるようになればひとりで靴がつくれると考え、その後浅草の職業訓練校で1年間みっちり靴づくりを勉強しました。卒業した時に、折よく靴工場を構えていた訓練校の先生から機械と木型(ラスト)を譲り受け、そのまま独立したのだそうです。
「妻とは学校で同期だったんです。妻は卒業後、靴の会社に入ったので、自分は好きな靴をつくって、セレクトショップにでも売り込みに行こうとしたんです。革を買って、靴をつくり、バイクで営業しましたが、当たり前ですが、なかなか仕事が来ませんでした。代官山の『G.O.D』というショップに靴を見せに行きましたら、オーナーの高須さんが注文をくれて、そればかりか高津さんから卸先までいろいろと紹介していただき、『展示会にも一緒に出ては』と誘っていただきました。ブランド名は初めから『nakamura』です。電話に出る時にブランドの名前で出るのは気恥ずかしいから。自分の名字をブランド名にすればそんな心配はいらないでしょう」
東京・谷中に初めての店を開いた時も、谷中がちょっとしたブームとなり、お客様がすぐに来てくれるようになったそうです。ファッション雑誌を中心に、取材の依頼も多く、特に女性誌には人気で、一時は「森ガール」で店内がいっぱいになったこともありましたと民さんは笑います。
現在、「nakamura」の靴を手に入れる方法は3つあります。ひとつが、江北の店を訪ねて靴をオーダーして出来上がりを待つ方法です。現在生産が間に合わず、完成までには約6カ月待たなければなりません。既製品で「nakamura」の靴を手に入れる方法もあります。限られたショップですが卸しもやっていますので、完成品をそのまま手にすることができます。
それともうひとつが、いわゆる「OEM」生産の商品です。「ポーター クラシック」「コロナ」などと一緒に、ブランドそれぞれの個性を活かした靴やサンダルを生産していますが、すべて販売はコラボレーション先になります。OEMの生産は、ほかにもいろいろなショップやブランドから依頼が来るそうですが、すべて手づくりの靴なので、「現在はなかなかお引き受けできないのが現状です」と、隆司さんは話します。
目指すのは、シンプルで、丈夫で、履きやすい靴。
「nakamura」の靴やサンダルのコンセプトは、「履きやすい」「丈夫」「シンプル」であることです。実は隆司さん、「GORO」で底付けを学んだのは「グッドイヤーウェルト製法」「ノルウィージャン製法」といった、本格的で職人技が光る靴の製法ばかりでした。しかし「nakamura」の靴は、ほとんどがセメント付けの底をもった靴です。オーダー靴というと、「ハンドソーン=手縫い」とか「9分仕立て」(底以外、すべて手縫いで仕上げる方法)などを謳う高級靴がほとんどですが、「nakamura」には、そんな気負いはありませんし、もっと身近で、カジュアルな等身大のオーダー靴をつくっているのです。
「靴づくりを学んだ『GORO』とは全然違う靴をやりたいと思ったんです。僕がへそ曲がりなんでしょうね。セメント底の靴は安物、手づくりの人がやるものじゃないというイメージがあるでしょう。そう言われるならばなおさら僕はセメントでやってやろうと思ったんです。セメントだって修理はできますよ。それどころか、全部解体できるから、どこまでも修理できます。カッコよくて、履きやすければ、製法なんてどうでもいいんですよ。値段にもこだわっていて、2万円から3万円前半まででつくる。だから手の込んだ複雑なものではなく、シンプルなデザインの靴を。スニーカーと革靴の中間のような靴。そういう靴は、意外とやっている人がいなかったのです」
押し付けが強くなく、普通の生活に根付いているようなデザイン、これこそ中村さんご夫妻が思い描く「シンプルな靴」の基本です。
「玄関にあるとそればかり履いてしまうような愛着がもてる靴が理想です」と隆司さん。「紐が付いていてもそのままスポッと履くこともあるし、今日は歩くからちゃんと紐を結んで…。そんな融通が利く靴がいい」と民さんは話します。履きやすさというのも人それぞれ。東京に住んでいれば、歩くことを念頭に置いたフィッティングをふたりはお薦めしますが、地方でクルマを使い移動する人ならば、歩きやすさだけにそれほど主眼を置かなくてもいいのかもしれないと話します。
お客様それぞれの履きやすさを理解するために、注文の時には会話は欠かせないと民さんは力説します。ちなみに、店で注文を取るのはおもに民さんの担当です。
靴と並んで最近「nakamuta」で人気なのが、サンダルです。ソールが「ぐにゃり」と曲がった独特のデザインです。ドイツ出身の女性デザイナーで、サンダルのロールス・ロイスといわれる「ユッタ・ニューマン」のデザインに中村さんがインスパイアを受け、このサンダルをつくったそうですが、これも同じ工房でつくられます。
「最初に『nakamura』の靴を置いてくれた『G.O.D』の高須さんが、『オレはオーロラシューズ(ニューヨーク郊外でつくられる手づくりの靴ブランド)と葉山のげんべいサンダルしか履かないから、サンダルでも考えてよ』と言われ、これをつくったんです。実は硬化剤を塗って、手で僕が曲げていいます。革には可塑性(弾性限界を超えて力を加えた時に、形がそのまま残る性質)があって、それを活かしたつくりといえます。体重をかければ土踏まずにフィットしますが、真っ平らにはなることはありません。見た目以上に履きやすいサンダルなんですよ、これは」
いろいろと試行錯誤を重ね、ようやく4年前に完成したサンダルですが、江北の店でも定番の靴と同じく人気商品になりました。生産の全体の6割を占める、既製靴の分野でも各ショップからいろいろな注文が入るほどです。
完成までに約6カ月。全部自分たちでやっています。
余談になりますが、筆者が「nakamura」の靴に最初に出合ったのは、2005年の、創業して間のない頃です。三重県鈴鹿市のとあるセレクトショップでこの靴を発見し、当時編集していた雑誌で「幻のコンフォートシューズ」として紹介しました。その時、担当者が書いた記事を見ますと、「どんな服にも合う、足に優しい靴」と書かれています。
江北のショップにあるのは、すべてオーダーメイドの型サンプルです。足指が自由になる「オブリークトウ」のシルエットを基本としたデザインです。底の違いを含めなければ、全部で靴は15種類。サンダルは3型揃っています。靴やサンダルの注文は、座って左右の足を採寸することから始まります。採寸後、予想されるサイズのサンプル靴を出してもらい、実際に履いて、フィットの具合を見ます。サイズが決まれば、あとは素材の選択です。アッパーの革とソールなども好みで選べます。外反母趾などの方のために補正もできますが、木型にプラスして修正することは可能ですが、木型を削ってさらに細くすることはできません。しかし基本のサイズが21cmから32cmまでで、幅もEEE、E、D、B、Cと5種類揃っていますので、ほとんどの人がフィットすることが可能です。履きやすさを考えて、サイドにジッパーを付けることもできるそうです。オーダーメイドの靴ですが、足型に合わせて木型そのものを作製したり、仮縫いなどはやっていません。スーツでいえば「メイド・トウ・メジャー」に近い靴だと思われます。
アッパーに使われる革は、コストパフォーマンスなども考えて、すべて国内で調達していますが、おもに使われているのが、「ステア」という成牛の革で、厚さが約3mmもあります。ドレスシューズに多い約1mm厚「カーフ」などとは違った味わいが靴に宿っているのもこの素材によるところが多いのではないでしょうか。それ以外にも「ヌバック」という起毛した革や、その「ヌバック」にミンクオイルを塗って独自の仕上げを施した革も。色もいろいろと揃っています。底材も選べます。国内で調達したクレープソール(これが張り付きにくくて、履きやすいと評判です)や「ビブラム」や「ビルケンシュトック」の底材も使えるのも特徴といえます。
「ビルケンシュトックの底はみんなに耳馴染みがいいので。ドイツの靴メーカーに多いのですが、使っている材料も売ってくれるのです。板のような状態で購入して、加工は自分たちでやります。ビルケンシュトックは、既製で靴もつくっていますので、普通の靴のブランドだと意外にこの底材は使いにくいのかもしれませんね。でもウチでは特色になりますし、人気ですよ」
そう笑いながら話す隆司さん。「nakamura」の靴は、隆司さんがデザインを考え、民さんが型紙を作製する。革を広げて型紙を並べる「型入れ」をするのも民さんの担当。工房にもうひとりいる女性スタッフが革を裁断し、アッパーをミシンがけする。「底付け」「吊り込み」を担当するのが隆司さん。最後に民さんが靴紐を通し、ボックスに収納すれば、靴の完成となります。全工程を自分たちで。いわば、家内制手工業です。いまや靴の製造は分業が当たり前です。デザインだけというブランドもたくさんあります。靴をつくっているところでも、革の裁断工程まで海外などで、というメーカーもあるほどですが、中村夫妻はすべて自分たちでこなします。
「それはたぶん『GORO』のやり方をずっと見ていたからでしょうね。効率が悪いみたいだけど、何か問題が出ても自分たちで解決できるし…。悪いのは下の人の責任とかにしたくないし、最後まで自分たちでやるというのは、ブランドの責任みたいなものでしょ。でも意外にこのやり方、無駄がないんです(笑)」
1階の工房でつくり、2階のショップで注文を取り、販売するという、シンプルなコンセプトでつくられる「nakamura」の靴。「履きやすい」「シンプル」「丈夫」な靴を思い描く、中村さんご夫妻の思いが込められた靴であり、ショップといえます。オーダーしてから靴を手にするまでには約半年ほど待たなければいけませんが、手にするまでの時間を楽しむのも一興です。手にした時には、その分、靴を大事に履きたいという気持ちにもなるのではないでしょうか。(小暮昌弘)
nakamura
東京都足立区江北4-5-4 2F
TEL:03-3898-1581
営業時間:10時~18時
定休日:日、月曜(祝日の場合は営業)
※2016年は1月11日(月・祝)から営業
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